雪に舞う桜吹雪

白凪雪緒

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7話 期待

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 ガバッ、とベットから跳ね起きる。
 とてつもなく、恐ろしい夢を見ていた。
 思い出せないのに…恐ろしい。
 あの感情はなんだろうか…酷く、深淵を見たような感覚であった。
 などと思いも出せない感情のメタファーを紡ぐも、今の体には再三泳ぎきった後に感じる水を含んだ自分の体が空気の重力に慣れていないような。そんな大雑把な感覚が残っていた。
 今日も今日とてPCを開きサイトを見る…ことは無い。何故なら本日も休日だからだ。
 その証拠に今は10時。本来なら仕事の遅さにイタ電が来るレベルである。
 さて、俺は2日間の休みを使い主に1日目に遊びに行き、2日目は存分に休むというルーティーンを繰り返している。故に本日は怠惰に過ごす日なのだ…が。
 何故か、あの野郎からの連絡で埋まっていた。
 あいつとSNSを交換した覚えはないんだが…
 いや、あった…
 半強制的にさせられたのを思い出した。
 思い出すだけで腹が立ってくる…。次会ったら拳骨ゲンコツの一発でもお見舞してやりたい。
 それはそうと、腹が減ったなぁ…
 怠惰にものそのそとベットを抜け出し、半ば死霊のような挙動で冷蔵庫へと向かう。
 食材やらエナドリ…酒やら調味料やら、今パパっと食えそうなものは…
 スーパーで売っていた半額のイタリアンピザだけだった。
 どうだっていいが個人的に俺はアメリカンピザよりイタリアンピザの方が好きである。
 荒々しくそれを開き、オーブンへとぶち込む。
 ツマミを回し、俺はリビングへ戻った。
 力なく椅子に座り、何気なしにテレビをつける。
 少年向けのバトル系アニメがやっていた。
 飛び交う火花。走る轟音。主人公達は、何を思い戦っているのだろう。敵に対する激情だろうか。それとも、そこに思念は存在せず、結局は収録時に声優が思っていたことだけなのか。
 その結果はわからないが、ひとつ言えるとしたら昔の俺はどう思っていたかだ。
 今、隣に少年時代の俺がいたとして。
 少年の俺は「かっこいい」だと「面白い」だと言うのだろう。
 嗚呼、腐ってしまった。
 今となっては「ここの作画が甘いんじゃないか」だとか「手抜きじゃないか」だとか「三文芝居」だと言うだろう。実際、そう思っているしそれを覆す気も毛頭ない。
 自覚する。
 大人というのは腐った生き物である。
 昔俺は何になりたいと言っていただろう?
 …よく覚えている。母に、よく「パティシエになる」と豪語していた。
 終ぞ得たものはいつだって引きつったような複雑な顔であった事を俺は鮮明に覚えている。
 それはそうだろう。恐らく母は男らしい職種に就かせたかったのだろう。全く性別蔑視も甚だしいが。人間、1/2の確率で簡単に大まかな職業を決められる。理不尽の連続である。
 あの時、俺は大人になってスイーツを作り、沢山の人にそれを食べさせたいと本気で思っていた。…あの時思い描いてた『大人』ってやつに、俺はなったんだろうか?
 いいや、なれてない。
 今では俺の手は汚れている。
 それを社会は『正義の名の元』と豪語しようが、この手の穢れは犯罪者のそれと何ら変わらないのだ。とどのつまり、自己中なだけなのだ。俺も、社会も。
 テレビでは勝負に決着がつき、敵が悔しそうに地団駄踏んだ。
 俺は純白の衣装を願ったはずだった。手に入れたのは血に汚れ続ける服だけだ。
 俺はケーキナイフを願ったはずだった。手に入れたのは日本刀だった。
 大層にも、『白凪刀ハクナギトウ』と名を貰い、大層にもファンが出来。
 ああ、俺はどこで道を間違えたのだろう。
 パティシエを断念した時から?母に泣かれ渋々侍を始めた時から?
 いいや、違う。
 最初からだ。何もかもを、俺は間違えている。
 結局は何一つ、正しいことなんてしていないのだ。嗚呼、反吐が出る。
 はぁ…
 
 チーン
 
 長年使っているオーブントースターが音を立てた。
 …あぁ、そうだ。確かピザを焼いていたんだった…
 さほど年増でもなかろうに、俺は重い腰を上げてキッチンへ向かう。
 オーブンを開くと、所々焦げたピザがあった。
 俺はピザカッターを刃物入れから取り出し、罰当たりにもそれでピザをオーブンからかき出した。
 どうせ一人なんだ。今更この程度で怒られるわけがないのだが。
 トレーに乗ったピザをリビングへ持っていこうと思ったが、俺はふと思いたち冷蔵庫を開けた。
 市販のビールを拾い、俺はリビングへと戻った。
 正直、酒は苦手だ。
 アルコールに耐性はある方だが、どうにもビールだとか焼酎だとか、辛い酒は性にあわない。
 故に基本梅酒だとかフルーツサワーだとかを飲むのだが、今日は辛かろうと流したい気分であった。
 乱雑にそれらを置き、椅子に座る。
 ビールを開くとよく実家で嗅いでいたツンとした酒の匂いがした。
 豪快に喉を鳴らし、酒を煽る。
 喉の奥に熱鉄球をぶち込まれたように、広がっていく感覚がする。
 久々に煽る酒は、嫌ったらしい悲しい味がした。
「…ふぅ」
 半ばヤケに流し込む。
 …酒を飲んだのは、いつぶりだっただろう?
 …あぁ、覚えている。前の彼女をやむなく振った時だ。
 彼女は血が何より苦手であった。
 血を見るだけで、血の匂いを嗅ぐだけで倒れ、癇癪を起こし、ヒステリックと化す。
 自己肯定となるが、心の奥底でいつも血が苦手な彼女が悪いと思っていたのも事実。
 …俺が、穢れてしまったのも事実。
 故に、彼女が俺に叱責される義理はあれど俺が彼女に叱責する義理は皆目見当たら無い。
 彼女に対し俺は穢れすぎている。
 そう思い、俺はやむなく彼女を振った。
 いいや、違う。
 きっとどこかで思っていた筈だ。「毎回この程度で癇癪を起こさないでくれ」と。
 彼女からしたら「その程度」ではなく「そんなに」であるとも知らずに、自分勝手なことをした。
 人間は自分勝手な生き物だ。
 こんなに俺は未練がましい心情を撹拌させているのに、今となっては彼女の笑った顔も、彼女と紡いだ記念日も忘れてしまった。
 もう一度、ヤケになり酒を煽る。
 1/16にカットしたピザの一切れを押し込むように頬張った。
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