貢がせて、ハニー!

わこ

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206.エイリアン、本気出す。Ⅱ

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 経済的に自立しているならまだしも今の俺は学生だ。大学の授業料は百パー依存していて仕送りまでしてもらっているような大層なご身分のくせして、一切の連絡もなしに引っ越す訳にはいかないだろう。
 第一時々予告なしに母さんから米とかが届いたりするから、仮に黙って引っ越しちゃってもどこかの時点で絶対バレる。

 引っ越します。そのお知らせ自体は問題ない。ストーカーの件もあったから不自然な点もないはず。
 しかしながら説明しがたい部分は一緒に引っ越す人がいる理由。引っ越します。お隣さんと同居します。こうなってくると間違いなく三秒はポカンとされる。四秒かも。いや五秒。六秒半か。

 とにもかくにもどうしたものか。色々突っ込まれるのはなるべく避けたい。色々聞かれているうちにうっかりボロを出しかねない。
 だからあらゆる想定をした。まともっぽく聞こえる理由付けのシミュレーションはすでに何度も重ねてある。

 かねてより何かとお世話になってきたお隣にお住まいの瀬名さんという方のご厚意でルームシェアをご提案いただきました。

 一番妥当そうなのがこれ。どうだろう。良さそうな感じはする。
 食い物くれるお隣さんの話は帰省した時にしてある。さらにその人がストーカー被害の相談に乗ってくれていたというのも母さんは把握している。頼りになる弁護士さんを紹介してもらえたのも瀬名さんの知人繫がりときた。これだけの好材料が揃えば割とすんなりいきそうな予感も。
 そしてこのパターンでいった場合、なんでそこまで親切にしてくれるのかと問われたときの回答もしやすい。

 毎日忙しい瀬名さんに代わって食事係をするのを条件に一部屋を分け与えてもらえる事になった。ストーカーの一件もあって防犯面とか諸々について瀬名さんも心配してくれていたので。とにかく物凄く親切な人なんだ。

 これいいんじゃないのか。いけそうな気がする。事実も織り交ぜつつある嘘だからなんとなく信憑性も高そう。





 こんなようなことを来る日も来る日も考えあぐねていたある日のこと。
 なぜか今、俺の目の前で。瀬名さんがうちの母さんと電話で喋ってる。

「本来であればもっと早くにご連絡すべきだったのですが、このようなタイミングになってしまって本当に申し訳ありません。……ええ。……はい。……いえいえ、滅相もない。とてもしっかりなさっているご子息で」

 瀬名さんがスラスラ喋ってる。喋っている相手は俺の母さん。
 その光景を前にしながら俺は一人、呆然とするより他にない。



 かれこれ数分ほど前のこと。かけようかけようと思っていたらタイミングがいいのか悪いのか母さんから電話がかかってきた。
 心の準備はまだ未完了だった。まだ九十二パーセントくらいだったが、これはもうやむを得ない。今だ。
 そう判断し、意気込み、言ってみた。

「あのさ、実は……」

 引っ越すことにしたんだ、近々。打ち明けてみた。極力なんでもない風を装って。
 すると母さんの反応はこう。

『あら、そうなの』

 特段に驚いた風もなく言われた。なのでこの流れに大いに乗っかり、もうちょっとついでのように言ってみた。

「あの、それとさ……ルームシェアっぽい感じなんだけど……」

 一瞬の空白。案の定、五秒半の間。そして次の六秒目で言われた。

『はあっ? 誰と?』

 駄目だった。そこからは怒涛の質問攻めだ。
 相手は誰。大学の友達なの。どういう人。何人で。それよりもまずどこで。ちょっとまさかアンタ女の子じゃないでしょうね。

 母さんにあれこれ畳みかけられて折角のシミュレーションも木っ端みじん。
 口を挟めず押しに押される。同居相手は女の子ではない。女の子じゃないが、母さんの質問の意図を捉えるならば意味するところは女の子と変わらない。

 オロオロした。焦りと動揺だった。何からどう話せばいいか、すでに頭が真っ白になりかけていてまとまるものもまとまらない。ベッド横のスペースでウロウロ足踏みして動き回るしかない。
 するととうとう見かねたのかその時、瀬名さんに横から肩をつつかれた。その指はスマホを示している。寄越せという合図に困惑。

 いいから貸せ。小声で横から言われた。電話越しに聞こえるような声量では決してなかったが、怖いほど鋭い母さんはそこで俺が一人じゃないと気付いたらしい。
 誰かいるの。不審そうに聞かれた。さらに困惑して怖気づく俺。そんな俺からスマホをスッと、取り上げていったのはこの人。

 あ、と声を上げる間もなく。瀬名さんはうちの母さんと喋り始めていた。

「突然恐れ入ります、お電話代わらせていただきました。わたくし瀬名と申しまして、遥希さんの部屋の隣に住んでいる者です。はじめまして」

 こんなふうに始まった。丁寧に名乗った瀬名さんは、自分こそが同居予定の相手であると正直に伝えた。電話の向こうの母さんのポカンとした顔が瞬時に浮かんだ。
 今度は母さんが口を挟めなくなっているだろう。動揺だろうか。困惑だろうか。どっちもに決まってる。だってこんなの普通に怪しい。絶対不審に思われた。何考えてんだこの社会人は。

 最初の三十秒くらいは瀬名さんの正気をただただ疑った。とうとうヤケになったんだと思った。
 ところがいきなりの自己紹介から二分もすると雲行きが変わった。目の前で繰り広げられるやり取りが軟化してきたように思える。瀬名さんの口振りからしてそうだ。母さんの態度はどうやら厳しくはなさそう。
 ヒヤヒヤしながらも瀬名さんを見つめる。そこでスマホはスピーカーにされたから、母さんの声もはっきり聞こえた。

『お隣さんのお話は遥希から伺っていたんです。何かと親身になって助けてくださる方だと。ご挨拶が遅れましたが、いつも大変お世話になっております』
「とんでもない。助けてもらっているのはこちらの方です」

 瀬名さんと母さんが普通に喋ってる。なんだこれ。

『その節は本当にいろいろとご協力いただきありがとうございました。田舎育ちの世間知らずな子ですからどうなる事かと思っていたんですけど……ずっと大したお礼もできないままでごめんなさい』
「いえ、こちらこそ。わざわざご丁寧に贈り物まで頂きまして」

 実家から帰省する時に持たされた贈答用のおせんべいの大半は俺がおやつにした。黒豆入ってるのが特に美味かった。

 母さんにとってお隣の瀬名さんは、面倒ごとに巻き込まれている息子を匿ってくれた親切な人だろう。
 善良で親切なそのお隣さんが電話口の相手だと分かるとすぐに、母さんはあっさりこの調子に。助けてくれたという恩があっての態度というのを抜きにしても、口調が妙に弾んでいる。これはもしや世にも驚くほどの美形だと伝えておいた効果か。

 瀬名さんのこんな爽やかな対応だって見たことない。ペラペラペラペラと流れるように。母さんもやけに楽し気に。

『うちの子どうですか? ご迷惑ばかりおかけしているんじゃ……?』
「いえいえ、とんでもない。私の若い頃とは比べようもない程の勤勉さに見習う事ばかりです」
『まあ、そんな』
「お聞きになっているかもしれませんが、遥希さんには毎日食事の面倒まで見ていただいていおりまして」
『ああっ、いえいえ! こちらこそ色々頂戴しているとうかがって……本当に申し訳ありません』
「温かい食事のお礼にはとても足りないくらいです。その料理はお母さんから習ったとか」
『ええ、まあ……お恥ずかしい。大したことは教えてないので』
「どれも必ず美味しいうえに毎回違う料理が並ぶのでいつも驚きの連続です。あれを実家の母に見せたらお前も少しくらいは覚えろと私が叱られてしまいます」
『あら! うふふっ』

 うふふって。母さんどうした。
 瀬名さんとの通話で楽しそうに笑う母さん。母さんと通話中の瀬名さん。紛れもなくこれは瀬名さんなのだが、俺の目の前で喋っている人は。誰だ。こんな爽やかな好青年知らないぞ。

 こんな人を俺は見たことがない。急にどっから出てきやがった。どこの瀬名恭吾を連れてきたら一体こんなことになるんだ。そうだこれはきっと瀬名さんの皮をかぶった人類征服を目論むエイリアンだ。
 まずい。瀬名さんの妄想は現実だった。すでに瀬名さんはカマドウマに乗っ取られている。本当に地球侵略を企んでいたんだ。まずは俺の家族から攻略する気だ。

 瀬名エイリアンの神がかった対応のせいでバクバクと心臓が揺れる。
 この詐欺師はほんの数分で母さんの心をわしづかみにした。元より腹立たしいほどクソ爽やかな男ではあるが、今はさらに声のトーンが普段の三割増しでスーパー爽やか。
 エイリアンだ。脳みそやられてる。たぶん前頭前野辺りに巣くってる。

 新居のスペックや立地だとか大学へのアクセス面とか、母さんが気になるだろう色々を瀬名さんは自ら情報提供していく。超親切。しかも的確。取りこぼしがないという事は不安が和らぐという事でもある。
 しかし家賃がどうのとかいう話を切り出した母さんは途端に、申し訳なさそうになっていった。

『いいえ、どうかせめて半分はお支払いさせてください』
「いえいえ、そんな。提案したのはこちらですので」

 いい年した大人二人が電話越しに譲り合いをはじめた。

 俺も最初は半分出すなどとイキがったことを抜かしてみたけど都内の2LDKは甘くない。
 瀬名さんはそもそも俺から取る気など欠片もなかったのだがそれでは困ると二人で話し合い、最終的に今の俺の家賃分をそのまま負担するという事でまとまっていた。事故物件疑惑の格安という事もあって新居家賃の半分どころか三割にも全然満たないが。

 電話越しの母さんも非常に申し訳なさそうな態度でありつつもその提案に最後は納得。というか瀬名さんが穏便かつ円滑に納得させた。
 あの母さんをたったこれだけのやり取りで完璧に陥落させた。やっぱりこの人エイリアンだ。

「はい。……いえ、こちらこそ。どうぞよろしくお願いします。……はい。もちろんです。……はい。……はい。では、失礼いたします」

 常識人ぶってた男はそう言って通話を終えた。エイリアンからスマホを返された。
 指が三本とか六本とかになっていないかそれとなく確認する。五本だ。よかった。
 いやだがまだだ、油断はできない。擬態がめっちゃ巧いタイプの先端科学系エイリアンかもしれない。いざというときでも身を守るために迂闊に攻撃を繰り出すのは危険だ。血液は金属をも溶かす強酸性の場合がある。

 親切で爽やかで紳士的なイケメンとのやり取りを母さんは満喫したのか、俺との会話は特に要らなかったみたいですでに通話画面は落ちている。
 瀬名さんも瀬名さんでこれと言って疲弊した様子もなく。仮にも恋人の親との初会話でこんなに緊張しないのもどうなんだ。
 通常通りに戻ったテンションでもって、俺を見ながらシレッと言った。

「ひとまずはこんなもんだろ」
「…………」
「多少心は痛むがやむを得ない」

 地球外生命体に母さんが攻略された。
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