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第29話 嵐時々十字架、のち晴れ

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 今日は朝から雨が降っています。恵みの雨と言えばいいのでしょうが、昨日まで晴天でしたから、少々不可解でもあります。ええ、突如としてこの王都の上空に嵐が発生したかのように。

「お姉様! 板が足りませんわ! 二階の窓がまた三箇所割れてしまっています」

 黒天に塞がれた空から発生している風雨に打たれながら、屋根に登って雨漏りの修理をしている私に、妹のクレアが大声で叫んできました。
 はぁ、もともと修繕もままらない状況に追い打ちをかけるようなこの嵐はいったい何ですの!

 昨日はあんなに初夏の暑さを感じるほどの、いい天気でしたわよね。
 あれから別邸に戻ってファスシオン様と前ネフリティス侯爵様に頭を下げて、現金化しなかった素材の中でも価値があるものをそのまま上納しまして、帰って来たのです。

 帰りは、馬車で送って行こうと言われましたが、天気がいいということで、エルディオンと散歩をしながら帰ったのです。
 その時に雨の匂いは全くしなかったのです。嵐の前触れなど一滴も感じなかったのです。

 ですのに……この嵐はなんですの!

「はぁ。二階は諦めましょう。修復用の木の板の在庫は使いきってしまいました」

 私は金槌と釘を手にして立ち上がります。突風が私とクレアを襲いますが、それぐらいでは体勢を崩すことはありません。

「雨漏りか吹き付ける雨かの違いですね。結局水浸し」

 クレアの指摘に、横殴りの雨を遠い目で見ます。雨がやんだ後が大変ですわ。

「姉様! クレア! 早く入って来て!」

 その声に下に視線を向けます。すると雨に打たれながら、私とクレアに向かって手を振っているエルディオンがいます。

 私とクレアはすぐさま屋根から飛び降りました。地面に降り立つという瞬間にエルディオンに肩に担がれ、屋敷の中に運ばれました。
 これは異常事態が起こるということなのでしょう。

「お兄様、乙女を抱きかかえるのであれば、お姫様抱っこだといつも言っていますわ」

 クレアが移動の仕方に文句を言っていますが、これは問題になることではないでしょう。

「クレア。でも二人を移動させるには、この方法がいいと思ったんだよ」

 そう言いつつ、室内に入ったエルディオンが私とクレアを下ろしてくれました。

「それでエルディオン。何を感じた・・・のです?」
「よくわからないけど、何か来るんだ」

 エルディオンは天井を見上げているということは、上空から何かがやってくるということなのでしょう。

「お嬢様方。お体をお拭きになってください」

 腰が曲がった白髪のばあやが、私とクレアに身体を拭く布を渡してくれました。

「坊ちゃま。そう焦らなくとも、大丈夫でございますよ」

 ばあやはニコニコとエルディオンの髪を拭きながら言っています。これは何かを知っているようです。

「ばあや。何か知っているの?」
「定期的に行われる神王の儀でございましょう」

 知っていた。確かにグラナード辺境伯爵様は今日が招集の日と言っていましたわね。

「で……でも……何か大きな力が来るんだ!」
「坊ちゃま。怖いのなら、目を瞑って耳をふさいでおればいいのですよ。直ぐに終わって嵐も去りますよ」

 そう言えば、侍従コルトの話にありましたわね。

「ねぇ、ばあや。その神王の儀にお父様は参加されないのかしら?」
「旦那様は参加されないでしょう」

 他の高位貴族には声がかかったようですのに、お父様は地方の視察に行っているということに疑問を持っていましたが、やはりガラクシアースはその神王の儀に呼ばれていないのですね。

「なぜかしら?」
「我々はガラクシアースでございますから」

 ……結局そこに行き着くのですか。
 私は先程入ってきた扉を出ていきます。

「姉様!」
「お姉様!」

 エルディオンとクレアが私を引き止めるように声を上げますが、振り返ってニコリと笑みを浮かべます。

「少し外を見て回ってきますわ」

 そう言って叩きつけるような雨の中に飛び出します。そのまま屋敷の壁を駆け上がり、先程居た屋根の上に立ちます。煽られる髪が鬱陶しいと手で押さえ、王城の方に視線を向けました。

 別にエルディオンの言葉を信用していないわけではありません。基本的に人を疑うことを知らないガラクシアース家の直系の男性ですが、ついでと言わんばかりに厄介な能力も持っています。

 昨日あった事のように、普段なら探しても見つけられないような不死者の王ノーライフキングを見つけてしまう『天性の感』というものです。
 いいえ、領地を治めるには必要な能力です。それでダンジョンが複数存在するガラクシアース領でも治めることができるのです。だからこその、ガラクシアース伯爵と言っていいのです。しかし。しかしです。父と弟はおかしなところでその『天性の感』を発揮することがあります。

 他所様の屋敷にパーティーで呼ばれて、少し目を離すと謎の地下通路を発見していたり、誰かの趣味が詰め込まれた秘密の部屋を発見したり、目を離すととんでもない物を発見することがありますので、他所様のパーティーには監視するように母と私と妹がついて行くのです。

 話がズレてしまいましたわね。その『天性の感』は馬鹿にすることは出来ず、危機的な状況には的確に発現するのです。しかし、今回はエルディオン自身がわからないということなので、この屋敷には何も影響はないのでしょうが、巨大な力がこの嵐に混じって、やってくるということなのでしょう。

 空を見上げますが、私にはただの嵐にしか感じません。何も人為的な力は無いということです。
 王城の方を観察しましてもいつもと変わりません。とは言っても、王城自体は小高い丘の上に建ってはいるのですが、その手前に大きな中央教会がそびえ建っているので、屋敷から見えるのは小高い丘と王城の城壁のみ。
 言い換えれば、我がガラクシアース家の屋敷の隣が中央教会なのです。隣と言っても教会の敷地はとても広いですよ。

 だから、あの馬鹿王子がガラクシアース家の敷地に侵入できたのです。教会に行くと言えば誰も止めないでしょうからね。
 因みになぜ教会がガラクシアース家の隣にあるのかは不明。建国時代からあるガラクシアース家です。
 恐らくですが、教会の隣に屋敷が建てられたというより、屋敷の隣に教会が建てられたと考えられます。ということはおわかりかもしれませんが、土地的には一等地の貴族街の中心に、ボロボロのガラクシアースの屋敷があるのですよ。肩身が狭いですわ。

 まぁ、そのような感じで王城の様子はわかりませんが、特に何かが起こっているようには思えません。

 ん? 風が変わりましたわ。四方八方から叩きつけるような風から、一方向に向かう風になりました。
 違いますわね。空を見上げれば、渦を巻くように雲が流れていっています。その渦の中心はといえば、……王城ですか。

 それに雲に混じって魔力が感知されました。それは一つの魔力ではなく複数の魔力が入り混じった状態です。
 その魔力が中心に行くほど濃くなっていっている? 違いますわ。複数の魔力が捏ねられていって、一つの魔力になっていっています。

 なんですか! この大きな力の流れは!

 この力はどこに発散されるのですか? ばあやは危険はないと言っていましたが、エルディオンが怯えている理由もわかります。
 こんな巨大な力に対抗するすべはありませんわ。

 嵐のすべてが魔力と言って良い。
 風が変わった瞬間に何かがありました? いいえ、特に何も感じませんでした。ふと、風向きが一定になったとしか。

 渦状の雲に雷電が走り始めます。魔力が押し固められて、火花が飛び散るように雲の中でいかずちぜています。

 そして、次の瞬間に光ったと思うと、音が消え去りました。真っ白に染め上がった世界。
 あの膨大な魔力の塊が落ちたのだと思いましたが、どこに落ちたのかは判断できません。膨大な魔力が音を吸い取ったのだと感じたあとに、バリバリっという音と心臓を鷲掴みするような衝撃が襲ってきました。

 浄化された。何故かそう感じてしまいました。

 降り注ぐ太陽のまばゆい光が世界を満たします。空を塞いでいた黒い渦状の雲はどこにいったのかと言わんばかりの蒼天。

 あの膨大な力の塊はどこに消えたのかと叫びたいほどの、日常の空。夢だったのかと思いたいほど綺麗さっぱりと魔力の欠片もありません。しかし、私から滴る水滴が嘘ではないことを物語っていました。

「次の雨が降る前に木材の調達をしてこないといけませんわ」

 わからないことは、考えてもわかりません。それよりも現実問題として雨水が侵入した屋敷の掃除をするのが先決ですわ。

 私は雨水で貼り付いた衣服を払い、魔術を使って水滴を吹き飛ばします。

アモネス

 ため息を大きく吐いて、屋根から飛び降りて屋敷を見上げます。お金がまたかかってしまいますわ。折角、今回死の森で素材を取ってきて、交渉して文句を言って交渉して、八十万Lラグアになったお金が嵐と共に吹っ飛んでしまいました。

 はぁ、屋根の修理と窓ガラスの張替え、石が飛んできたのか、壁に空いた穴。それから嫌がらせでしょうか。教会のシンボルと言って良い金色の棒が壁に突き刺さっています。シンボルの丸十字が見えないということは、深々と突き刺さっているのでしょう。
 ……修繕費が足りないような気がしてきましたわ。

 私が頭が痛いと頭を押さえていると、爺や声をかけてきました。

「フェリシアお嬢様。先にどこから手を付けましょうか」

 片付けをどこからしようかと言うことですわね。庭も色々飛んできているので、貴族街に居を構えているのであれば、このままというわけにはいきません。

「爺や。先にお茶にしましょう。嵐の中で作業していたのですもの、疲れたでしょう?」
「フォッフォッフォッ。これぐらい疲れた内には入りませぬ」

 確かにこれぐらいでは疲れてはいませんが、視界の暴力と言ってい良い現状に、脳が休息を欲しているのです。

「爺や。修繕費のことを考えると、少し休憩が欲しいですわ」
「そうですなぁ。では、じいは先にあれだけでも返しておきます」

 爺やは壁に突き刺さった金色の棒を指して言っています。隣との関係は良好にしておかなければならないと、世の中の人は言います。

「お願いするわ。ついでに、罰当たりが!と言っておいて」

 それは一般論であり、隣の中央教会との関係は互いに無関心です。

「そうですな。神竜ネーヴェ様の天罰が落とされますよと、申しておきます」

 はい。我々は教会信仰ではなく、神竜ネーヴェ様を神として崇めているので、他の貴族のように大金を教会へ寄付を行うことはありません。
 それが隣の中央教会からすれば、気に入らないようなのです。もしかしたら、今回のこともワザとかと思ってしまいましたが、この嵐は普通であれば予想できたものではありません。ですから、嫌がらせではないと思います。
 しかし、屋敷の壁に穴を空けたことには変わりないので、文句は言っておかないといけません。

 すると、爺やは地面を蹴って、壁に張り付いて、金色の棒を引っこ抜こうとします。屋根に飾ってあったであろうオブジェクトですので、それなりの大きさがあります。ただ、少し嫌な予感がしてきました。

「爺や。ちょっと待って、その金の棒は屋敷の柱を貫いていることはないわよね」

 爺やが、金の棒を掴んだ瞬間、屋敷が一瞬揺れたような気がしました。気がしただけですので、そうではないとは思いますが、金の棒自体がかなりの太さです。その大半が屋敷に突き刺さっているとすれば、金の棒が屋敷を貫いている可能性もあります。

「それはわかりません」
「その金の棒の大半が壁の中に埋まっているのが気になるのよ」
「ふむ。見つかると煩いですので、切りましょうか?」
「それがいいわ。ついでにその金の棒も売ってしまいましょう」

 細かくしてしまえば、その金色の塊が元は教会のシンボルの棒だとは思われないでしょう。売ってお金にすれば、今回の修繕費ぐらいになるでしょう。

 はっ! これはもしかして神竜ネーヴェ様のお導きではないのでしょうか! 貧乏な我が家にお金になる金の棒を!

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