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緑原光貴と赤川浩の場合
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しおりを挟むずっと一緒に過ごしてきた。今までいつでも一緒だったし、これからもこの関係は続くんだと思っていた。
あいつと、俺。生まれたのはあいつの方が二か月と三日早い。そのせいか時々兄貴ヅラをされるのは癪。
いつでも兄弟みたいに育ってきた。お互いの事は何でも知っていて、友達以上に仲は良くて。張り合ったり競ったり、気兼ねなくぶつかる事が出来る存在でもあった。
唯一無二。俺にとってのあいつを表すには、きっとその言葉が相応しい。
そんな照れくさい事を本人には言えないけど、あいつの代わりなんて絶対に誰にもできない。
だから本気で信じていた。小さい頃、毎日が楽しくて仕方なかった時期は。何があるって訳でもないのに気分だけではしゃいで、大した不安も悩みもない頃の俺は純粋に信じていられた。
ずっと一緒だと。どんな時でもいつまで経っても、俺達が離れる事なんてないんだって。
でも違った。それが段々分かってきた。同じ小学校を出て、同じ中学校に入り、最初はそれで良かったけど、同じだった俺達は少しずつバラバラになっていった。
七つのクラスがあった俺達の学年。中学最後の一年間、俺とあいつとの教室は廊下の端と端だった。
三年一組のあいつはクラス委員長兼生徒会長。昔から勉強もスポーツも得意だったあいつが登ったのは、びっくりするほど非の打ち所がない勝ち組への階段だった。
一方で三年七組の俺はと言えば、体育以外の成績は破滅的なもの。受験シーズン真っ只中の時、母親と担任は毎日溜息をついていた。
その結果、俺達の進路が全く別の方向を向いたのはもはや自然の流れだった。あいつは一流の進学校。俺は三流の県立校。母親の脅しに応えるため、どうにかやっとの思いで県立に合格しただけでも褒めてほしい。
そうして高校に入学してから一年と半年が過ぎ、俺達が一緒にいる事が無くなかったかと言うとそうでもない。互いの家の距離は徒歩三十秒足らず。斜め向かいのご近所だから、いつだろうと会おうと思えば会える。
学校は一駅離れているだけで、朝はほぼ毎日一緒に駅へと向かう。俺が先に降りる駅に着くまで、昔と同じように話をする事ができる。前の晩に遅くまで起きていた俺が眠気に負けてコクコクしていれば、文句も言わずに黙って肩を貸してくれる。
俺達の近況はこう。昔と今とで変わったと言っても、生活リズムがほんの少しだけズレたというくらい。
だけどなんとなく、あの頃とは違う気がする。お互いそれなりに成長しているんだから当然かもしれないけど、雰囲気的な違和感と言うか、昔は存在しなかった距離みたいなものが出来たと思う。
あいつと同じ目線から同じものを見て育ってきた。だけどいま俺が見ているのは多分、あいつと同じものではない。俺が見ているのは、ひとりで先を行くあいつの背中。
同じだったはずのものが、いつの間にか同じじゃなくなっていた。ただそれだけなのに。
置いて行かれる事を寂しいと思っているのは、きっと俺の方だけだ。
***
「ヒロ……。……ヒロ……おい、起きろ」
俺を呼ぶその声は、昔と比べて随分低くなった。だけどいつも隣にいたからどんな声だろうと耳には馴染む。低くて良く通る静かな声が、今朝もまた俺に落とされる。
「ヒロ」
「……んん」
「遅刻するぞ」
すぐ近くに気配を感じるけど、その声に応える事はどうしてもできなかった。重い瞼を押し上げられる程の気力がない。ぬくぬくとした温かい布団から出る勇気がない。
なんかもう、いっそサボっちゃおうかな。学校。
なんて思っていたら、顔の近くで布団が握りしめられた。ガシッと。
「……いい加減起きろコラ」
低い呟きの直後、手荒く鈍い音を立てて引っぺがされた布団。急激に訪れた寒さにパチッと目が開き、次の瞬間には強引に掴まれた腕を勢いよく引っ張られた。
「ぅおッ…」
朝からベッドの上で、激しめの上体起こしに遭遇。俺の腕を掴んだままのこいつは、人の顔を見下しながら冷めた表情で口を開いた。
「目は覚めたか」
慈悲の欠片もない。
「……あのさ、たまにはもうちょっと優しく…」
「早く支度しろ」
一蹴されて俺の対抗劇は終了した。昔からどうしても朝に弱い俺は、しばしばこうして幼馴染にキレられる。
斜め向かいの、緑原家。そこの一人息子であり俺の幼馴染でもあるこいつ。
一人っ子のクセにしっかり長男タイプのコウキは常々俺の事を見下しつつ、兄貴ヅラをして世話を焼いてくる。今もまた、掴んだ腕は決して放されない。
「コウキ……腕、痛いんだけど」
「持っててやんないとお前また寝るだろ」
「…………」
なんにも言えないよ。ああそうだよ、自信を持って言えるよ。放されたらまた寝るね、確実に。
一昨日の朝は更新記録を出して、五度目に起こされた時には胸ぐらを掴まれていた。怒鳴り起こされて気づいた時には、目の前にコウキの顔が。ビックリついでにバッチリ目は覚めたものの、朝から心臓に悪い事はよしてほしい。
成長するにつれ、無駄にイケメン度合いが増していったコウキ。寝起き直後にこの整った顔を目にする事になったがために、その日は一日妬み僻みがフル稼働だった。
良く分からないけどなんかムカツク。今思い出してもムカムカしてくる。
「さっさと着替えてこい。おばさん、もうすぐ飯作り終わる」
ベッドから抜け出たところでようやく腕を放してもらい、クローゼットを開ける俺の背に向かってコウキが投げかけた。
一階の台所では、毎朝この時間帯に母さんが朝飯を作っている。親が家を空ける事の多いコウキが、ウチの食卓を一緒に囲んでいるのはもうずいぶん見慣れた光景。
小さい頃から気づいた時にはこうなっていた。母さんに代わってコウキが俺を起こしに来るようになったのも大分前の事だ。すぐさま力技に出る母さんよりも最初の内は幾分かマシだったけど、いつのまにやらコウキも嫌気がさしたらしくて今では結構手荒い。
初めの頃は優しかったのに。確か小六くらいの時からこの慣行ができたと思う。
当初は呼び声も今より優しかったし、無理矢理布団を引き剥がされるような事なんてなかった。いつからこんな冷たい奴になっちゃったんだか。そういや最近、コウキの笑った顔って見てないかも。
「……下行ってるからな」
「んー」
つらつらと幼馴染に対する不満を内心で思い浮かべる俺。それを口には出さずに着ていた服を脱ぎ始めると、コウキはさっさと背を向けて出て行った。
「…………」
怒ってるっていうか、気難しい顔ばかりしているし。どことなく、変によそよそしい雰囲気を醸しているし。
コウキが出て行った部屋のドアに目をやり、気づけば漏れている溜息。あいつはあいつで俺に不満の一つや二つくらいあるんだろうな。
俺はいくつになっても手のかかる幼馴染だ。その母親がお節介にも食事に呼ぶから仕方なくここに来ているっていうだけで、本当だったらもっと自分の時間を欲しいと思っているのかもしれない。
「……コウキのあほ」
面と向かって、言いたい事を言い合えなくなったのはいつからだっただろう。
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