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205.エイリアン、本気出す。Ⅰ
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「本当に良かったのか?」
「まだ言うの? もう何度も話し合ったじゃないですか」
「今よりも大学までちょっと遠くなる」
「あんな微々たる距離の変化を遠くなるとは表現しません。ほぼ変わってない上にむしろ便利になりますよ。バス停なんかすぐそこじゃないですか」
引っ越し先を正式に決めた。少なくとも今後二年くらいは暮らしていくことになる部屋だ。
マップ上のエリアで示すなら、今いる地域のすぐお隣になる。
「遥希が大学卒業して就職したらもっとちゃんとしたいい部屋で愛の巣作ろうな」
「俺はハトじゃないので巣作りはしないです」
「そうか。じゃあ家買おう」
「なんでだ。いりませんよ」
「心配しなくてもお前の希望を優先する」
「じゃあもうこの話やめてください。あんまりしつこいと朱里さんに国際電話かけますからね」
「もう二度としつこくしないと誓う」
いくら瀬名さんでもテキサスのプール付きのおうちはさすがに荷が重いようだ。
とは言いつつ新居となるマンションも十二分に素敵な部屋だ。広々とした2LDKは俺一人ならまず縁がなかった。
お布団干しやすい南向き。快適なベランダ。抜群の動線。過不足のない収納スペース。的確な防犯設備。
十階建てマンションの六階だから、おそらく今度はカマドウマが遊びに来ることもないだろう。
瀬名さんが信用している不動産業者の人なので、部屋探しをするにあたって元木さんには俺達の関係を正直に打ち明けた。
お任せください。元木さんは言った。しかし続けてこうも言った。
あらゆる変化に社会はまだまだ追いついていないのが現状です。お二人の意に沿わないご提案であっても現実的にやむを得ない場合があります。ですが受け入れ難い内容であれば、どんな事でも遠慮なくおっしゃってください。お二人が本当に納得できるところまでお力になります。
さすがは朱里さんのお墨付きがあるプロ。偏見もないし上辺の配慮でもないし、俺は分かってるから感もない。
マイノリティの部屋探しが楽じゃないのはなんとなく知っていた。だからこそ瀬名さんは業者探しから入念に調べたのだと後になってから俺も気づいた。
男女以外のカップルの場合、入居を認められない例もあるから。
賃貸業者や物件オーナーが拒否する理由はいくつかある。同性カップルは別れやすそう。ルームシェアが突如解消されたらその後の家賃回収が不安。男同士だと部屋を汚しそう。修繕や清掃にかかる手間が過分に増えてしまうのでは。これらもある程度は本心だろうが、大部分は建前だろう。
本当はただ単に、嫌なんじゃないのか。同性同士の恋人というのが。
何を考えているのだか分からない。男同士で付き合うなんてどうかしている。気持ち悪い。そう思う人にとっては。よく分からないものを避けたがるのは生き物としての本能だ。
ならば俺達の望みとはなんだろう。同性カップル、としての入居を是が非でも認めてもらいたい。そうなるのが理想だけれど、男女であれば当然に受け入れられる事でも同性同士だと難しい。
理想と現実の乖離がこれだ。だから俺も瀬名さんもおそらくはまだ、そこまで求めるつもりはない。そこまでする必要性も、今の俺達には差し当たってない。
今はまだ、二人で暮らせればそれでいいのではないか。できる事はできるができない事はできない。どうにもならない事はある。そのうちどうにかなったとしても、今現在どうにもならない事に腹を立てていても疲弊するだけだ。
ならばできる範囲の事でできる何かを探した方が、俺はたぶん、楽しいと思う。理不尽に憤慨して社会に失望するより、俺達には大事なことがある。
元木さんみたいな人も世の中にはいるのだと分かった。だったらそれで十分だ。必ずしも全ての人に理解してもらえなくても、二人でいられる場所はある。
「いよいよ俺達の同棲生活が始まる」
「同居です。しかも俺は居候です」
「愛の巣だ」
「ですから俺はハトじゃありません」
新居の借主は瀬名さんだ。仮に引っ越すのが瀬名さんだけであれば大抵の賃貸物件は何も問題なく通るだろうが、この関係がなかったとしても現時点で俺はまだ学生。たとえ単なるルームシェアでも借主が社会人と学生となると審査面に響く可能性も多かれ少なかれ想定されるらしい。
元木さんのアドバイスを受け、最も無難な道を行くことにした。そのため俺は形式的には居候みたいな立場になる。瀬名さんは同棲ってやたら強調するけど俺は居候って言い続ける。
退去連絡は一ヵ月前までと定まっているためとっくにしてある。引っ越し業者ももちろん予約済み。閑散期なのでちょっとお得だった。
諸々の面倒くさい手続きも各々で順次行ってきた。荷造りも早めに始めていたから、無人時間の長い俺の部屋の方はもうほとんど完了している。
順調だ。俺一人だったらもっとあたふたしたけど瀬名さんがいたからここまですんなり来られた。
だが俺にはあともう一つ、どうしてもやらなければならない事がある。ずっと後回しにしてきた。チャンスは二度もあったのに、その度に先延ばしてしまった。
最後の最後に残した問題。実家だ。うちの母さんだ。
引っ越すことになりました。社会人男性と一緒に暮らします。これを極力当たり障りなく不信感を抱かれないよう可能な限りナチュラルにお知らせするには、なんと言って電話するのが妥当か。
「まだ言うの? もう何度も話し合ったじゃないですか」
「今よりも大学までちょっと遠くなる」
「あんな微々たる距離の変化を遠くなるとは表現しません。ほぼ変わってない上にむしろ便利になりますよ。バス停なんかすぐそこじゃないですか」
引っ越し先を正式に決めた。少なくとも今後二年くらいは暮らしていくことになる部屋だ。
マップ上のエリアで示すなら、今いる地域のすぐお隣になる。
「遥希が大学卒業して就職したらもっとちゃんとしたいい部屋で愛の巣作ろうな」
「俺はハトじゃないので巣作りはしないです」
「そうか。じゃあ家買おう」
「なんでだ。いりませんよ」
「心配しなくてもお前の希望を優先する」
「じゃあもうこの話やめてください。あんまりしつこいと朱里さんに国際電話かけますからね」
「もう二度としつこくしないと誓う」
いくら瀬名さんでもテキサスのプール付きのおうちはさすがに荷が重いようだ。
とは言いつつ新居となるマンションも十二分に素敵な部屋だ。広々とした2LDKは俺一人ならまず縁がなかった。
お布団干しやすい南向き。快適なベランダ。抜群の動線。過不足のない収納スペース。的確な防犯設備。
十階建てマンションの六階だから、おそらく今度はカマドウマが遊びに来ることもないだろう。
瀬名さんが信用している不動産業者の人なので、部屋探しをするにあたって元木さんには俺達の関係を正直に打ち明けた。
お任せください。元木さんは言った。しかし続けてこうも言った。
あらゆる変化に社会はまだまだ追いついていないのが現状です。お二人の意に沿わないご提案であっても現実的にやむを得ない場合があります。ですが受け入れ難い内容であれば、どんな事でも遠慮なくおっしゃってください。お二人が本当に納得できるところまでお力になります。
さすがは朱里さんのお墨付きがあるプロ。偏見もないし上辺の配慮でもないし、俺は分かってるから感もない。
マイノリティの部屋探しが楽じゃないのはなんとなく知っていた。だからこそ瀬名さんは業者探しから入念に調べたのだと後になってから俺も気づいた。
男女以外のカップルの場合、入居を認められない例もあるから。
賃貸業者や物件オーナーが拒否する理由はいくつかある。同性カップルは別れやすそう。ルームシェアが突如解消されたらその後の家賃回収が不安。男同士だと部屋を汚しそう。修繕や清掃にかかる手間が過分に増えてしまうのでは。これらもある程度は本心だろうが、大部分は建前だろう。
本当はただ単に、嫌なんじゃないのか。同性同士の恋人というのが。
何を考えているのだか分からない。男同士で付き合うなんてどうかしている。気持ち悪い。そう思う人にとっては。よく分からないものを避けたがるのは生き物としての本能だ。
ならば俺達の望みとはなんだろう。同性カップル、としての入居を是が非でも認めてもらいたい。そうなるのが理想だけれど、男女であれば当然に受け入れられる事でも同性同士だと難しい。
理想と現実の乖離がこれだ。だから俺も瀬名さんもおそらくはまだ、そこまで求めるつもりはない。そこまでする必要性も、今の俺達には差し当たってない。
今はまだ、二人で暮らせればそれでいいのではないか。できる事はできるができない事はできない。どうにもならない事はある。そのうちどうにかなったとしても、今現在どうにもならない事に腹を立てていても疲弊するだけだ。
ならばできる範囲の事でできる何かを探した方が、俺はたぶん、楽しいと思う。理不尽に憤慨して社会に失望するより、俺達には大事なことがある。
元木さんみたいな人も世の中にはいるのだと分かった。だったらそれで十分だ。必ずしも全ての人に理解してもらえなくても、二人でいられる場所はある。
「いよいよ俺達の同棲生活が始まる」
「同居です。しかも俺は居候です」
「愛の巣だ」
「ですから俺はハトじゃありません」
新居の借主は瀬名さんだ。仮に引っ越すのが瀬名さんだけであれば大抵の賃貸物件は何も問題なく通るだろうが、この関係がなかったとしても現時点で俺はまだ学生。たとえ単なるルームシェアでも借主が社会人と学生となると審査面に響く可能性も多かれ少なかれ想定されるらしい。
元木さんのアドバイスを受け、最も無難な道を行くことにした。そのため俺は形式的には居候みたいな立場になる。瀬名さんは同棲ってやたら強調するけど俺は居候って言い続ける。
退去連絡は一ヵ月前までと定まっているためとっくにしてある。引っ越し業者ももちろん予約済み。閑散期なのでちょっとお得だった。
諸々の面倒くさい手続きも各々で順次行ってきた。荷造りも早めに始めていたから、無人時間の長い俺の部屋の方はもうほとんど完了している。
順調だ。俺一人だったらもっとあたふたしたけど瀬名さんがいたからここまですんなり来られた。
だが俺にはあともう一つ、どうしてもやらなければならない事がある。ずっと後回しにしてきた。チャンスは二度もあったのに、その度に先延ばしてしまった。
最後の最後に残した問題。実家だ。うちの母さんだ。
引っ越すことになりました。社会人男性と一緒に暮らします。これを極力当たり障りなく不信感を抱かれないよう可能な限りナチュラルにお知らせするには、なんと言って電話するのが妥当か。
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