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第1話 「ムーちゃんに決めた!!」
4 本日二度目のやらかし
しおりを挟むレックスと部長達は何やら話があるらしく、他の部屋に引っ込んで行った。その背中を見送った月は腕をまくり、勢いよく仕事に取り掛かった。
そうして作業開始してからあっという間に一時間が経過。元々は事前説明なく無理ゲーを押し付けてきた上司に腹を立てていたはずだった。しかし、床を掘り起こせば掘り起こすほど、イライラの矛先は顧客であるレックスに移行していった。
何故か。
片付ければ片付けるほど分別がややこしい個性的なものが掘り起こされるからだ。
一見服とゴミが多いように見えた部屋だったが、服を粗方片付け終えて出てきたのが謎の物品達。おもちゃやカードゲーム、多種多様なエクササイズ用品や美容グッズ、メンズ化粧品とその試供品、何十個もある同じお菓子の空き箱やそのオマケのフィギュアの数々、漫画があると思ったらファッション雑誌が雪崩を起こし、段ボールに入ったままの未開封のプレゼントが大量。引っ越し業者かと思えるような枚数の段ボール箱が壁に幾つも立て掛けられていた。加えて何に使う物なのかさっぱり分からない姿形をした物体がゴロゴロ出てくる。
それらはすべてYouTuberという職業柄、過去に必要なものだったり、有名人が故に贈られる物だったりするのだろう。それは何となく理解出来た。
ただ、スピード重視でゴミ以外の物を段ボール箱に大まかに分類するという作戦が全く上手くいかなかった。ジャンルが多様過ぎて箱が何個も必要だったし、一々手に取った物を頭を使って仕分けなければいけない。想定よりもかなりの時間を整理整頓に取られてしまった。
ただ、月を最もイライラさせたのは、分別が難しいとか時間が間に合わなさそうとか、そういうことではなかった。
片付ける物の中に混ざって見つかるレックスのポストカードやオリジナルグッズ。それらのほとんどにレックスの端整な顔と一緒にYouTubeチャンネル名である『イケメンだけど文句ある?』という文字が印字されていた。それらを手に取る度に、ドヤ顔で決めまくっているレックスに「イケメンだけど文句ある?」と言われている気分になった。そしてそんな気分になる度に月は心の中で叫んだ。
――――イケメンって言うけど部屋が全然イケてない!! 部屋の乱れは心の乱れ! 見た目と愛想が良くてお金が幾らあったって、部屋が汚かったら離れていくものが五万とあるんだからなっ!
胸中の叫べば、その熱量と同等の虚しさも膨れ上がった。
人気者で、タワーマンションの高層階に住める経済力があって、ルックスが完璧のレックス。しかも本名が【松田樹】。
その名の響きが格好良いと月は思った。それでいて一般的な名前。尚且つレックスの爽やかな雰囲気に合っている。
――――何だよ! 本名くらいダサくて恥ずかしい奴じゃないのかよ!! ズルい! 何で天は一人に二物も三物も与えるんだよ!!
そう、月は部屋の掃除をしながら勝手に自分のコンプレックスを抉られていた。でもって心中で八つ当たりをしまくっていた。嫉妬心が燃え上がっては自分の器の小ささを思い知り虚しくなるを繰り返す。負の悪循環に陥っていた。
そんなおかしな精神状態でも手は淀みなく動かす。どんな事を考えていようと月はしっかりと家事代行のプロだった。
粗方片付けが終わって部屋中の埃を叩き落とす段になる。はなきを使う単調な作業になり、脳はまた余計な事を考え始める。
――――レックスに文句を言うなら何て言ってやろうか。
部屋が汚い? 整い過ぎた顔面が嫌味? ファンからのプレゼントちゃんと開封しろ? 洋服に付いた香水の残り香がキツイ?
家で動画を見ている時には思い浮かばなかった文句が幾つも頭に浮かんでくる。すると、口がむずむずしてくる。あんなに堂々としたチャンネル名を掲げている自信満々のイケメンに文句を言ってみたい、と。
不用意に会話をすることは出来ないが、仕事に関してなら何を話しかけても怒られるような環境じゃない。作業に入る前に本人から何かあったら気軽に声を掛けて下さいとも言われている。何でもいい。もの凄くしょぼくてどうでもよい事でもいい。前々からいけ好かないと思っていたYouTuberに文句を言ってみたい。そうしたら少しはスッキリするかもしれない。自己満足の小さな文句でも口に出来たら自分の心にとって良いお土産が出来るかもしれない。
そんな馬鹿な事を考えながら作業をしていたらバチが当たった。
月は椅子の上に乗ってエアコン上部の埃を掃っていた。爪先立ちの状態で頭の中がレックスに言い放つ文句の候補で一杯になった時、背後でドアが開く音がした。
「おおっ、すっご!! もうこんなに綺麗になってんの!?」
「ぴゃっ!?」
突然文句を言おうと思っていた張本人の声が結構な大きさで耳に飛び込んできて月の体は縮み上がった。よろけると不運で間抜けなことに、立っていた椅子の背もたれ部分に体重を掛けてしまう。椅子と一緒に体が大きくぐらついた
「ひゃあぁぁっ!?」
「ちょっ、あぶなっ!!」
背後でレックスが駆け寄ってくるのが気配で分かったが、エアコンは部屋の隅。支えるのに間に合う距離じゃない。月は呆気なく椅子と共に硬い床の上に転がった。
腕と背中をフローリングに思いっきり打ち付ける。けれども自分のことなど気にしている場合ではなかった。
「しっ、失礼しました!!」
もうやらかすまいと思っていたのに、馬鹿なことを考えていたせいで注意力散漫になり、顧客の椅子を横倒しにしてしまった。脚立がなかったため、椅子の上に乗る許可は事前に貰っていた。けれども、当然乗ったまま倒れるようなことは想定していない。倒してしまったのは一見シンプルな木製のダイニングチェアだが、高級ブランドの家具だったら何十万円もする代物可能性もある。それ以前に顧客の物品を破損するなんてことはあってはならない。月は慌てて体を起こして倒れた椅子を確認した。
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
レックスがすぐ近くに近寄ってきて隣にしゃがんだ。その間も椅子に目を走らせ傷みが無いかをチェックする。
「本当に申し訳ありませんっ。見た感じ傷などは無いよう思いますが……あっ、もしかしたらフローリングのほうに傷が残って――」
床に傷が付いている可能性に思い当り、急いで元々椅子の立っていた位置を確認しようとする。
「いや、違うからっ、椅子とか床とかどうでもいいから、貴方が大丈夫かって聞いてるの!!」
「えっ?」
思ってもみなかったことを少し強めの口調で言われて思わず顔を上げる。すると綺麗に整えられた眉が八の字になり、その下の大きな瞳がこれでもいう程こちらを凝視していた。
「凄い勢いで倒れたでしょ? 大丈夫? 痛いでしょ? ちゃんと腕動く? 冷やす物とかいる?」
「えっ、あっ」
国宝級イケメンと自らの母親が称す男が全力で自分一人のことを心配してくれている。肩も背中もジンジンするが、そんな痛みよりもレックスに凝視されていることの方が何倍も刺激的だった。
おかしい。ファンでもないのに、相手がイケメンというだけでこんなにドキドキするものか? 整い過ぎた容姿は魔力でも放っているのか!?
そんな事を考える事数秒。
「本当に大丈夫?」
小首を傾げてより深刻そうな表情を浮かべられた瞬間、頬がぼっと熱くなる。それと同時に自分が仕事中だという自覚が一気に戻ってきた。
「だっ、大丈夫です! 少し痛みはありますがこの通り腕は動かせます! お騒がせして本当に申し訳ありませんでした!!」
ぶんぶん腕を動かして自分自身に負傷がないことを全力でアピールする。実際多少の痛みはあったが、腕を勢いよく動かせたので体に問題はなさそうだった。
「痩せ我慢してない?」
「していません!! この通り元気です!!」
今度は力瘤ポーズをとって見せる。すると、レックスは胸を撫で下ろして微笑んだ。
「ああビックリした。気を付けて下さいね」
「……本当に、申し訳ありません」
近い距離で見る笑顔がより一層眩しい。気まずさも相まってレックスの顔を直視することが出来ず、視線を下げる。そのタイミングでレックスは立ち上がった。倒れた椅子を起こして、状態を軽くチェックする。次いで椅子が元々あった位置のフローリングを一撫でした。視界の隅に見えたその手付きが何故が色っぽく見えて、手からも視線を逸らす。
「ん、椅子もフローリングも問題なし! この椅子はまだ使います?」
立ち上がりつつ月は頷いた。
「もう少しだけ。埃はもう落とし終わったので、軽くエアコンの上を拭き上げれば終わります」
「じゃあ、押さえてるから今やっちゃって」
「えっ!? そんなっ、大丈夫です! 一人で出来ますのでっ」
顧客の物を壊しかけた上に心配まで掛けた。出会い頭の失態も含めて今回の仕事はマイナスポイントが多過ぎる。その上レックスの手を煩わせるなどもっての外だ。そう思って提案を固辞しようとしたが、レックスの方も引かない。
「目の前で派手に転んだ光景を見た後に一人でなんてやらせられませんよ。上拭くだけでしょ? ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
「でも……あっ、部長っ、いえ同行者に押さえて貰えるように頼みますっ」
部長に事情を説明したら恐らく後程しこたま怒られるだろう。しかし、背に腹はかえられぬ。これ以上レックスに迷惑を掛けるわけにはいかない。
月は他の部屋に居るであろう部長を呼ぶために一歩踏み出した。
「残念ながら、あの人達は結構前に一度帰りましたよ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「うん。軽く動画の内容について打ち合わせした後直ぐに。部屋の仕上がりだけチェックしに来るって言ってたけど」
全然知らなかった。一度撤退するなら自分にも声くらい掛けていって欲しかった、と月は奥歯を噛んだ。
「ということで、椅子は押さえておくから上拭いちゃって下さい」
「……かしこまりました」
泣く泣く洗面所に行き雑巾を濡らす。部屋に戻れば、椅子の背もたれに手を掛けながらスマホを弄っていたレックスが直ぐにこちらに気がつく。そして、まるで馬車に乗り込む姫をエスコートするような雰囲気で椅子に乗るように促してくる。
「恐縮です。本当にすみません。すぐに終わらせます……」
「気にしなくていいですよ。とりあえず、また転ばないようにだけ気を付けて」
「はい……」
レックスが掴んでいる部分に触れないように背もたれを掴んで椅子の上に乗る。エアコン上部を爪先立ちで濡れ拭きし、一緒に持っていた渇いた雑巾で拭いて仕上る。
「そんな細かいところまでやってくれるんですね」
不意にレックスに声を掛けられる。顔を見ていない状況だとするりと返事が出てきた。
「こういう普段お客様の手が伸びにくくて、目に見えないところもしっかり綺麗にするのが私共のお仕事なので」
「でも、ここまで汚い部屋で時間も限られていたら、そこは時間が余ったらってなりません?」
「お掃除の基本は上からです。ここが綺麗になってないと完璧なお掃除とは言えません、と自分が思っているだけなんですけど……」
実際は大掃除の依頼でもなければエアコンの上部は掃除をしないスタッフは多い。けれど、月は掃除業務が依頼であれば必ずエアコンの上はチェックする。例外は固定客の部屋で以前に自分がそこを掃除したと分かっている場合だけだ。テレビ裏の配線部分や中型家具の裏側など普段目に付きにくい部分もそうだ。
家事代行は普段の掃除を代わりに行うだけではなく、家事のプロだからこそ出来ることをするべきだ。特別な技術が必要な訳ではなく、やろうと思えば誰にでも出来る事、だからこそ、普段はやらない事。そういう事を当然のようにやってこそプロ。少なからず月はそう思って仕事をしている。
しっかりエアコン上部が綺麗になったことを雑巾の汚れ具合からチェックして、同じヘマはしないように今度は慎重に椅子から下りる。そうして、椅子を押さえてもらった礼を言おうと顔を上げる。すると何故かレックスが親指を立てたグーサインをしていた。
「プロ意識高いですね。素晴らしい! 大変だろうけど残りもよろしくお願いします」
長い睫毛に縁取られた目を細めた笑みは普段画面で見る笑顔とどこか違って見えた。
見惚れそうになってはっとする。
「えっ、あっ、はいっ、かしこまりました!」
反射でぺこりと頭を下げて返事をすると、レックスはあっという間に椅子を元の位置に戻してしまう。慌てて椅子を押さえてくれていた事と戻してくれた事の礼を付け加える。
「自分の部屋の掃除をして貰っているんだからこのくらいお礼を言われる程の事じゃないですよ。邪魔にならないように他の部屋で仕事をしているんで、何かあったら廊下に向かって声かけて下さい」
爽やかに笑ってそう言い置いたレックスは長い脚でスタスタ歩いて部屋から出て行った。
自分一人になって急に部屋が静かになる。
ドクドクやたらと煩いと思った音は、自分の心臓の音だった。
そして、いつの間にか月の頭の中を占めていたはずのイライラは、どこかに霧散してしまっていた。
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