No morals

わこ

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第三部

100.出会いと遭遇の裏側Ⅲ

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 ジャラジャラガヤガヤ絶え間なく聞こえる。フロアは全面禁煙のため空気だけは正常であるが、何せこの音。耳はやられる。至近距離で話していてさえ、ごく普通の会話だとしてもほとんど怒鳴り合いになる。
 今日は日曜。休日ともなれば開店時から客の入りも好調だ。台と台の間のスペースや通路幅を広く取っているこの大型店は、客にとっては快適だろうが、歩き回る労働者にとっては無駄に体力を消耗させる。

 いくら慣れようがキツさは同じ。すでにシフト時間は明けているが、煩いホール内をひたすらに駆け回った。
 動いた分だけ、ドル箱を担いだ分だけ、早朝前から新台を設置した分だけ。時給がつくのは嬉しい限りだが、ついでに筋肉もついてくれないだろうか。

 担当列の前の待機通路にて客の様子を見回すと、それこそ顔ぶれはピンからキリまで。天井だ天井だと言い張りながら負け続けるじいさんもいれば、ビキナーズラックでも運悪く起こしてそれ以来ハマってしまったのだろうか、小さな子供がいてもおかしくなさそうな年代の女たちもチラホラ。
 老若男女。職業問わず。パチ屋にはいろんな人間が来る。

「宮瀬」

 休憩を一度挟んで、それからはまた働き通しだった。俺の肩を叩いたのは先輩社員。量販店の先輩社員である森田さんくらいの年代の男だ。

「もうお前上がっていいぞ。なんか宮瀬のこと待ってるっぽい客が来てる」
「はい?」
「カウンターのコに聞いてたんだよ」

 竜崎か。その顔が浮かんでつい眉をひそめた。俺の悩みが面白かったようで、昭仁さんがペラペラと俺のバイトをあの野郎に言いふらしていた。
 だが待て。さすがにそれはない。この時間はあいつも労働中だ。
 となれば誰だ。いっそう顔をしかめた俺に、先輩が続けて言った。

「お前のフルネームも知ってたからもうすぐ上がりだって伝えたら外で待ってるっつって出てった。スーツ着た男だったけど知り合いでいいんだよな? 関西弁の」
「関西……ああ、はい。そうだと思います」

 そこでようやく思い出す。あの人だ。赤城、と言ったか。陽気に絡んできたあの客。来るとは言っていたがまさか本当に来るとは。

 ホールを出るなり急ぎ控室に戻った。制服から着替えてすぐさま外へ。一応は従業員用の裏口を使ったが、足を進めるのは目の前の歩道。ではなくて、正面入り口だ。
 俺を待っているならさすがに行かない訳には。しかしそこに向かっても、あの客の姿は見当たらない。

 振り返って広い駐車場を眺めた。どの車に乗っているかも知らないというのにこの中から探し出せとでも言うのか。
 どうしたものか。キョロキョロと見渡す。すると後方からパッとクラクションを鳴らされた。

「よー兄ちゃん!」

 短く高い音が鳴ったその直後、耳にしたのは聞き覚えのある声と口調。左後方を振り返ればそこには高そうな黒いセダンと、その窓から顔を出すあの客の姿。

「……どうも」
「乗ってきやー」
「え……?」
「ええから乗りや。送ったるで」

 にこやかな男。とりあえず戸惑う。目を瞬かせてその顔を見つめていると、入り口に近い駐車スペースを探しに来た車が後方に迫ってきた。

「ほら、はよしいっ! 俺いま交通の妨げになっとる!!」
「え、あ、ハイ……」

 言いながら客は身を乗り出して自ら助手席のドアを開けた。考えている暇も与えられず、急かされるまま反対側のドアへと回る。
 いかにも値の張りそうな車だ。革張りのシートに座るのは躊躇した。しかし手招きされてしまえば、親切を無下にもできない。

「なんかスミマセン……」
「ええよー乗ったー? 今日混んでんなあ、めっちゃ景気ええやん」
「や、どうっすかね……」
「盛況やろ。こういう業界は他に比べたらまだまだ不況の波にさらわれてへんよ」

 景気がいいのはむしろこの人。日曜の昼にこんな車を乗り回している。だらしなく着崩しているせいですぐ見ただけでは気づけないものの、着ているスーツもおそらくは上等な仕立ての物だろう。
 しかし、その格好ということは。日曜にまで仕事をしているのか。今はこうしてパチ屋にいるが。

「シートベルト付けてな? 最近おまわり厳しいねん。どこで見とるか分からん」

 言われて慌てて身を捩った。車に乗る機会なんてめったにないため慣れていない。
 俺がぎこちなくベルトを締めるとその様子をニコニコとうかがい、この人は出入り口付近の駐車スペースに車を一度寄せ、ごそごそとスマホを取りだした。

「出ていい?」

 さっきからバイブが鳴っている。この前のように鬱陶しげだ。

「どうぞ」
「すまんなあ、ほんっまに…………ンじゃコラうっさい。ちょっと出てくる言うたやんけ」

 通話に応じるや否や悪態。電話越しの相手に真っ先に言い立て、ところがそれに返されたのは隣にいる俺にまで聞こえてくるほどの怒鳴り声。
 めちゃくちゃ怒られている。この人も若干スマホを耳から遠ざけた。しかしどうやら慣れているようで顔色一つ変えないが、空いている片手は心底ヤル気のない様子でカーナビを操作し始めている。

「えーやん、借りただけやん。……ああ?……んなモン適当に流し込んだれや、大人しなんで。……知らんわ、もう切るかんな。かけてくんなやドアホ」

 相手が依然として何か怒鳴っているのを無視し、この人はあっさり通話を切ってスーツの内ポケットにしまい込んだ。

「……あの……」
「すまんなあ、家どこ? 俺この街来たの最近やからナビないと迷子やねん。住所か目印教えて?」

 転勤か何かか。西方面の出身なのは言葉からして分かる。外回りの仕事と言っていたがどうにも謎の多い人だ。
 ナビのパネルを操作するこの人。圧倒されつつもすごすごと申し出た。

「あの、家というかこのまま別のバイト先行くつもりだったんで……その通りまっすぐ行くだけですし、やっぱ俺…」
「まだ働くの? 感心やなあ。てかなに、いつも徒歩?」
「はあ、まあ……十五分くらいですし」
「うっわ若ッ! そんな歩く!? 俺まともに歩いたの何年前やろ。足腰来るのも当然やな!」

 やっぱり歩いていきます。そう言ってやんわりと断るはずが、勢いに飲まれてその機会を失う。呆然としているうちに車は再び動きだし、出入り口に向きながら当然のように問いかけられた。

「どっち? 右? 左?」
「あ……右です」
「兄ちゃん働き者やなあ。俺と真逆。今もめっちゃ仕事放棄中やし。スーツ嫌いやねん固っ苦しくて。つまらん仕事するよりも兄ちゃんとおった方が生きてる気ぃするよ。寿命伸びんのとちゃうかな」

 鼻歌交じりにハンドルを切った。もういいや。送ってもらおう。

「……さっきすみませんでした。店でだいぶ待たせてましたよね?」

 気づかなかったとは言え、一応は客である人を待たせてしまった。謝罪を相応に言葉にすると、この人はケロッとした顔で返してくる。

「イヤ待っとらんよ。つーか今日俺打ってへんし」
「え……?」

 パチ屋に来て打たずに帰る。この人は何がしたいんだ。

「もっと早く来る気でおったんやけど仕事抜けられへんでな。店入ったら兄ちゃん忙しそうにしてるし、カウンターのコに聞いてん。宮瀬裕也くんいつ終わるー?って。したら他のにーちゃん出てきてもう上げさせます言うから。で、いま紳士ゴッコ」
「紳士……ゴッコ……?」
「ちゃーんと送り届けたるよ。俺紳士やからな」
「…………」

 どうして俺の周りにはこういうタイプが集まってくるのか。遠い目になった。この人は気づきもしないのか、はたまた気にしようと思ってさえいないのか、ニコニコしたまま車を進ませていた。

「そういや兄ちゃん、俺の名前覚えてる?」
「え……」
「え、って。忘れたん? 俺はちゃんと覚えてたやろー、宮瀬裕也くん。一生忘れんよ。ええ、ホンマに俺の名前忘れた?」

 ショックやーなどと言って見せるが、笑顔。なんか若干鬱陶しいけど客に向かってそうとは言えず、首を左右に振って否定。

「覚えてます……赤城さん、ですよね。忘れてませんよ」

 ニパッと無邪気な笑みに変わった。疲れる。子供の相手でもしている気分だ。直球で押しの強い人間の扱いには困る。

「あー良かった。俺そないに影薄なったかと思って焦ったわ。下も覚えてる?」
「……和明さん?」
「正解! いやあ、良かった!! なんやヘンに嬉しいわ。アレやね、兄ちゃん声ええからやね。店の中じゃうるさくてよう聞こえへんかったけどこれはクセになる。もっぺん呼んでみて?」

 押し黙った。俺は何を言われた。ニコニコした顔は無邪気に見えるが、なんというのか、無言の圧力。

「………………和明さん」
「たまらんなあ」

 大丈夫だろうかこの人。今にも引きつりそうな頬を堪えるだけでも精一杯。

「兄ちゃんは今からなんのバイト?」
「……量販店で品出しとかです」
「またエライ腰に来そうな仕事やねえ」

 ひ弱そうな事をこの人は言うが見た感じそうとは全く思えない。この人ならば機嫌よさげに鼻歌でも歌いながら力仕事でもなんでもやりそう。

「赤城さん、は……いいんですか仕事。さっきの電話も仕事の連絡なんじゃ……」
「分かる? せやねん、口うるさい部下から。でもええよいつもの事やし。あいつが勝手に片づける」
「……そうですか」

 その部下とか言う人は何かと苦労させられていそうだ。

「この車もなあ、そいつのやねん。ちょっと借りんでー言うて出てきたのにめっちゃキレられた。はよ戻れや言うてしつこいしつこい。ええやんなあ? 減るもんやない。ほんッまに心狭くってもー。嫌んなるわ」

 嫌になっているのは部下の人だと思う。その人からちょっと借りてきた車でわずか徒歩十五分程度の送迎を俺は今されている。まずい。共犯だ。

「あのそれ……いいんですか?」
「ええねん、ええねん。気にする事あらへん」

 この人の場合少しは気にするべきだ。全く問題ないとでも言いたげにヒラヒラ左手を振ったその顔は見るからに他人事。
 そうこうしているうち交差点に差し掛かり、二回目の信号待ちになった。バイト先はもうすぐそこ。内心でほっと溜め息を零した。

「……すみません、もうこの辺で大丈夫です」
「うん? ええよ入口まで行ったるから。店ってアレ? 裏口とかのがええ?」
「いや、道狭くなるんで。どっか適当に寄せてもらえれば……」

 車だとさすがにあっという間だ。なかったらなかったで不便そうだから一応免許だけは持っているが、教習以来まともに車に触れた記憶すらまったくない。このままいけば生涯ペーパードライバーであるのは確実だ。
 街路樹が一定間隔で立ち並ぶ道の端。路肩に車を停めてくれた赤城さんに頭を下げた。
 ドアに手をかけて腰を浮かせると革張りのシートが音を立てた。出ていく時まで妙な緊張感を起こさせるのが高級車というものらしい。

「ありがとうございます。助かりました」
「ほんま? じゃあ次はもっとちっさい車で来るわ」
「え……」

 歩道からドアを閉めようとした手が、その言葉でついつい止まった。

「裏道入れるようにせんとな。無駄にガタイのある車はこれやから好かんのや」
「お気持ちは有りがたいんすけど普通に歩ける距離なので……」
「ええコやねえ、謙虚! 俺も兄ちゃんみたいな子と仕事したかったわ」

 聞き流された。
 じゃあね。向こうからニコニコと手を振られてしまえばこのまま停めさせておくわけにもいかない。遠慮がちにパタンとドアを閉め、離した俺の手を追いかけるように赤城さんが窓を開けた。
 シートベルトを外したその身を助手席側に乗り出してくる。開けた窓越しに手を伸ばされた。

「兄ちゃんコレ。取って」
「え、はい……」

 ついつい咄嗟に受け取った。差し出されたのは一枚の紙切れ。そこにチラリと視線を落とせば数字の列が並んでいる。

「俺の番号。いつでもかけてな? タクシー代わりにでも使うたらええよ」
「は……? あの……」
「バイト頑張ってな!」

 一方的に言うだけ言って赤城さんは車を出した。黒いフォルムが車列に紛れ込む。その影が見えなくなっても、受け取った紙切れを手にしたまましばらく呆然と立ち尽くしていた。

 連絡先を渡された。俺にこれをどうしろと。タクシー代わり。いやいや、おかしい。あの人の真意はサッパリ読めない。
 人の話を聞かない男。その頂点はあいつだと思っていたが、ここにもまた一人いた。
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