たとえクソガキと罵られても

わこ

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16.強い大人と無力な子供Ⅱ

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「電話で……?」
「そういう業者がだいぶ増えた。融資から取り立てに至るまで非対面でやってる奴らは多い。SNSで申請を呼びかける奴らが出てくる時代だからな。金が必要な人間にとってはより気安くお手軽に、法外の利息で貸す方にとってはより足を残さずってことだ。少なくとも顧客を一晩中追い回すようなバカどもは最近じゃそう見かけねえ」

 絶滅危惧種だ。ニコリともしないで比内さんはそう言った。
 聞かされたのは最近のヤミ金事情。そういう業者にも時代ごとの変遷はあるらしい。夕食時に交わす世間話としてはあまり相応しい内容ではないが、その必要があると判断したのか、尋ねた俺に比内さんは隠すことなくそれを教えた。

「顧客の中には個人事業主や小規模企業の経営者も多い。お前の親父が保証人になった男も元は事業資金名目で借りてたんだろ。社会的な身分保証のない人間には闇金でさえ貸し渋るもんだが、そういう客を相手にするとなりゃ相応の担保をかけるのが定石だ」
「担保……」
「売却可能な資産でも持ってるか、本人以外にも返済を迫れる家族かそれに近い人間がいるか。犯罪の片棒担がせる前提で貸し付けるってケースも稀にあるな。顧客がそれなりに若い女ならソープにでもブチ込んじまえば……」

 つまらなそうに話していた比内さんの声がピタリとやんだ。

「……最後のは忘れていい」

 配慮された。

「とにかくだ。お前を追いかけてた奴らはそれくらいタチが悪い。その上そのやり口に関しちゃ中途半端に時代遅れときた。賢い奴らじゃねえって事だけは確実だろうよ。それがどういう意味か理解できるか」
「えっと……」
「何をしてくるか予測がつかねえ。そういう事だ。ここまで言えば分かるだろ」

 縦に振ったか横に振ったか分からない程度に首をかしげた。俺の微妙な反応を見ても比内さんは淡々と続ける。

「しばらくはこのまま様子を見る。俺がそう判断したからにはお前も黙って従え。当分はまだ一人でウロチョロするな。この近辺で出歩く時も気は抜くんじゃねえぞ」
「…………」
「返事」
「はい……」



 そんな話をしたのが昨日。送り迎えはもういいと、俺がそう言った事に対するアンサーでもあったのだと思う。
 比内さんの負担は軽減されない。ならば俺はどうするべきか。メシを作って出すくらいじゃやっぱりどう考えても足りない。少しでも何かお礼をしたい。そうは思っても何も浮かばないから一番シンプルな方法を選んだ。

 声をかけたのは比内さんが風呂から上がって出てきた時。そこから押し問答の決着はなかなかつかない。比内さんはうんざりした様子でひたすら眉間を寄せていた。

「邪魔だ、どけ」
「受け取ってください」
「何度も言わせるな。それを受け取る理由が俺にはない」
「ここまでしてもらって何も返さないんじゃ筋が通りません」
「偉そうな口叩いてんじゃねえよガキ。つべこべ言わずにさっさとその金引っ込めろ」

 一番わかり易くて一番感謝を示しやすい。そんなの金しか思いつかなかった。無粋なのも十分承知だが、比内さんは普段の家事にすら何も要求してこないから。
 取り戻してくれた札束のなかから一部分の金を下ろしてきたけど、険しい顔をした比内さんは一向に受け取ってくれない。いくら払うべきか分からないから一日の限度額まで下ろしてきた。だがいくら差し出したところでこの人は応じない。無理やり突き付けると厳しく睨まれ、このたった五分間程度で何度も怯みそうになった。

「世間知らずも大概にしろ。違法業者ごときにそんな報酬寄こしてくる奴があるか」
「だって……こういうのにどれくらいかかるか知らないですし……」
「だってじゃねえ。知らねえ事を知らねえままに突っ走ってやるなアホ」

 ガキとバカとアホはすでに何度も聞かされた。そろそろゴミとか言われそうな気がする。終いには疲れたような溜め息まで洩らされた。

「……勘弁しろよガキが」
「すみません……」
「この手の案件は元々金になるもんじゃねえんだよ。取ったとしてもまともな事務所ならせいぜい五万がいいとこだ」
「え、あ……五万」

 あれは五万でどうにかなるような連中ではなかったと思うが、それが相場だと言うのならせめて。

「じゃああの、ここから……」
「俺の話の何を聞いてた」

 ぴしゃりと言われ、札の中から一枚二枚と数えだした手を止められた。反対に比内さんの溜め息は止まらない。

「何度も言うがたいした事はしてない。あの連中とは穏便に話を進めてきただけだ」
「…………」

 穏便に、のところが心なしか強調されたような。

「つまり……どうやって……?」
「角を立てず至極円満にお互い納得のいく形で理性的に話し合ってきた。上手くまとまったおかげでお前の手元には金が戻った。それだけだ。良かったじゃねえか。分かったらもう黙れ。そして寝ろ」

 これ以上付き合っていられないとでも言わんばかり。比内さんは俺に背を向けた。
 比内さんがそれで良くても俺はこれじゃ全然良くない。話だってまだ終わっていない。慌てて比内さんの後ろにくっついてチョロチョロとしつこく歩きまわった。

「比内さん……」
「うぜえ」
「これじゃ俺の気がすみません」
「お前がどうかは聞いてない」

 確かにそんなこと聞かれてないけど。

「……こんなすぐに解決してもらったのに」
「闇金を相手取るならスピード勝負と決まってんだよ。今回はむしろ時間がかかった。これを仕事としてみなされたら事務所の評判がガタ落ちする」
「じゃあ余計に……」

 かけなくても良いところに手間をとらせたと言う事だ。たちの悪い奴らだと言っていた。そういう奴らだから簡単には引かなかった。
 比内さんはまた小さく溜息をついた。怒っていると言うよりも、多分これは困っている。

「……ガキから金取れる訳がねえだろ」

 とうとう言った。それが比内さんの本心だ。
 子供から金はとらない。この人はきっと最初から、そのつもりで俺をここに置いた。

「経費くらいは、請求するって……前に比内さんが自分で言いました」
「変なところで頑固だよなお前」
「だって……」
「だってはやめろ。イライラする」

 イライラすると言いつつ表情はそれに見合っていない。どちらかと言えばやはり困っている。
 恩を受けておいて何も返さないなんて。詰め寄ったら比内さんには一層うんざりした顔をされた。

「お前がそんな事をいちいち気にする必要はない」
「俺は気になります」
「うるせえな。第一報酬ならすでにもうもらってる」
「え……?」

 報酬って、なにが。俺はそんなもの、何も。

「……払ってないですよ」
「俺はもらった」
「俺は払ってません」
「うるせえっつってんだろ」

 最後の一言にはついにイラッとしたものが混じった。反射で黙り込んだ俺を比内さんは見下ろしている。

「お前の作るメシは嫌いじゃない」

 そして上から目線で突き付けてきた。即座に反応はできなかった。
 報酬って。まさかそういうことか。そんなものが、報酬になるはずない。

「納得したか」
「……いや、でも」
「納得。したな」

 低音。しかもちょっとゆっくり言われた。
 さっきまで困っていたその眼差しは急激に氷点下を指示している。

「…………はい」

 固まったまま答えた俺の判断は賢明だっただろう。比内さんは無言で頷き、今度こそ俺に背を向け寝室に入っていった。
 書斎だ。また仕事だ。

「…………」

 強引に引きずり出されたハイ。言わされた感が尋常じゃない。
 金を詰めた封筒を見下ろした。一万円札五枚分の重みでさえ減る事はなかった。あの人の報酬は俺の作ったメシだそうだ。そんなものに、価値なんてないのに。

 子供から金はとらない。たとえ面倒な子供であっても。それが比内さんの基本姿勢だった。ならもう金を渡すのは諦める。
 とぼとぼと入ったのはキッチン。軽めの夜食でも用意しておこう。比内さんは今夜もきっと、あと数時間は眠れない。
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