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七時間目
嫉妬
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辰矢と映画を見に行ったあの日、私はある人からDMが届いた。
『その人に手を出さないで』
その一言を見た後、正面にいる彼にある一つのことを聞いた。この答え次第で、私がこの強敵に対する言葉が変わってくる。
「私たちって今、どうなってんの?」
あの時、『付き合ってるよ』というのが最も理想的な答えだった。もし、確証がもらえないとしても、彼自身が私に対する好意を示してくれれば、Betalというアカウントに強気でいられた。
「普通に・・・?友だちじゃないの」
以前、あの強敵とデートもしたことあると言ってたし、前日にも行っていた。私が、あの強敵に勝てる可能性なんて、いくつあるだろう。いや、一つもある気がしない。強いて言うなら、彼との話してきた時間だけ。
『すみませんでした』
私は辰矢とつながることができなかった。私はまた、敗北者になったのか。
『分かったなら、早くどこかに行って』
私は、彼女が怖かった。彼が怖かった。私の方から彼に告白しても、受け入れてもらえる可能性はとても低い。なら、いっそのこと逃げてしまえば私はあの時のような感情を抱かなくて済んだのかもしれない。だから、彼のもとから立ち去ることしかできなかった。駅で彼と反対側のホームで待っている間も、涙が止まらなかった。私はいつの間にか彼のことを好きになっていた。彼の声が、姿が、彼といる時間が私を幸せにさせていた。でも、不幸にはなりたくなかった。嫌な感情を抱く可能性すら、私は怖かった。
そんな日の夜に聞こえた着信音。着信元は・・・、
「侑也・・・。・・・もしもし?」
『ごめん、響空の声聞きたくなって・・・、ってどうした?』
元カレは、ちゃんと私の変化に気づいてくれた。辰矢はどうして気付いてくれなかったのだろう。でも、今の私の心のよりどころになれるのは、一度裏切った彼なのだろう。それが個人的なところが嫌になる。
「うるさい。ちょっと失恋しただけだよ・・・」
『そっか、それは辛かったなぁ』
私は、彼に今の私の感情の何がわかるのか、と言いたくなった。でも、そんな無慈悲な言葉は一旦胸にしまっておく。
『あのさ。俺も最近別れたんだ』
彼の情報なんて、今の私からすれば女の子の世間話よりもどうでもいい。
『しかも、向こうの浮気でよ』
「そ・・・」
『それでようやく、あの時の響空の気持ちがわかったよ』
女子にとって恋愛は上書き保存されるもの。そう教わってきたし、思っていた。だとしたら、今の私はどういう状態なのだろう。上書き保存をしようにも、上書きしてくれるデータが足りない。辰矢のことは上書きするには、一方的で情報量が少なすぎる。
『あの時は、本当にごめん』
彼の謝罪を受け入れれば、少なくとも今の苦しさがまぎれる。でも、受け入れると彼を忘れることになりそうで怖い。本当は忘れるべきだと分かってたけど、もう少しだけでいいから彼のことを考えておきたかった。
『やり直そうとかは、言えないけど。今度会わない?』
あの時の私の感情を知って、直してくれるようなら彼の方に行けば、一時の間だとしても幸せな時間を過ごさせてくれるかもしれない。
人は何度でも同じことを繰り返す。だからギャンブルにハマった人は一生ギャンブルをし続けるし、浮気者はどれだけ経とうが浮気者。
国語の先生が他人からそう感じたと言われたことがいつまでも頭に残ってる。もし、その事が本当ならどの道変わらない。
「いいよ。来週末とかなら、空いてるよ」
本当だとしても、彼なら今の私に空いた穴を埋めてくれる。自己中な私は、この先のことなんて考えずに彼と時間を共にすることを選んだ。
侑也とよりを戻すにも、私は最後の一歩を踏み出せずにいた。辰矢への心残りがあるからなのは、誰かに言われた訳でもなく理解出来た。
「ねぇ、幸はどう思う?」
「私?!どうって言われても・・・・・・」
他人の恋事情なんて興味の微塵もわかないのは明らかだった。それでも幸なら、私のために何かしら言ってくれる。そう信じてた。
「侑也も浮気で別れてるからなんとも言えないんだよね・・・・・・」
「もう後悔したくないの」
「それは違うと思うよ」
何が違うのか分からなかった。私の人生なんだから、私にしかない正解を出したいと思うのは当然だと思う。
「きっと、今迷ってるどっちを選んでも響空は後悔すると思う。でも、それは『もう一つの選択肢を選んでいたら』っていう欲張りなんだよ。だから私も明日薫と付き合うの早すぎたなって思うもん」
「いや、それは」
「当然?そうだね、だって入学して一週間も経ってなかったもん。でも、そう思うのって『もしまだ付き合ってなかったら仲のいい男子グループと遊んだり、自分磨きのために今じゃできないことも出来た』ってことも考えてるってことでしょ。時間は戻せないのに、そんなの考えたってしょうがないよ」
時間は戻せない。その言葉が不思議と私の中に重くのしかかった。
「長くなったけど、私が伝えたいのは、どんな選択肢を選んでもきっと後悔する。だから生きやすい方を選ぶのがいいと思う。だってその方がこの先、笑えるよ」
同い歳であるはずの幸がどこか大きく見えた。確かに、将来私たちがお酒を飲めるようになったら、今の話で笑い合えるような時間を過ごしたい。
「響空は、どっちが生きやすい?」
生きやすい方、そう言わると後々頭に浮かんだ方が生きやすいのだと思った。
「侑也、かな。あの人は私のことちゃんと知ってくれてるし」
頭の中を侑也でいっぱいにした。
「稲垣じゃないんだ」
「多分、私は辰矢が好き。でも、辰矢には強敵も多いし、私のこと好きかどうかもわかんないもん」
「それじゃあ、もし稲垣が響空のことを好きって言ったら?」
そんな難しい質問をされても困る。好きと言われれば、今決めたことがきっと覆されてしまう。
「確かに、強敵より私を選んでくれるって言うなら・・・・・・。あぁ、でもそれはないよ」
「何でよ」
「なんか、返信できなくて・・・・・・」
Betalというアカウントから圧をかけられて以降、私は辰矢に話しかけられなかった。
「私は、最悪だけど稲垣の方がいいと思う」
辰矢嫌いの幸でさえ、ちゃんとそっちがいいと言えるのは、それなりに彼のことを認めているからなのだろう。
「そういや、カラオケ行くけど。来る?」
自分の心を整理するためにも、歌って泣きたいって思った。幸から言われて『もし』のことを考えるためにも。
二つの選択肢を考えていると、明日薫くんと一緒に辰矢が現れた。しかし、その直後幸が辰矢を連れ出し、私と明日薫くんの2人が部屋に残された。彼は始まろうとしていた音楽を止めて、私の正面に座る。
「ごめん、いきなり連れてきて」
「ううん、大丈夫だよ」
声に覇気が入らない。会えて嬉しいはずが、どこが辛く感じていた。
「悪いけど、辰矢から聞いたよ?あいつのことどうして避けると?」
「それは・・・・・・」
そんな事、私も知りたい。ライバルも私の周りにいない侑也の方が楽だから?近くにいる先輩が怖いから?それが分かれば、今の私はこうしてカラオケに来ていない。
「まぁ、とにかく。あいつが良い奴ってことは大親友の彼氏が保証する」
そんなとこ、私も知ってる。今の彼のことは、あなた以上に知ってる。彼とそういう事を話したわけじゃない。でも彼の声を聞けば、彼との時間を過ごせば、彼の姿を見れば、私には理解出来ていた。それでもやっぱり、私は彼からの言葉が欲しい。だって敗北者だから。
明日薫くんからの説得が終わってしばらくすると、久しぶりに見た鞄から聞き慣れた音が聞こえた。
「あ、辰矢の携帯だ」
彼は持ち主に携帯を渡しに部屋を出ると、幸を置いて戻って来た。
「男の人の名前だった」
親友の彼氏の言葉を疑う訳ではないが、もしかしたら強敵からなんじゃないかと、不安に思った。また、彼は私のところから遠くに行ってしまうのだと思った。だから私も携帯で気を紛らわせようと、最近のトレンドを見始めた。
『これ、響空?』
侑也から届いたリンクを開くと、そこにあったのは私と辰矢が楽しく遊んでいた最後の日の一時だった。懐かしいからこそ、私はあの時に戻れない気がした。だからこそ、私は翌朝、彼との距離を開ける決意をした。
時折見える彼の周りには、いつも誰かしら人がいた。男子も女子も、彼は常に人の真ん中にいるような気がした。だから、開けていた距離をもう一度縮めてもいいかもしれない。そう思っていたのに。
「付き合ってあげる。ただし、誰にも言わず、学校じゃ基本的に関わらないこと。いい?」
誰にも内緒で付き合う、同じクラスだからこそ、その環境がわかる気がした。辰矢とサトミちゃんが一緒に出ていくのを見たからこそ、誰が話しているのか分かる。私は内緒にもならなかったし、辛い気持ちが湧き上がってきた。
「響空!?」「犬駒さん?!」
「ごめん、聞いちゃった。大丈夫!誰にも言わないし、辰矢のこと、忘れるから・・・」
どうしよう、やってしまった。聞いてしまったことがバレた。
「響空!待って」
彼は私の手を取り、逃がしてくれなかった。
「どこから聞いてた?」
「『付き合ってあげる』ってとこ」
『違うんだ』って言ってくれれば良かったのに、どうして彼はそういう事を言ってくれないのだろうとは、思ったが、それ以上に漏れた言葉が嫌になった。
「『マジか』ってなに?!浮気がバレたこと?二股、いや三股そようとしてたの?」
彼の顔を見たくなかった。見てしまえば、きっと彼の顔を叩いて、逃げ出したくなる。だから、私は縮めることを辞めた。
「違う、そんなことない!意味が違うんだ」
「何が違うのよ!私だけ?そんな言葉信じるんじゃなかった」
掴まれた腕を切り離し、枯れた涙を流しながら私は逃げ出した。
あれからどれだけの時間が流れただろう。私の定期考査直前、一緒に勉強しようと侑也とカフェでノートを広げていると、私の人生を総復習しているように思えた。
「だから、ここはこうなるんだよ」
侑也に勉強を教えてもらっても、そこまでちゃんと頭に入らなかった。彼はそこまで頭がよくないし、教えるのも上手じゃない。最近の彼は、授業を受けているのを見て、何となく頭がよくなったのが分かる。それじゃなくても、侑也と違って教えるのも上手だった。彼との時間の方が、やっぱり楽しかった。
「あれ?久しぶり!」
カフェで声をかけてきたのは、私の人生が迷宮化した元凶『学園のマドンナ』だった。
「お久しぶりです。木下先輩」「どうも」
「あ、ごめん。お邪魔だった?」
「え?」
「だって彼氏じゃないの?その人」
私の正面の人を見て、言われた言葉は男性だったからそう言ったのだろうが、私には『あなたにはその人くらいがお似合いよ』なんて上から見下されたような気がした。ここで、私が首を縦に振ることは決したことがなかった。
「はい。彼氏です」
私への質問を侑也が返した。
「そっか。それじゃお幸せにー」
今日から、私は過去と同じ道を歩みだしたんだと、思った。
その次の日の朝、彼から話したいと言われて、迷っていた。話したいと思う反面、話したくないとも思った。でも、私も彼の言葉が聞いてみたいって思った。久しぶりの雨の日、呼び出された教室に足を運んだら彼がいた。
「何?話って」
湿気が私たちの教室を孤立させているように思えた。
「前に言ってたじゃん、『私たちって今、どうなってんの?』って」
「うん。言った」
以前の記憶が私の頭の中にも流れてきた。
「あの時は友だちって言ったけど、今の俺は響空と友だちでいるのじゃ、満足できなくなった」
「そう・・・」
どうして、今更そんなこと言うの。もう遅いんだよ・・・。
「だから・・・、いや。つまり、俺は響空が好きです。今まで響空に迷惑とか、混乱とかさせたけど、これからはそんなの全部なくしていきたい。こんな俺だけど、俺と付き合ってください」
「ごめん、一旦顔上げて・・・、なんで今かなぁ」
辛かった。私のほうから好きな人に断りを入れるんだと思うと、今からの時間が酷に思えた。
「実はね、私。最近彼氏ができたの。一昨日、元カレとより戻したんだ。まだ、少しは思い残しがあったからね。だから、辰矢とは付き合えない。ごめん。あの時に、ちゃんと話せばよかったね」
彼の顔が見れなかった。私は、これ以上のことは言えない。
「そっか・・・」
「ごめんね。・・・私、先に行くから」
そう言って私は、彼と同じ孤立した空間から抜け出す。今頃、彼はきっと涙を浮かべているのだろう。私も早く人のいない所に行きたい。私も雨みたいに泣きたい。
『その人に手を出さないで』
その一言を見た後、正面にいる彼にある一つのことを聞いた。この答え次第で、私がこの強敵に対する言葉が変わってくる。
「私たちって今、どうなってんの?」
あの時、『付き合ってるよ』というのが最も理想的な答えだった。もし、確証がもらえないとしても、彼自身が私に対する好意を示してくれれば、Betalというアカウントに強気でいられた。
「普通に・・・?友だちじゃないの」
以前、あの強敵とデートもしたことあると言ってたし、前日にも行っていた。私が、あの強敵に勝てる可能性なんて、いくつあるだろう。いや、一つもある気がしない。強いて言うなら、彼との話してきた時間だけ。
『すみませんでした』
私は辰矢とつながることができなかった。私はまた、敗北者になったのか。
『分かったなら、早くどこかに行って』
私は、彼女が怖かった。彼が怖かった。私の方から彼に告白しても、受け入れてもらえる可能性はとても低い。なら、いっそのこと逃げてしまえば私はあの時のような感情を抱かなくて済んだのかもしれない。だから、彼のもとから立ち去ることしかできなかった。駅で彼と反対側のホームで待っている間も、涙が止まらなかった。私はいつの間にか彼のことを好きになっていた。彼の声が、姿が、彼といる時間が私を幸せにさせていた。でも、不幸にはなりたくなかった。嫌な感情を抱く可能性すら、私は怖かった。
そんな日の夜に聞こえた着信音。着信元は・・・、
「侑也・・・。・・・もしもし?」
『ごめん、響空の声聞きたくなって・・・、ってどうした?』
元カレは、ちゃんと私の変化に気づいてくれた。辰矢はどうして気付いてくれなかったのだろう。でも、今の私の心のよりどころになれるのは、一度裏切った彼なのだろう。それが個人的なところが嫌になる。
「うるさい。ちょっと失恋しただけだよ・・・」
『そっか、それは辛かったなぁ』
私は、彼に今の私の感情の何がわかるのか、と言いたくなった。でも、そんな無慈悲な言葉は一旦胸にしまっておく。
『あのさ。俺も最近別れたんだ』
彼の情報なんて、今の私からすれば女の子の世間話よりもどうでもいい。
『しかも、向こうの浮気でよ』
「そ・・・」
『それでようやく、あの時の響空の気持ちがわかったよ』
女子にとって恋愛は上書き保存されるもの。そう教わってきたし、思っていた。だとしたら、今の私はどういう状態なのだろう。上書き保存をしようにも、上書きしてくれるデータが足りない。辰矢のことは上書きするには、一方的で情報量が少なすぎる。
『あの時は、本当にごめん』
彼の謝罪を受け入れれば、少なくとも今の苦しさがまぎれる。でも、受け入れると彼を忘れることになりそうで怖い。本当は忘れるべきだと分かってたけど、もう少しだけでいいから彼のことを考えておきたかった。
『やり直そうとかは、言えないけど。今度会わない?』
あの時の私の感情を知って、直してくれるようなら彼の方に行けば、一時の間だとしても幸せな時間を過ごさせてくれるかもしれない。
人は何度でも同じことを繰り返す。だからギャンブルにハマった人は一生ギャンブルをし続けるし、浮気者はどれだけ経とうが浮気者。
国語の先生が他人からそう感じたと言われたことがいつまでも頭に残ってる。もし、その事が本当ならどの道変わらない。
「いいよ。来週末とかなら、空いてるよ」
本当だとしても、彼なら今の私に空いた穴を埋めてくれる。自己中な私は、この先のことなんて考えずに彼と時間を共にすることを選んだ。
侑也とよりを戻すにも、私は最後の一歩を踏み出せずにいた。辰矢への心残りがあるからなのは、誰かに言われた訳でもなく理解出来た。
「ねぇ、幸はどう思う?」
「私?!どうって言われても・・・・・・」
他人の恋事情なんて興味の微塵もわかないのは明らかだった。それでも幸なら、私のために何かしら言ってくれる。そう信じてた。
「侑也も浮気で別れてるからなんとも言えないんだよね・・・・・・」
「もう後悔したくないの」
「それは違うと思うよ」
何が違うのか分からなかった。私の人生なんだから、私にしかない正解を出したいと思うのは当然だと思う。
「きっと、今迷ってるどっちを選んでも響空は後悔すると思う。でも、それは『もう一つの選択肢を選んでいたら』っていう欲張りなんだよ。だから私も明日薫と付き合うの早すぎたなって思うもん」
「いや、それは」
「当然?そうだね、だって入学して一週間も経ってなかったもん。でも、そう思うのって『もしまだ付き合ってなかったら仲のいい男子グループと遊んだり、自分磨きのために今じゃできないことも出来た』ってことも考えてるってことでしょ。時間は戻せないのに、そんなの考えたってしょうがないよ」
時間は戻せない。その言葉が不思議と私の中に重くのしかかった。
「長くなったけど、私が伝えたいのは、どんな選択肢を選んでもきっと後悔する。だから生きやすい方を選ぶのがいいと思う。だってその方がこの先、笑えるよ」
同い歳であるはずの幸がどこか大きく見えた。確かに、将来私たちがお酒を飲めるようになったら、今の話で笑い合えるような時間を過ごしたい。
「響空は、どっちが生きやすい?」
生きやすい方、そう言わると後々頭に浮かんだ方が生きやすいのだと思った。
「侑也、かな。あの人は私のことちゃんと知ってくれてるし」
頭の中を侑也でいっぱいにした。
「稲垣じゃないんだ」
「多分、私は辰矢が好き。でも、辰矢には強敵も多いし、私のこと好きかどうかもわかんないもん」
「それじゃあ、もし稲垣が響空のことを好きって言ったら?」
そんな難しい質問をされても困る。好きと言われれば、今決めたことがきっと覆されてしまう。
「確かに、強敵より私を選んでくれるって言うなら・・・・・・。あぁ、でもそれはないよ」
「何でよ」
「なんか、返信できなくて・・・・・・」
Betalというアカウントから圧をかけられて以降、私は辰矢に話しかけられなかった。
「私は、最悪だけど稲垣の方がいいと思う」
辰矢嫌いの幸でさえ、ちゃんとそっちがいいと言えるのは、それなりに彼のことを認めているからなのだろう。
「そういや、カラオケ行くけど。来る?」
自分の心を整理するためにも、歌って泣きたいって思った。幸から言われて『もし』のことを考えるためにも。
二つの選択肢を考えていると、明日薫くんと一緒に辰矢が現れた。しかし、その直後幸が辰矢を連れ出し、私と明日薫くんの2人が部屋に残された。彼は始まろうとしていた音楽を止めて、私の正面に座る。
「ごめん、いきなり連れてきて」
「ううん、大丈夫だよ」
声に覇気が入らない。会えて嬉しいはずが、どこが辛く感じていた。
「悪いけど、辰矢から聞いたよ?あいつのことどうして避けると?」
「それは・・・・・・」
そんな事、私も知りたい。ライバルも私の周りにいない侑也の方が楽だから?近くにいる先輩が怖いから?それが分かれば、今の私はこうしてカラオケに来ていない。
「まぁ、とにかく。あいつが良い奴ってことは大親友の彼氏が保証する」
そんなとこ、私も知ってる。今の彼のことは、あなた以上に知ってる。彼とそういう事を話したわけじゃない。でも彼の声を聞けば、彼との時間を過ごせば、彼の姿を見れば、私には理解出来ていた。それでもやっぱり、私は彼からの言葉が欲しい。だって敗北者だから。
明日薫くんからの説得が終わってしばらくすると、久しぶりに見た鞄から聞き慣れた音が聞こえた。
「あ、辰矢の携帯だ」
彼は持ち主に携帯を渡しに部屋を出ると、幸を置いて戻って来た。
「男の人の名前だった」
親友の彼氏の言葉を疑う訳ではないが、もしかしたら強敵からなんじゃないかと、不安に思った。また、彼は私のところから遠くに行ってしまうのだと思った。だから私も携帯で気を紛らわせようと、最近のトレンドを見始めた。
『これ、響空?』
侑也から届いたリンクを開くと、そこにあったのは私と辰矢が楽しく遊んでいた最後の日の一時だった。懐かしいからこそ、私はあの時に戻れない気がした。だからこそ、私は翌朝、彼との距離を開ける決意をした。
時折見える彼の周りには、いつも誰かしら人がいた。男子も女子も、彼は常に人の真ん中にいるような気がした。だから、開けていた距離をもう一度縮めてもいいかもしれない。そう思っていたのに。
「付き合ってあげる。ただし、誰にも言わず、学校じゃ基本的に関わらないこと。いい?」
誰にも内緒で付き合う、同じクラスだからこそ、その環境がわかる気がした。辰矢とサトミちゃんが一緒に出ていくのを見たからこそ、誰が話しているのか分かる。私は内緒にもならなかったし、辛い気持ちが湧き上がってきた。
「響空!?」「犬駒さん?!」
「ごめん、聞いちゃった。大丈夫!誰にも言わないし、辰矢のこと、忘れるから・・・」
どうしよう、やってしまった。聞いてしまったことがバレた。
「響空!待って」
彼は私の手を取り、逃がしてくれなかった。
「どこから聞いてた?」
「『付き合ってあげる』ってとこ」
『違うんだ』って言ってくれれば良かったのに、どうして彼はそういう事を言ってくれないのだろうとは、思ったが、それ以上に漏れた言葉が嫌になった。
「『マジか』ってなに?!浮気がバレたこと?二股、いや三股そようとしてたの?」
彼の顔を見たくなかった。見てしまえば、きっと彼の顔を叩いて、逃げ出したくなる。だから、私は縮めることを辞めた。
「違う、そんなことない!意味が違うんだ」
「何が違うのよ!私だけ?そんな言葉信じるんじゃなかった」
掴まれた腕を切り離し、枯れた涙を流しながら私は逃げ出した。
あれからどれだけの時間が流れただろう。私の定期考査直前、一緒に勉強しようと侑也とカフェでノートを広げていると、私の人生を総復習しているように思えた。
「だから、ここはこうなるんだよ」
侑也に勉強を教えてもらっても、そこまでちゃんと頭に入らなかった。彼はそこまで頭がよくないし、教えるのも上手じゃない。最近の彼は、授業を受けているのを見て、何となく頭がよくなったのが分かる。それじゃなくても、侑也と違って教えるのも上手だった。彼との時間の方が、やっぱり楽しかった。
「あれ?久しぶり!」
カフェで声をかけてきたのは、私の人生が迷宮化した元凶『学園のマドンナ』だった。
「お久しぶりです。木下先輩」「どうも」
「あ、ごめん。お邪魔だった?」
「え?」
「だって彼氏じゃないの?その人」
私の正面の人を見て、言われた言葉は男性だったからそう言ったのだろうが、私には『あなたにはその人くらいがお似合いよ』なんて上から見下されたような気がした。ここで、私が首を縦に振ることは決したことがなかった。
「はい。彼氏です」
私への質問を侑也が返した。
「そっか。それじゃお幸せにー」
今日から、私は過去と同じ道を歩みだしたんだと、思った。
その次の日の朝、彼から話したいと言われて、迷っていた。話したいと思う反面、話したくないとも思った。でも、私も彼の言葉が聞いてみたいって思った。久しぶりの雨の日、呼び出された教室に足を運んだら彼がいた。
「何?話って」
湿気が私たちの教室を孤立させているように思えた。
「前に言ってたじゃん、『私たちって今、どうなってんの?』って」
「うん。言った」
以前の記憶が私の頭の中にも流れてきた。
「あの時は友だちって言ったけど、今の俺は響空と友だちでいるのじゃ、満足できなくなった」
「そう・・・」
どうして、今更そんなこと言うの。もう遅いんだよ・・・。
「だから・・・、いや。つまり、俺は響空が好きです。今まで響空に迷惑とか、混乱とかさせたけど、これからはそんなの全部なくしていきたい。こんな俺だけど、俺と付き合ってください」
「ごめん、一旦顔上げて・・・、なんで今かなぁ」
辛かった。私のほうから好きな人に断りを入れるんだと思うと、今からの時間が酷に思えた。
「実はね、私。最近彼氏ができたの。一昨日、元カレとより戻したんだ。まだ、少しは思い残しがあったからね。だから、辰矢とは付き合えない。ごめん。あの時に、ちゃんと話せばよかったね」
彼の顔が見れなかった。私は、これ以上のことは言えない。
「そっか・・・」
「ごめんね。・・・私、先に行くから」
そう言って私は、彼と同じ孤立した空間から抜け出す。今頃、彼はきっと涙を浮かべているのだろう。私も早く人のいない所に行きたい。私も雨みたいに泣きたい。
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