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第41話 決闘の経緯

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「まぁ、そうなのですね」

 ヴァイオレット様は納得したように言葉にしたものの、その表情は疑っているようにみえます。
 しかし、わざわざ私からグラナード辺境伯爵に声をかけることもありませんし、グラナード辺境伯爵も前回はアルがいたため声を掛けてくださいましたが、普通はありません。
 話をするのはいつも伯爵である父と辺境伯爵であるグラナード辺境伯爵なのです。

 話が途切れたので、ちょうど良い機会ですわ。ここに来た本題の話をしましょう。

 私は一枚の封筒をヴァイオレット様の前に差し出します。それは妹宛にきたたし状です。もちろん、妹の宛名を上にして差し出しました。

「ヴァイオレット様。妹君のエルノーラ様の件は聞いていますでしょうか?」

 私がヴァイオレット様の妹の名前を出しますと、眉間にシワを寄せとても嫌な顔をされたのです。
 どうされたのでしょうか?

「どれのことかしら?」

 どれのこと? そんなに多くのことをクレアはやらかしているのでしょうか?

「私が王都を離れている間に、妹のクレアがエルノーラ様を叩いてしまったことです」

 すると、ヴァイオレット様は何故かホッとした表情をされました。クレアが迷惑をかけたことに対して何故、表情を緩めたのでしょう。
 しかし、本題はまだですので、話を続けます。

「クレアがエルノーラ様を叩いてしまったことで、アズオール侯爵子息様がお怒りになり、クレアに決闘だと言ったそうなのです」
「え?」
「それはアズオール侯爵子息も相手が悪すぎるな」

 私の言葉にヴァイオレット様は驚き、グラナード辺境伯爵はアズオール侯爵子息に同情しています。
 その同情はなんですの!

「そのたし状がこの手紙になります」

 私はテーブルの上に置いたクレア宛の封筒を手に取り、裏返しました。

「あら?」
「これはまた」

 お二人は封筒の裏を見て驚いています。普通は驚きますわね。クレアは分かっていませんでしたが。

「これはアズオール侯爵の名で行う決闘だと、少々困ったことになると思ったので、ご相談に来たのです。これは本当にアズオール侯爵の蝋印で間違いないでしょうか?」

 一応貴族のため、各貴族の印は記憶しております。婚約者であり、一番なじみがあるヴァイオレット様に確認していただければ確実でしょうし、妹のエルノーラ様に取り入って決闘を取り下げていただければ、一番いいと思い、ここに参ったのです。

 ヴァイオレット様は白い封筒を手に取り、蝋印を確認しております。

「フェリシア嬢。決闘はクレアローズ嬢が行うのか?」

 グラナード辺境伯爵がニヤリという人の悪そうな笑みを浮かべて聞いてきました。他人事だと思って、内心楽しんでいるのでしょう。

「クレアはヤル気満々ですが、決闘は私が行います」
「まぁ、それが無難だろう」

 グラナード辺境伯爵はガラクシアースの力が普通ではないと知っていますので、私の意見に賛成してくれるようです。

「そんな! フェリシア様が! いけません! 決闘など!」

 私とグラナード辺境伯爵の話を聞いていたヴァイオレット様は立ち上がって、否定してきました。普通の貴族の令嬢であれば、決闘などもっての外です。

「しかし、ヴァイオレット様。妹のクレアに戦わせるわけにはいきませんので、代理として私が決闘を受けるのが普通の流れというものです。ただ、その決闘の意義が私にはわからないのですが」

 十三歳の妹のクレアに戦わせるよりも、姉の私が代理に立つという言葉にヴァイオレット様は力なく椅子に座り、私に白い封筒を返してきました。

「確かに、これはアズオール侯爵様の蝋印です。これをロメルド様が勝手に使ったとなると、アズオール侯爵家とガラクシアース伯爵家の決闘ということになってしまいます。……あの? 私はこの事を初めて耳にしたのですが、エルノーラのことにロメルド様が口出しをしてきた、ということなのでしょうか?」
「私はそう聞いています。ただ、クレアは言いたくないのか言葉を濁していたので、詳しい状況は私にもわからないのです」

 私は、ばあやから聞いただけで、その場に居たわけではありません。ですので、決闘になった経緯が全く持って理解できないもの事実です。
 しかし、私の手には決闘の果たし状というべき手紙がありますので、決闘を行うことは決定事項とされているという事実を突きつけられているのでした。

 ヴァイオレット様はテーブルの端に置いてある呼び鈴を鳴らします。すると、気配だけは感じていた使用人の方が近づいてきました。

「何か御用でございますか?」

 マルメリア伯爵家の使用人の燕尾服を着こなした背の高い男性が、ヴァイオレット様に頭を下げています。

「クルス。貴方知っているかしら?」

 ヴァイオレット様が質問を始めると頭を上げ、一つに結った紫紺の長い髪が肩から落ちるのが鬱陶しいと背中に流しています。

「何をでございましょう?」
「ロメルド様の決闘の件です」

 するとクルスと呼ばれた青年はニコリと笑みを浮かべ、青く透き通った瞳を細めました。

「ええ、存じております。あの頭に綿でも詰め込んだようなエルノーラ様が黙ってれば良いものを、クレアローズ・ガラクシアース伯爵令嬢様に、兄君のエルディオン伯爵子息様の悪口や姉君のフェリシア伯爵令嬢様の噂話を色々言った挙げ句、最後にはドレスを買うお金なんてよくあったものだと、それは身体を売って買ったものなのかとか言いやがりましたので、それにはクレアローズ伯爵令嬢様がキレれて、殴りますね。私は平手打ちではなくて握りこぶしでも良かったと思っております」

 ……いつも思いますが、この方は微妙に毒舌ですわね。よくヴァイオレット様に雇ってもらえたと、関心するところですが、口の悪さより彼の能力をヴァイオレット様は買ったのでしょう。

 そして、ヴァイオレット様は話が進んでいく内に徐々に顔をうつむけ、最後には両手で顔を覆ってしまいました。

 しかし、クルスと呼ばれた青年の言葉は止まらず。

「そこにお茶会のあとエルノーラ様と観劇に行く約束をしていた、無能のアズオール侯爵子息がやってきやがりまして、クレアローズ伯爵令嬢様に言いがかりをつけたのでございます。無能は無能なりに考えたようで、『ただの伯爵令嬢如きがエルノーラを殴って、ただで済むと思っているのか』とよくわからないことをわめいたのです」

 この時点でヴァイオレット様はテーブルにめり込む勢いて頭が下がっています。
 しかし、クレアは伯爵令嬢ですが、エルノーラ様も伯爵令嬢です。これは伯爵令嬢如きと言ってエルノーラ様も貶しているということでしょうか?

「ここでクレアローズ伯爵令嬢様はアズオール侯爵子息が出てきたことで、ヤバイと思ったのでしょう。エルノーラ様に思わず手が出てしまってごめんなさいと謝ったのです。しかし、無能は兄君の学園でのことを言い続け、クレアローズ伯爵令嬢様はフルフルと身体を震わせておりました。きっと聞くに堪えない暴言に、殴ろうかそれもも殴ろうと迷っておられたのでしょう」

 はぁ、これは私が王都に帰って来てから、クレアが荒れているわけですわ。自分がお茶会で牽制していれば、エルディオンの立場を良いようにできると思っていたら、そのお茶会で私とエルディオンの悪口を言われ続けたのですから。
 それにしても、このクルスという青年の中のクレアの印象が、殴る令嬢になっていませんか?

「無能はそんなクレアローズ伯爵令嬢の態度が気に入らなかったようで、無能はクレアローズ伯爵令嬢を指で差し『その目だ! 反抗的な目が気に入らない! 決闘だ! お前も兄と同様に大勢の前でボロ布のようにしてやろう!』と申したのでした。これが、お嬢様のお聞きになりたいことでよろしいでしょうか?」

 クルスと呼ばれた青年は、ヴァイオレット様に確認しているものの、その本人はテーブルに突っ伏して『なんてことをしてくれたのでしょう』と嘆いています。

 しかし、そうですか。そういう感じだったのですか。

「フェリシア嬢。ティーカップが粉砕されているが?」

 グラナード辺境伯爵の言葉に手元を見ますと、粉々の何かがテーブルの上に散らばっていました。

「まぁ。申し訳ないですわ。何故かティーカップが粉々に」

 私は手についた粉を払います。紅茶を飲みきったあとで良かったですわ。

「直ぐに替えの物を用意いたします。しかし、私はあの無能の行動に感服しているのです。ガラクシアース伯爵家を敵に回すなんて恐ろしいことを、平気でしているのですから、私など震えて影に身を潜めるしかできません」

 紫紺の髪の青年は素早くテーブルの上を綺麗にして、お茶の用意をしてくると言い、下がっていきました。
 口は悪いですが、使用人としては優秀なようです。

「フェリシア様。申し訳ございません」

 現実逃避から戻ってきたヴァイオレット様が頭を上げて、遠い目をしながら謝罪してきました。いえ、まだ戻ってきてはいませんね。

「ヴァイオレット様が謝る必要はありませんわ」

 私はニコリと笑みを浮かべ答えます。

「ええ、決闘でボロ布のようにして、大勢の前で、転がせばよいだけですもの。決闘ですから、勿論剣は使用していいのですわよね。魔術も使用していいのですわね。直ぐに動けなくなるのもつまらないでしょうから、猫がネズミを弄ぶようにじわりじわりと攻めればいいのですわね」
「あ……あの……フェリシア様?」
「今まで警告だけで済ませていましたのに、少しお灸を据えた方がよろしいですわね。エルディオンだけでなく、クレアにまで? それも年下のクレアに? ああ、いっそのこと、死の森の中に穴を掘って首だけだすように埋めるのは如何でしょう? 簡単に死なれると問題ですので、弱めの結界を張ってじわりじわりと死を感じてもらうのも良いかもしれません」

 私が色々思案していますと、目の前でパチンと両手が叩かれ、驚いて焦点を前方に向けます。
 すると、呆れたような赤い目が私を見ていました。

「ヴァイオレット嬢。明日にでもアズオール侯爵のところに赴いて、確認した方が良いだろう。流石に死人を出すのはマズい」

 グラナード辺境伯爵が、アズオール侯爵に確認するようにと言っていますが

「決闘の日は明日ですわ」
「何!」
「明日ですって!」

 ああ、そう言えば、ヴァイオレット様は封筒の中身を確認していませんでしたわね。私は返された封筒から、一枚の紙を取り出し、お二人に見えるように広げます。

「まぁ、どうしましょう。それも場所がマルメリア伯爵家……我が家で取り仕切るということなのですか?」

 マルメリア伯爵家で決闘を行うと知ったヴァイオレット様は慌てて立ち上がって、周りを見渡しています。

「クルス! どこに行ったの! これはお父様はご存知なの!」

 思ってもいなかったことなのでしょう。いつもとは違う言葉遣いになったヴァイオレット様は使用人を探しに、何処かに行ってしまいました。

「フェリシア嬢。もっと早くわからなかったのか?」

 明日に決闘となりますと、今からマルメリア伯爵家とアズオール侯爵とガラクシアース伯爵家とで話し合うにも時間が足りないということでしょう。

 もしこれが、アズオール侯爵子息がクレアに手袋を投げつけて決闘の意を伝えただけならば、大事おおごとにはならなかったでしょう。それはあくまで個人間のやり取りです。
 しかし、アズオール侯爵子息は何故か、アズオール侯爵の蝋印を押した果たし状を突きつけてきたのです。
 普通であれば、当主が用いる蝋印は使用できません。

 しかし敢えて言うのであれば、当主の意を代行するという意味で侯爵夫人が用いる場合があります。
 それはお礼の手紙であったり、招待状であったり、必ずしも当主が書く必要はありませんが、侯爵家としての手紙を出すという意思表示でもあるのです。

 その侯爵家としての意を示す蝋印がされた果たし状が、問題を大きくしているのです。

「グラナード辺境伯爵様。これは今日のお昼に私が戻ってきたときに、クレアから渡されたものですよ」
「なんだ? その非常識。何故、あの馬鹿がヴァイオレットの婚約者なんだ?」
「それは同意しますわ」

アズオール侯爵子息という存在に、私とグラナード辺境伯爵のため息が重なったのでした。
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