婚約者が好きな女性がいると言って惚気話を始めました〜閣下。それ私のことです〜

白雲八鈴

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第2話 閣下の好きな女って誰だ?

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 早足で廊下を歩き、見知った背中を見つけたので、腕を掴んで物陰に引きずり込む。

「うわっ! 何ですか!」

 私が物陰に引きずり込んだのは、我が兄ルーフェスだ。次男であるこの兄も軍務についている。

「おや?ミレーヌではないですか。閣下とのデートは如何でしたか?」
「閣下の好きな女って誰だ?」
「ん?」

 私が閣下の好きな女が誰かと問うと、兄は目を泳がした。これは兄は知っていたということだ。
 因みにこの兄とは母親が違う。第二夫人を母親に持つ兄は、第一夫人が母親である私に敬語で話してくる。

「これを仕組んだヤツは誰だ! 兄は知っていたってことだよな。閣下の好きな女ってヤツを」
「ミレーヌ。言葉遣いが乱れていますよ」

 兄は私の質問には答えず、私の言葉遣いを指摘してきた。
 これはどちらに転んでも私は結婚しなければならない。閣下がこの縁談を断ったとしても、しなくても、ミレーヌもミラも結局どちらも私なのだ。

「では、閣下の好きな女が部下のミラっていうことは何処まで広まっている?」

 私はこの兄が知っている時点で嫌な予感がしている。兄の所属しているところは軍部と言っても補給部隊を管理している部署だ。私がいる実働部隊の方ではない。

「本人以外は知っていると思いますよ」

 詰んだ。これは完璧に詰んでいる。明日から私は興味本位な視線にさらされるのだろう。そして、閣下自身ミラが貴族の令嬢とは気がついてはいない。

「私がミラだと知っているヤツはいるのか?」
「その辺りはミレーヌが上手く隠しているので、バレていないと思いますよ」

 この事に私は救われた気分になった。

「わかった。今から辞表を書いて、総統閣下に提出してくる」

 要はミラが軍を辞めればいいということだ。これで気分が晴れた。

「ミレーヌ。それは駄目ですよ」

 何故か兄に止められてしまった。何故だ。これで全てが解決するはずだ。

「血の雨が降るから駄目です」
「いや、私が辞めることで何かが起こることはないだろう?」
「絶対に駄目です。それに総統閣下はミラの辞表は受け取りませんよ」
「ただの書記官の辞表ぐらい受け取ろうよ」
「明日は絶対に普通に出勤してくださいよ。絶対にですよ」

 何故か兄から強く念押しされてしまった。元々は身分がないミラだ。誰も困りはしないだろう。いや、副官は仕事が増えると愚痴られそうだな。



 翌朝私は重い足取りで、軍本部に出勤する。結局あのあと直ぐに総統閣下の元に辞表を持っていったが、その場でビリビリに破られてしまった。それもとてもいい笑顔でだ。
 クソジジイ。何が何枚出されても同じだと? 何故私が何枚も辞表を用意していることがバレているんだ! このクソジジイは侮れない。軍部の頂点に君臨しているのは肩書だけではないということだ。


 私はまだ誰も居ない部屋の扉の鍵を開け入る。ここはヴァンルクス将軍閣下の執務室だ。
 この執務室には前室があり、そこは応接スペースなっている。大抵が閣下に媚びるヤツが居座るスペースだ。
 その奥にはもう一枚扉があり、ここが本来の執務室となっている。私は部屋の空気を入れ換えるために、窓を開けた。そして、部屋に入ってくる風を利用して、床のゴミを一箇所にまとめる。

「『絡め取る風アウラー』」

 これは簡単な魔術で床掃除をするものだ。しかし、普通はそんなことで魔術は使わない。魔力の無駄遣いはあまりしたくないというのが理由らしい。私には関係の無いことだが。

 私は前室に戻り、応接スペースにあるローテーブルの上に積み重なっている書類を、仕分けをする。仕分けと言っても、閣下のサインが必要なもの、書記官の私の確認で賄えるもの、副官が見るべき書類に、一目で不備があるとわかるものは、各部隊に送り返す用に分ける。分け終わったら、書類を個人の執務机の上に置いて、私は私の分をチェックするために、私に充てがわれた机の前に立つ。

 そう言えば、そもそもがおかしかったと……。

 ヴァンルクス将軍閣下執務机が部屋の一番奥にあるのはわかる。しかし、その隣に書記官である私の執務机があるのだ。逆に副官の執務机が入り口付近にある。これ絶対に副官と書記官の位置が逆だろう。

 後で場所移動を願おう。

 自分の席についてさっさと書類を捌いていく。昨日は閣下と私が休んだために、いつもよりも溜まっている書類が多いのだ。
 いや、副官がサボったに違いない。本来なら閣下のサインが必要な書類以外、残っていないはずだ。

 四分の一程の書類を見終わったぐらいに、執務室の扉が開く。ノックもせずに入ってくるということは、閣下が入ってきたのだろう。

 視線だけで上げて挨拶をする。

「閣下。おはようございます。昨日の溜まっている書類は机の上に置いているので、さっさとサインしてください」

 やはり閣下だった。いつもの黒い軍服にこれでもかという勲章をつけて、威圧感たっぷりに着こなしている。そして、黒い眼帯も相乗効果となり、私を睨んでくる隻眼の眼光は相変わらず鋭い。本当にコレが笑顔で惚気けていた閣下かと思うぐらいだ。

 私はそれだけを言って再び、書類に視線を落とす。

 カリカリカリカリ……ペラリ……カリカリカリカリ……ペラリ…………なぜ、未だに私の前に立っているのだ。今日は何か特別な予定があっただろうか? いや、特になかったはず。始業開始後に訓練をして、その後に十時から会議。その後はいつもどおり残りの書類をさばいて業務終了のはず。

「閣下。どうかされましたか?」

 私は書類から目を離さずに尋ねる。

「……」

 何故にだんまりなんだ? 私はため息を吐きながら、顔を上げる。そこにノック音が聞こえ、返事を待つこと無くガチャリと扉が開く。これは副官が入ってきたのだろう。

「おっはよーございますー!」

 朝からでかい声で挨拶しなくていいと言っているのに、毎日毎日うるさい。

「昨日はお二人が休みだったんで、もう散々だったんですよー」

 何が大変だったのだろうか。大変だったと言う割には書類がそのままのような気がするが?

「休み? 俺は聞いていないが?」

 閣下が私を見下ろしながら聞いてきたが、閣下には言っていない。昨日は朝早くから第三側妃の姉に呼び出され、そのまま有無を言わさずにドレスに着替えさせられ、化粧を塗りたくられ、閣下の前に差し出され、婚約の書類にサインをさせられたのだ。恐らく私の休みは兄経由か弟経由で伝えられたのだろう。

「急遽決まった休みだったので」
「急遽決まった? そんな用事がミラにあったのか?」

 そんな用事。確かにそんな用事だった。私の口からは絶対に何で休んだかは言わない。面倒なことになることが目に見えている。今日は業務終了後にもう一度、総統閣下のクソジジイのところに行って、辞表を突きつけてくる。今度は簡単に破けないように工夫した。これはもう受け取るしかないだろう。

「閣下。私の用事など、どうでもいいことなので、さっさと仕事をしてください」
「どうでもいい?」

 はいはい。どうでもいいので、さっさと席について欲しい。そこに軽快に廊下を駆けてくる音が聞こえて来た。この足音は……

「ミラ! 昨日の見合いど……ぐはっ!」

 いらないことを言おうとした金髪の侵入者に持っていたペンを投げつけ、眉間に命中した。私は席を立ち、馬鹿なことを言ったヤツの元に赴き、胸ぐらを掴んで引きずって、部屋の端まで連れて行く。

「ミラ、酷いなぁ。俺、昨日の結果聞いていィ!!」

 みぞおちを殴って黙らさせる。見た目は貴族らしく綺麗な顔をしているが、その脳みそはプリンでも詰まっているのかと思うほど考えが軽薄だ。

「誰の指示だ?」
「え?」
「誰の指示だと聞いている」

 すると金髪の侵入者は目をオロオロとしだした。私には情報を売れないということか。
 空気を入れ換えるために開けていた窓のところまで行き、侵入者を片手で持ち上げ、窓の外に吊るし上げる。

「ちょっと待って! ここ三階。死ぬ! 絶対に死ぬ」
「別にオルトロス侯爵家の三男なんて、居ても居なくてもいいよな」
「酷い! 本当のことだけど! 酷い!」

 そうこの侵入者は私の弟だ。弟の母親は次男の母親と同じ第二夫人。次男の兄は教養が行き届いているのに、三男は甘やかされていたからか、いつまで経っても馬鹿だ。これはきっと第三側妃の姉に引っ掻き回してこいとでも言われてきたのだろう。私が王城に一時間も居られなかった罰とでも言うように。

「さようなら」

 そう言って私は掴んでいた胸ぐらを放す。

「ギャー! 人殺しー!」

 叫んでいるが、これぐらいではかすり傷も負わないことぐらい知っている。なんせ弟は特殊部隊に配属された戦闘馬鹿だからだ。まぁ、先程の私の攻撃は甘んじて受けたということだろう……が、たとえ弾こうとしても強固な結界と麻痺攻撃を合わせていたから、そもそも触れた時点でアウトだった。今頃麻痺で動かない四肢でなんとか着地をしたぐらいだろう。

 さて、書類の続きをしようかと振り返れば、私のすぐ背後に移動して威圧的に見下ろす隻眼と目が合った。そして、その閣下の背後ではアワアワとしている副官がいる。

「閣下。邪魔です」

 そもそも私は閣下の肩の辺りの背ぐらいしか無いのだ。普通にしていても見下されるというのに、そこに威圧まで混ぜないで欲しい。イライラする。

「見合いとはなんだ?」
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