あの雨のように

浅村 英字

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五時間目

意思と覚悟

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 空が綺麗なオレンジ色に染まっていくのが、私たちのお腹をすかせる。

「響空っ!お疲れさまぁ」

「お疲れ、幸。あっ!悠凛も、お疲れ様ぁ」

 後ろから親友の幸と、私にとってのマドンナの悠凛が食堂を目指して歩いてきた。幸は、少し前に明日薫くんに会ったのだろう。かなりの上機嫌に見える。それに対して、悠凛はかなり疲れているように見えた。きっと親友が無茶なコースを選んで、体に負荷をかけているのだろう。

「聞いてよ。明日薫ったら、『会おう』って約束をドタキャンしてきたんだよ?本当、ありえなくない?」

 意外だった、上機嫌になっている理由が明日薫くんじゃないなんて。もしかしたら、彼女の限界はとうに超えて、意味も分からずにテンションが上がっているのかもしれない。どちらにしろ、悠凛は今日一日、大変な思いをしてきただろう。

「そっか・・・。なら、自由時間の時にでも会うと?」

「うん、そうかな。っていうか、そうじゃなきゃもうしんどい」

 彼女は本当に彼氏である明日薫くんのことが好きなんだ、そう考える私の脳は意外と余裕なのかもしれない。そんなことを考えていると、後ろから彼女が待ち望んでいた声が聞こえた。

「幸ぃ!」

 その声が聞こえた途端、空腹で飢えた子犬のように彼の顔を振り返る。そこからは見なくても大体わかる。彼女は本当に彼氏を溺愛している。

「お疲れ様っ、響空」

「あっ、辰矢、お疲れ様」

 私は、いつからか彼に疑問を持ち始めていた。何か違和感のようなものを感じるが、自分でもそれが何で、どうして感じるのかは理解できない。

「あ、未山さん。お疲れ様」

 悠凛に挨拶をした時、また感じてしまった違和感。もしかすると、私は彼に好意を持っているのかもしれない。彼が他の女子と話している姿を見ると、毎度のように違和感を感じる。一種の嫉妬のようなものの気がする。かと言って好きかと聞かれれば、結構悩んでしまう。顔は、確かにイケメンな方だと思うが、それ以上に彼の本性のようなものが見えないところが怖い。

「私、先行くね」

 悠凛が辰矢との会話を終わらせて、食堂に向かう。その後ろ姿を見ると、どこかそわそわしていたから辰矢を睨む。

「何だよ。俺は特に何も言ってないぞ?軽く話しただけだし・・・。そんな目で見るなよ」

「どうせなんか変なこととか言ったんでしょ?辰矢、女子のそういうのよく理解できなさそうだし」

「お前それ、俺にだけじゃなくて男子全体に思ってるだろ」

 どこからそれを読み取ったのか分からなかった。彼のこういう他人の奥底にあることを上手に見破れるのは、正直すごい才能だと思う。その才能が、きっと彼の真意を隠しているのかもしれない。

「なぜ分かった」

「そんな気がした」

 彼とは、よくこんな他愛もない話をしている。この変な話し方が、いつの間にか私達の常識のようなものにも感じる。

「そう言えば、今日だったよね?悠凛と話すの」

「あぁ、そうだな。あっ、開けるよ」

 食堂の扉をドアマンのように開いてくれる辰矢に、私は頭を下げて、奥のトレーを二人分確保する。自分でも時折、私たち自身の関係性を悩んでしまう。幸たちのように私たちは付き合っているわけではない。でも正直、彼にとって私はちょっと特別な存在であるのだろうとは思っている・・・、自信はないけど。

「ありがとう、響空」

 彼の笑顔は、どこかユウヤに似ていた。その成果、その笑顔を見るたびに心のどこかで安心する。

「・・・俺の顔に何か付いてる?」

「あぁ、いや。ごめん。ほら、行こっ?」

 何かというより、あれがと言った方がしっくりくると、自分の中で押さえ込む。晩御飯として合宿の定番、カレーが私たちにも配られると、体の疲労を改めて感じる。手伝ってもらおうと振り返るが、もうそこには辰矢の姿が見えなかった。

「彼氏さん、意外と冷たいんだね」

「いや、辰矢は彼氏じゃありません」

 席を探していると、隣に蓮美が来て同じテーブルに晩御飯と荷物を置く。

「まぁ、分かるよ?入学してまだそんなに経ってないもんね。私でもそんなこと言われたら、きっと否定しちゃうだろうなぁ」

 私の言葉を否定し続ける蓮実は、自分と重ねて話し続けるが、私の正面にその話を聞いて悠凛が割ってきた。

「本当に二人は付き合ってないんだよね?」

「だから、そうだよって言ってんじゃん」

 私は、未だに未練があって断ち切れていない元彼がいる。でも、彼自信はもう断ち切って新しい恋を作ってそうだけど。

「じゃあ、好きとかもないと?」

「どうやろ、あいつといると楽しいけど、キュンキュンするとかもないからね」

 割って入ってきた悠凛の目を見ると、何か決意のようなものが感じられた。幸が言っていたけど、きっと悠凛は辰矢の事が好きなのだろう。私も似たような感情を抱きはするが、それは決して恋愛ではないと確信できている。

「悠凛大丈夫?体調悪そうだけど」

「大丈夫。ちょっと緊張してるだけだから」

 私たちは、カレーを口に運びながらある程度の情報交換を済ませて、各自の部屋に戻る。
 私が今日泊まる部屋は、私を含め八人が泊まれる部屋だ。泊まる部屋の決め方は出席番号順だったため、高校に入学してから仲良くしだした子達と一緒だった。

「前から思ってたんだけど、本当のところ響空は辰矢と付き合ってないの?」

 高校に入学してから何度その台詞を聞いたことか・・・。

「だから、本当に違うよ。私好きな人いるし」

 そう、私はまだあんなやつのことを好きでいる。

「その人、そんなにイケメンだったの?」

 イケメンとは微妙だ。辰矢の方が顔はいい。

「そんなことはないと思うよ?ただ、ずっとそばにいてくれて、趣味も合うし、私の理想を彼は素でやってくれるの」

 私はそういうバカ正直な彼が好きだった。

「ごめん、ちょっと風にあたってくる」

 ガールズトークで盛り上がっている中、その話に集中ことが出来なかった。外の景色や時計の針にばかり目線が行って、浴場から部屋に戻っていく女子の声が聞こえれば、誰の声かと気になる。

「あれ?響空?」

 私が風に当たっていると、後ろから幸が声をかけてきた。

「幸。どうしたの?・・・あっ、明日薫くん?」

「そう。今から一緒に星見に行くんだ!良さそうな所見つけたからって明日薫が言ってたから」

 元気な幸の姿を見ると、明日薫くんと付き合ってから単純になったと思った。ニッと笑って宿舎を後にする彼女の後姿は、今の私を少しみじめに感じさせる。みじめな私は視野が広く持っていた。すると、体中に力を込めている悠凛の姿が見えた。

「悠凛!どこか行くの?」

「うん、ちょっと。・・・ねぇ、辰矢くんのこと、本当に何とも思ってないんだよね?」

 彼女の意思だけでも伝わってくる。きっと辰矢に告白するのかもしれない。

「うん。なんともないよ。普通だし、悠凛が辰矢と付き合うことになったら、私もニヤニヤが止まらないね」

 私のセリフを聞いて、悠凛の顔が赤く染まり、軽く話をすると彼女は颯爽とどこかへ去っていった。

「いいなぁ、青春って感じ」

 私が悠凛の青春に羨ましがっていると、携帯から懐かしい音がした。

『よっ、久しぶり』

「何?急に電話かけてくるのやめてくれる?」

 彼の声を聴くと私の中の何かがざわめいていた。私にとっては、それが恋なのだと思ってた。裏切られたら、変化するとも考えてた。でも、私の感じることに何一つ変わるものなんてなかった。

『悪い。・・・なんか響空の声が聞きたくなってな』

 以前の私ならその言葉を聞いただけで、嬉しくて舞い上がっていたかもしれない。でも、今の私は明るくなるどころか、冷静になってしまう。好きという意識があっても、多分無意識下で好きじゃないのだろうとこの瞬間感じた。

「そっか・・・、何?彼女さんと別れたの?」

『あ、うん。何か、お前のことがずっと気になってうまくいかなくてな』

 そんなに優しい言葉を私にかけないで。好きという意識がさっき感じた無意識を否定したくなる。

「そう、でも私ね、今林間学校で疲れてるの。悪いけど、明後日以降に連絡して・・・」

 私の言葉は彼にはどう聞こえただろう。単純に私の感情をそのまま伝えただけだけど、突き放したように感じたのかもしれない。電話を切られたとき、携帯の画面に通話終了の通知と一緒にあいつから一件のメッセージが届いていたのが見えた。その瞬間、きょう一日の疲れが抜けてリラックスできた気がした、風が気持ちいと。
 リラックスしきっているうちに休もうと、自分の部屋に戻るとガールズトークが私の苦手分野まで盛り上がっていた。

「ねぇ、響空はどうだった?」

 私の同室の一人は、苦手な話題を私にぶつけてきた。無難にその時間を過ごして、自由時間が残りわずかになったとき、私は逃げようとした。

「ごめん、ちょっと出てくる」

「え、でも、もう少しで時間が・・・」

「分かってる。でも、大丈夫、少しだけだから」

 私は再び部屋を後にして、足元だけが明るい道を進む。

「悪いな。こんな時間に呼び出して」

 彼は今回のようなことをよくする。それも私に対してだけ。だから私たちは夫婦みたいと噂されるのだろう。

「本当だよ。こういうのは彼女さんに悪いよ」

 目の前の彼は、きっと少し前に告白をされたのかもしれない。それだけじゃなくて、学校のマドンナと付き合っていると噂もあった。
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