桜散りし頃、君思うことなかれ

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桜散りし頃、君思うことなかれ(前編)クォーターファースト

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<プロローグ>



どこがいいかなあ
ここがいい
ここにしよう

一羽の小鳥が住処を求め急降下。
大きな桜の木に落ちつく。

よろしくね
ああ こちらこそ
僕よりも大きな鳥を見つけたら教えてね
分かった でもなぜだい
それは僕が…… 臆病だから 心配で心配で
分かった 教えよう それに近づかないようにしてあげよう
助かるよ それからおいしそうなモノを見つけたら教えてね
なぜだい
それは僕が食いしん坊だから
分かった 分かった 他には何かあるかい
それからそれから……

鳥の要望はどんどん増えエスカレートしていくばかり。桜の木は対処しきれなくなり怒って静かになってしまった。悪いと思ったのか鳥は懸命に言い訳をする。それを繰り返すばかりで決して謝ろうとも反省しようともしない。見かねた桜の木は睨みつける。慌てた鳥は心を入れ替え許しを請う。

ごめんね でもこれだけはお願い あと一ヶ月は住まわせて欲しいんだ
分かったよ 私も一ヶ月もすれば……
ありがとう

こうして二人は仲直りをし新生活が始まった。
小鳥と桜の木の奇妙な共同生活。

ギャー ギャー
こっちに来るぞ隠れろ
大丈夫 こんなのヘッチャラさ
バカ
二羽のカラスに追い駆けられるがギリギリで振り切る。
ほらこっちにおいで
ハーイ
ギャーギャー
二羽のカラスがいつの間にか仲間を呼び集団で再び襲いかかろうとする。
桜の木は約束どおり天敵から小鳥を守ってやる。
ギャーギャー
痺れを切らしたのかカラスの群れは遠くの空へ飛び去って行った。
ありがとう 助かったよ
うん 気をつけるんだぞ
その後もカラスの群れに狙われること数回。桜の木の機転で危機を脱する。
しつこいカラスの群れは標的を変えたのか以降狙われることは無くなった。
ありがとう 本当に助かったよ すべて君のおかげだ
うんうん これからは自分で気をつけるんだぞ
えー
分かったな
ハーイ
こうしてゆったりした春の時間が過ぎて行った。

<第一章>

四月上旬

土手沿いでは黄色の花が辺りを埋め尽くし主役を主張している。そこに遅れてピンクと白の花が共演し次第に取って代わる。春に咲く花。それは桜だ。
満開の桜は日本全国のいや世界の人々の心を癒すだろうか。

いらっしゃい
行列に並びようやくイカ焼きをゲット。
少々お高めの上、味も大雑把で生焼けにも思えるが気にせずにかぶりつく。
手はべたべた。口の周りも酷い有り様。
「先輩待ってくださいよ。置いて行かないで! 一人にしないで! 」
花見シーズンはずっと露店が開いている。
どこも盛況で簡単には目当ての物は手に入らない。
イカだけでなく焼きそばやたこ焼きリンゴ飴と昔からのもの
チョコバナナやフルーツ棒と比較的最近のものまで目につく。
匂いも強烈でついつい引き寄せられてしまう。

「先輩どこ? どこですか? 」
「うるさいなあ。早く行くよ! 」
もぐもぐ ギーギー
なかなか噛み切れないイカ。
口の中で何度も噛み続けようやく食べ終わる。 
「それにしてもイカは…… 」
「いいから早く!」
強引に僕の手を掴み引いて行こうとする。まるで迷子にならないように見守る姉のように。
僕は手を振り払おうと何度も抵抗するが放してくれない。
「先輩放して! 先輩の手までベタベタになりますよ。」
「まったくもう。そんなこと気にしないよ。」
「だって…… 」子供のように黙る。
「さあ行くよ。後で手を洗えば済むんだから」
これが二人の初デートだと僕は思っている。彼女は果たして僕のことをどう思っているのだろうか。
手を引かれトイレに連れていかれる。
これでお面でも被ればただの小学生。見た目も体つきも身長も。そうコンプレックスでしかない。それからお洒落とはかけ離れたメガネ。本当はコンタクトにしたいんだけど入れるのが怖くてどうしても無理。

先輩が戻って来た。
化粧を直したのか朝よりもさらに綺麗になっている。まあ自分はその辺のことも疎いのでどの程度変化したのか本当は良く分かっていない。
髪形も変えたようで大人っぽさが際立っている。
「いいなあ…… 」つい心の声が漏れる。
「もう。何を言ってるの! 行くよ! 」
先輩の後を追い駆け人混みに同化する。
「先輩! 待ってくださいよ! ヨシノ先輩! 」
「うるさい! 早く! 」彼女は先を行く。
「待っててば! 」僕は常に後ろを追いかける。

「先輩! 」彼女は僕でなくても追い駆けたくなるような後ろ美人だ。もちろん前だって申し分ない。すれ違った男が振り返り嫌らしい目で上から下まで追うか、神々しい物を見たかのようにその場で立ち尽くすかで。たまにどうしようもない奴もいて勢いに任せてナンパしようと食い下がる。もちろんそんな奴を彼女は相手にしない。ホラ今だって勇者は敗れ退場する。

「先輩早いってば! 」 息を切らし追いかける。
「もう早くしなさい! 」
「あのー。デートなんですからもう少しゆっくりお願いします。桜だって見てやらないと可哀想だし…… 」
「もう。いやらしいわね! そんなに見たら桜だって…… 他の桜だって困るでしょう。」
そう。先輩は恥ずかしがると意味不明な言動を繰り返し変になってしまう。まあそこが可愛いところでもあるのだが。でもそれを言うと本当に怒ってしまう。
透き通るような白い肌。頬をゆっくりピンクに染めていく。どんどん濃くなり赤まで行くと恐ろしいことが。まずいことになるのだ。
怒ると本当に手が付けられなくなってしまう。前回の教訓を生かし彼女を落ち着かせる。
自販機で水を買って渡す。
「大丈夫ですか? 」
「何が? 」ベンチに座らせる。まだ怒っているようだ。
その後ベンチで一時間以上おしゃべり。
「大丈夫ですか? 」
「別に」
彼女の機嫌が直ることは無かった。
こうして初デートは失敗に終わった。

何がいけなかったのか。
何を怒っていたのか。
問いただすわけにも行かない。やはりこちらが察してやるべきなのか。
そんなことを考えながら別れた。
彼女を送っていくことなく現地で解散。
もちろん彼女の家など知らないのだが。それを言えば彼女についてほとんど知らない。どこに住んでいるとか詳しいことは教えてくれない。
知りたいと思うのが男の性。
しかし彼女は秘密主義なのか何も情報を出さない。
分かっているのはその美しさと先輩であるということ。
ヨシノさん。
ミステリアスな彼女。
僕たちは本当に付き合っているのか。
そこにも疑問がある。
先輩との出会いはいつだっただろうか。遠い過去のような気がする。
もう何ヶ月も一緒に過ごしたような感覚。でも実際には十日も経っていない。
あれは……

4月某日

入学式を終えた翌日。
高校からの友達と二人でキャンパス内を歩いていると突然声をかけられる。
「君達、うちのサークルに入らないか」
興味を持ったようだ。しかしこちらにはその意思はない。
「結構です」
厳つい男に呼び止められ、恐怖を感じながらもしっかりと断る友人。
僕はそれを横で大人しく見守るだけだ。
「ねえ、話だけでも聞いて行かない」
後ろからしつこく勧誘されるが相手にせずその場を立ち去る。
もちろん友人にくっついているだけなのだが。

一難去ってまた一難。
今度は綺麗なお姉さんの二人組。
僕は無視しようとしたが相棒が落ち、ついでに僕も引きずられていく。
「私達テニスサークルなの興味ない? 」
その見た目には興味があるものだからどうしても断り切れない。口ごもっていると彼女たちが一つ提案をする。
「今夜ね、桜を見るの。興味ある? 夜桜と飲み会を兼ねたイベントがあるんだけどなあ」
セクシーなコスチュームで迫る彼女たちに成す術なく約束してしまう。

欲望丸出しの相棒の顔を見ているとこちらまで同類に思われるから困る。
しかし薄笑いを浮かべて顔に締まりが無くなっていく自分を自覚しつつもある。
時間にはまだ早いが待ち合わせ場所に向かう。

軽やかな足取り。妄想が止まらない。
もうコントロールできない。
しかし我を失った二人には厳しい現実が……

「おう! 君達来てくれたのか。」
そこにいたのはなぜかしつこく僕らを誘っていた厳つい男だった。
「へ? 」我に返った二人。しかしもうどうしようもない。
ジ・エンド
嵌められた。
どうする?
「ようこそ。我がサークルへ。歓迎するぞ。」
「あのー。僕たちは違うんです。何かの手違いで。お邪魔しました。」
「おい! 何を言ってやがる! 良いから座れ! 」
厳つい男が興奮している。怒らせてしまった。これはまずい。
「ですから私達は…… 」緊張と恐怖で口ごもる相棒。
気付いたのだろう。
騙されたと。嵌められたのだと。
男の表情が変わった。
このままだと僕らの未来が……

「おい、どうした! 」
花見を始めていた仲間がしびれを切らし迎えに来た。
「だから僕たちは彼女たちに誘われてテニスサークルへ…… 」
本当のことを言ってみる。
「だからここでいいんだって言ってるだろう! 」
「勧誘してた彼女たちは? 」
「ああ、それなら今日は来れないってよ。それに他のサークルの子でさあ手伝ってもらっただけ。」
悪びれることなく男だらけの飲み会に連れて行く。
厳つい男の正体はこのサークルのリーダー。
男だらけの飲み会に強制的に参加させられた。
出来たら女だらけの飲み会に参加したかったな。

「没!」
聞き違えか。もう酔っぱらっているのか。
「弱そうじゃん。へへへ。」
弱そうとはどういうことだろう。先輩だろうが態度が気に食わない。
「おいおい。せっかくのお客様に何を言ってやがる」
リーダーとしては有能らしい。
「実際お前ら強くないだろ? 」
別に見た目で判断されるのは構わない。
しかしいきなり絡んでくるとは面倒な奴に違いない。
一癖ありそうだ。
「どうなんだ? 」
「そんなこと…… 」見抜かれてしまったので言い訳できない。
確かに僕らは高校では運動をしてこなかった。だから体力にも運動神経にも自信が無い。あるのは知能のみ。それも今となってはこんな奴らと同じところへ通っているのだから自信がない。

「まあいいから座れ! 」強風で飛ばされないようにブルーシートの四隅を転がっていた大きな石で固定。そこに厳ついリーダーを含めた四人の集団。
もちろん皆体力には自信がありそうないわゆる筋肉系。
どうも彼らはこのサークルの主要人物のようで態度もでかい。彼らの中心には酒と大きな紙皿。花見セットが揃っている。まだ始まったばかりなのか空けられたビール缶が数本転がっておりほとんどつまみには手をつけられていない。

自己紹介を済ますとパーティーの開始。
「ほらまず一杯。」仲間の一人が紙コップに日本酒を注いでくれた。
僕も相棒もまだ未成年。断ろうとするもお構いなし。促されるままに一口。
悪くない味だ。
相棒は観念したのか紙コップを空ける。僕も負けじと飲み干す。
「良い飲みっぷりだね! 」リーダーが見直したと言い、褒めてくれる。
男は気持ちよくなったのか笑い出す。
そうすると周りの者も自然と笑う。
僕らもつられえて笑顔を作る。
リーダーの機嫌を損ねないのは良いことだ。この中で一番であろう体つき。
襲いかかられたらたまったものではない。
他の者も僕らよりも年上で体格も申し分なくいわゆるアスリート系。
いや、ストリート系かな。

この中で一番厳ついのがこのサークルのリーダー。それ以外は雑魚と言うことだ。敢えて光を当てる必要はないだろう。
「よし今度は俺の番だな」雑魚の一人が僕たちのコップに満杯まで注ぐ。
手を振って拒否するも注ぐが先で断れない。
他の奴らはその様子を面白がって眺めている。
嬉しいのか。気持ちいのか。からかっているのか。親しみを込めてなのか。悪意を持って笑っているのか。判断がつかない。とにかく皆笑っている。僕たちもつられて苦笑い。
よし次は俺だと三杯、四杯と注ぎそれをすぐに飲み干す。
いくら紙コップとは言え四杯もとなればかなりの量で酔いが回ってくる。
相棒の頬も赤くなっているのがライトアップの光で確認できる。
彼の様子から察するに僕も似たような状態。大げさな相棒の物言いでは酷く酔っぱらっているのだとか。
もう二人とも酔っぱらい。
しかし奴らに変化はない。そう見えるだけなのか。ただ我慢しているのか。
強いらしい。そこだけは尊敬できる。

辺りを見回す。
桜が綺麗だ。
しかし主役の桜はただ存在するだけ。誰も見ていない。周りの客も似たようなもので大声を上げて騒いでいる。
何がそんなに楽しいのか知らないがよくそんなテンションでと驚く。
驚くし関心もする。だが呆れるが正しいのかもしれない。
僕らはついていけない。いや相棒はそうでもなさそうだ。
元来、陽気な奴で。緊張もほぐれて上手くやっている。
かわいがられるタイプ。それに比べて僕は変に冷静なのだから困る。

ほらよ。
再び勧めてくる。
悪気が無いので厄介だ。
もう無理だときっぱり断るが全く動じない。
慣れている。
「ほらこれ一杯だけ。これを飲み干したら良いことを教えてやる」
酔っぱらいの戯言を真に受けてもと思うがリーダーの鋭い視線を感じ五杯目へ。
「よしいいぞ。良いかこれは内緒だぞ」
首を縦に振る。
「あと少ししたら来るぞ。ハハハ」
誰が来るのかは謎のまま。
詳しく聞いてみる。
「あと三十分」六杯目へ。
促す。
「女性陣が追加を用意してくるのさ」
「本当ですか? 」ついつい興奮する。
「嘘なんか吐くかよ」七杯目。
テニスサークルは本当のことらしく後から参加するメンバーが二十人近くいるそうだ。
男女比は六対四。残りはほぼ女性だとか。
信用はできないが期待は膨らむ。
と言うよりもその計算間違ってないかと。
僕がバカなのか。彼らがバカなのか。ただの出まかせなのか。

相棒はやったと赤い顔をこちらに。
紙コップとは言えこれで七杯目。もうそろそろ限界。
「それからな今日は他のテニスサークルと合同の飲み会がある。あと一時間もしたら始まる。もちろんお前らも参加するよな」
「へー。まあいいか」八杯目。
「そこにはなんとお前らを誘った二人もくることになってんだ。嬉しいか? 」
来れないんじゃなかったっけ? どうも信用できない。
「うおー! ラッキー! 」相棒は九杯目へ。
「それからよ…… 」この言葉を最後に僕は酔い潰れてしまう。
後は途切れ途切れの記憶しかない。

「おう! ダウン! 」
「こっちも」二人同時に酔い潰れてしまう。
リーダーが指示を出す。
それから約十五分。ぞろぞろと集団がブルーシートの前へ。
「遅くなりました」
合流メンバーが姿を現した。
夜桜パーティーは第二部へ。

「おい、誰かこの二人を駅まで送ってやってくれ。」
さすがにまずいと判断したのか面倒なことを押し付けるリーダー。
意識が薄れる中、両肩を抱えられて駅の方へ。
親切にも送ってくれた者。
一人は男性。もう一人は女性。
薄っすらとした記憶と匂いでそこまでが限界。後は何も覚えていない。
せっかく楽しみにしていたのに第一部で脱落とは情けない。
奴らの物言いだとずいぶん良さそうに言っていたが果たして信用できるのか。

翌日
酷い二日酔いで頭痛と吐き気が付きまとう。
外に出かけるのも一苦労。
いっそ家で寝ていたいがそうも言ってられない。
最初から欠席では印象が悪い。
とにかく行くしかない。

夕方。
「あれ? 君は? 」
昨夜の公園を歩いていると急に見知らぬ女性から声をかけられる。
怪しみつつも溢れ出る高貴なオーラに異常なほど引きつけられる自分がいる。
これはまずい展開。
とりあえず様子を窺う。
「私はえっと…… 」
「要りません」しっかりと断る。
何を売りつけるつもりなのか分かったものではない。
これだけの美しい女性を見たのは初めて。
まるで同じ人間には見えない。
そんな女性が僕に用があるとしたら間違いなく勧誘だ。
昨日は断れなかったが今日はその反省を生かしてはっきり断る。
「ちょっと待って! 何を言ってるの? 」
まだ騙せると思っているらしい。ずいぶんと甘く見られたものだ。
きれいな女性には気をつけろ。
それが親からのアドバイス。
「だから要りません! ついても行きません。結構です! 」
「私はセールスじゃないんだけどな」
手強い。まだ引き下がらないのか。
「そうですか。でも入会しません」
困った顔を見せる。
「何の話をしているの」
「しつこですよ。警察呼びますよ」
「警察? 」ほんの少し動揺する。心当たりがあるのだろう。
「デート商法は犯罪ですよ」
「デート? 何それ? 」笑い出した。
演技なのか本気なの分からないが警戒は怠らない。
「デートしたいの? 」
からかい始めた。その気にさせるのはお手の物と見える。
「いや、だから構わないでください」
「デートする? 」彼女は動じない。
もちろん答えはイエスだが悟られたらお終い。
ここは突き放す。
「変な勧誘は止めてください」
昨日のことで懲りている。こんなきれいな女性が僕なんかに興味を示す訳がない。何を売りつけるのか。何に引き込もうとしているのか。まさかまた変なサークルの勧誘なのか。もうお腹一杯だ。ほら今にも食道から逆流しそうだ。
うう…… 気持ち悪い。オエエ!
「困ったなあ。そんな言われ方されるなんて心外。言わせてもらうけど昨夜は大変だったんだからね。君を運ぶの。」
「どういう事でしょう? 」
「昨夜酔い潰れたでしょう? 」
「ええ、まあ…… 」頭を掻く。
「介抱してあげたのに。まったくもう」
あの現場にいたとでも言うのか。確かにあの後何人かが合流した。
私を駅まで送ってくれた人もいた。
「本当ですか」
「本当だって! 」
疑わしいが嘘とも思えない。いや嘘を吐くメリットが無い。
「あの後大丈夫だった? ちゃんと帰れた? 」
「ええ、おかげさまで」疑うのは止めて礼を言う。
「それは良かった。君は酷く酔い潰れていたから心配だったんだよね」
再び礼を言う。
「それでデートするの? 」
冗談のつもりだろうか。チャンスは逃さない。
照れながらもハイと返す。
「うふふ。分かった。次に会った時にでも。もう行かなくちゃ」
期待させるだけ期待させといて行ってしまう。
そうはいかない。引き止める。
「お名前は? 」
「ヨシノよ。君よりも上だからヨシノ先輩とでも呼んでね」
そう言うと彼女は行ってしまった。
雑踏に消えっていった彼女は薄ぼんやりしていて現実なのか幻なのか区別がつかない。どうやらまだ酔いが醒めてないらしい。
桜色をまとっていたヨシノ先輩。春の装いにはぴったりで何の違和感もないが夢の中の出来事に思えるのはなぜだろうか。
彼女との出会いにウキウキしながら満開を迎えた桜並木を駆け抜ける。

<間奏>
天敵のカラスもいなくなり自由に大空を羽ばたく小鳥。難なく餌もゲット。
北風から南風になり気候もだいぶ落ち着いてきた。
「ねえ。君の友達を紹介してよ」
「友達だよ。もっと僕を守ってくれる勇敢なお友達」
桜の木は反応しない。
小鳥だけがさえずっている。
「どうしたの? 」異変を察知した。
「済まない。少し考え事をしていてね」
苦しそうに答える桜の木。
「僕に関係ある? 」
頷く。
「困るの? 」
「ああ。もう守ってやれないかもしれない」
激しく動揺する。
「落ち着いて聞いてくれ。あと少ししたら君を守る力が無くなってしまう。そうしたらもう無防備だ。私は何の役にも立たなくなってしまう。ただデーンと構えてるだけのデクの坊」
「そんな事ないよ」
「いや、これは仕方ない事なんだ。早く出て行った方が良い。どんどん力が無くなっていく」
小鳥は慌てふためく。
「嫌だよそんなの。もう少し。もう少しお願い」
「我が儘を言うな! 私の言う事を聞くんだ! 」
「どうすることもできないの? 」
小鳥は懇願する。
「ダメなんだ。どんどん力が吸い取られていく。後はこのスピードを遅らせることしかできない。春の嵐に遭えばあっと言う間だ。お願いだから言うことを聞いてくれ」
動揺していた小鳥も冷静さを取り戻した。
「うん。分かった。僕も準備を始めていたんだ。旅立つ時が少し早まっただけさ。何の問題もないよ」
「そうだ。その調子だ。さあ旅立て! 」
「じゃあ。僕行くよ。お世話になりました」
「ああ。来年も来るといい。その時は歓迎するよ。さあ行け! 」
「ありがとう」
小鳥は新たな居場所を求めて旅立つ。
桜の木は力尽き眠りにつく。
また一年後。
会える日を楽しみにしているよ。
無常。
花びらが風に舞い、漂う。
それを嵐が巻き取っていく。
春はまだ始まったばかりだ。

<ヨシノ>

眠い。眠い。眠い。
春の陽気のせいかぼうっとして欠伸が出る。
気持ちがいい。
天気がいい。
でも風が強い。
あーそれにしても眠い。
眠い。眠い。眠い。

「おいどうした? 」
「いや。別に眠いだけ」
「そうか。それはそれは。なあ今日どうする? 集まりがあるだろ」
「僕はちょっと…… 用事があるんだ」
「そうか。分かった」
相棒は残念そうだがもちろんそんなことは無い。内心では喜んでいる。ライバルが減ってチャンスが増えるのだから。

結局僕らは成り行きで半ば強引にテニスサークルに入ることになった。
サークルの第一印象は良くなかったが面倒見のいい先輩方の扱いにも慣れ居心地も悪くない。不満も解消された。後はもう少しきれいな人が居たら最高なのだが高望みするのもどうかと思うし文句を言える立場にない。それに新入生にも当たりがあるかもしれない。また、なかなか顔を見せないメンバーもいるようで期待は膨らむばかりだ。
相棒もその辺が気になっているのか毎日顔を見せている。僕は付き合いきれないのでパスするのだがそのうちひょっこりとヨシノさんが現れるかもしれない。その時は言うように釘を刺している。

講義を聞き流してどうにか帰路。
サークルに立ち寄ることなく真っすぐ例の公園へ。
前回偶然出会った場所へ。時間もちょうど今頃。
一日中眠気が取れない。
眠い目をこすりながら欠伸を堪えポトポト桜並木を歩く。

あれからどれだけの月日が経っただろう。
一年?
半年?
一ヶ月?
いやそんなことは無い。この桜並木もしっかり花をつけたままだ。そう三日しか経っていない。
どってことない月日。我慢していると思うのもおかしいし待ち焦がれるなどどうかと思う。しかし僕には長すぎる。余りにも長いのだ。変だろうか?

ヒラヒラ
ヒラヒラ
春の風は強く、耐え切れなくなった花は散りその数を徐々に減らしていく。
ふと思い出す。
昔見た映画のワンシーンが流れる。
それは悲しい男女の別れを描いたもので音楽と映像が僕の心を惹きつけた。
何だったかなあ。確か主人公がヒロインに教えてもらうんだけど。
うーん出てこない。
桜の花びらが落ちるスピードに関するお話。
うーん。やっぱり思い出せない。単位があったようななかったような……
まあいいか。音楽は耳の中に残っているのだし歌ってみれば思い出すかもしれない。でも恥ずかしいしな……
ブツブツ
ブツブツ
完全に自分の世界へ。
周りが見えなくなっていた。

「あれまた君? 偶然だね」
待ち人現れる。
「ヨシノさん。ずっと探していたんですよ。ここに来たらまた会えると思って」
「えっと…… 何で? 」
「もう一回チャンスを! 会えると思ってました」
「へっ? おかしな子」
「さあデートしましょう」
「ああ、覚えててくれたんだ」
「もちろん。迷惑でしたか? 」
そんな事ないと首を振る。
「ヨシノさん。サークルに顔を出してくれないんだもの」
「へへへ。ちょっと事情があってね」
この様子だと僕を拒絶してるわけではなさそうだ。
「行きましょうか」
二人はデートの約束を果たす。
 
                      <中編>へ続く
  
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