幻の国

第一章 倭国大乱

第九話 ククリの熱情

　私は幼い頃この里にやってきて、ずっと巫女の修行をしてきました。ここにやって来た日のことを私は昨日のように覚えています。年かさの皆様誰もが、私の巫女としての資質に期待なさっていました。私も最初こそ不安でしたが、すぐに友人が出来、巫女の修行に励むことが出来ました。教え叱ってくれる先輩方は母のようで、共に励む友人達は姉妹のようでした。ここで過ごした日々は、とても大切な思い出です。
けれど、私は望んでここに来たわけではありません。川の氾濫で両親を無くし、幼い妹を抱えていた私が、唯一妹とともに生活出来る手段がここだったから、私は里に来て巫女の勉強をしました。

　誤解なさらないで下さい。私は決して嫌だったわけではありません。ここで学んだ神に通じる力、目では見えないこの世界の大きな存在の事、姉妹のような友人達、揺るぐことない安全な暮らし・・・何もかもが素晴らしい日々でした。村で飢えて死んでいたかも知れないことを考えれば、とてもありがたい事です。

しかし私はまだ、自分で自分の人生を選んでいません。

流されるままに、この里にやってきて一生この里で生きていく。いつしか私はその事に疑問を持つようになっていました。
初めて告白します。実は以前、両親が生きていた頃、私は王都に行ったことがあるのです。その時知りました。外の世界を。王都には倭国を初め、例外とはいえいくつもの国の使節がいらしていました。何も友好を望む使者達だけではありません。隙あらばと、野心ある者も多くありました。しかしそれは決して邪悪な心からではなく、自分の家族が暮らす国という大きな使命を背負っているゆえなのです。
人々の思惑渦巻くその場所には、人の、生きようとする熱情が確かにありました。私はあの熱に心を奪われたのだと思います。
そしてそれは、昨夜の師大殿の言葉も同じ事です。師大殿、倭国の王子という立場にあったあなたは、自国の百年先の未来を思い描き、国の興廃をかけて奔走し、海を渡って豫国までいらっしゃいました。

私は、あなたのようになりたいのです。

　もし私がこの里で残りの人生を過ごせば、一生あなたのような熱情に触れることも、それを自ら放つことも出来ないでしょう。けれど倭国に行けば、私は私の人生を生きられる。情熱を燃やすことが出来る、そんな気がするのです。
　もちろん分かっています。全て私の幻想かも知れません。倭国に行ってすることと言えば、結局は今同じ巫女。そして倭国は、乱れ戦によって多くの人が死んでいっているところと聞きます。そんなところに行ったからと言って、決して楽な日々が待っているわけではないでしょう。もしかしたら、何の役にも立たないかも知れません。
けれど、私は試してみたいのです。ここで学んだこと、身につけたことを武器に、全く何も知らない土地で自分の巫女のとしての力を全身全霊をかけて示し、勝利し、戦を収め国を治めるという大仕事を。

私は今、心から望んでいます。彼の地を治める女王となることを。

ククリの独白に、誰もが言葉を失った。
若く美しく、里一番の力を持ち、かといって決して偉ぶるところもなく誰にでも慕われていた春風のようなククリ。その彼女に、こんな激しい一面があったとは。今まで一緒に時を過ごしてきた、四人の友垣も全く知らなかった事だった。
誰もが呆気にとられる中、師大は興奮気味立ち上がった。

「これぞ、我らが求める巫女だ！」

師大の言葉に、使節の一行もおお、確かにそうだとざわめいた。部屋の中に熱気が一気に広がる。

「ククリ殿、我らはあなたのような巫女にこそ、倭国を導いて欲しい。我らの国、倭国に来ていただけますか？」

師大は跪き、改めてククリに恭しく尋ねた。

「はい、私の気持ちは決まっています、師大殿。・・・サクヤ様」

ククリは跪いた王子に踵を返し、サクヤに確認と許可を求めた。

「・・・・・ククリ、よろしい。そなたに任せます。巫女として、倭国女王として彼の地を治めなさい」

ククリが恭しく礼をすると、師大と使者達は一斉に歓喜の声を上げた。彼らにしてみれば、これは倭国という国の一つの大きな転換点なのである。
これで倭国という歴史ある国は、新しく生まれ変わる。

騒がしくなった室内で、サクヤはククリに静かに語りかけた。

「そなたは、熱情に憧れを抱いたのではありませんね。自らの内にあった熱情に、気がついたのです。それこそが、そなたが自分の人生を見つけた瞬間。そこから先の衝動は、誰も抑えることが出来ないでしょう。そして今、あなたのその才能と熱情を求める人々と国があります。全ては天与の才能と巡り合わせ。あなたが成し遂げる物語を、私はこの里で見届けましょう」