上 下
114 / 124
第五章 ニガレオス帝国~暗黒帝と決戦編~

炎に魅せられた男 (★メテウス視点)

しおりを挟む
 物心がついた時から俺は、炎に魅せられていた。

 その幻想的に揺らめく姿を、純粋に美しいと思った。

 家族団欒。
 友達とのお泊まり。

 そして、ソレはいつも暖かい気持ちにさせてくれた。

 そんな俺の気持ちが、神様に届いたのだろうか。俺はある日、炎を生み出せるようになった。幼い俺は、嬉しさのあまり周囲に報告して回った。

「すごいな!  」

「お前が居ると助かる」

 褒めて貰えるのが嬉しかった。俺の特異な能力は瞬く間に噂になった。そうなると、やっかむ奴が生まれるのは必然だろう。

「なんで赤くないの?  」

「変な色してて怖えー」

「呪われた子だ」

 悪意のあるそれらの言葉は、俺の幼心に深く突き刺さった。
 それでも、影で囁かれている内は、まだよかった。聞き流すことができたから。




 そして、俺の人生を一変させた──いや、そういう意味では、炎を生み出せるようになった日のことをいうのかもしれないが──その日がやってくる。
 俺は同世代の子に絡まれた。感情を逆撫でされた俺は、炎を暴走させ、相手に火傷を負わせてしまった。

 地獄の日々の始まりだった。
 周囲は俺を腫れ物のように扱いだした。炎の使用は禁止され、隔離された小屋に閉じ込められた。

 俺が住んでいたのは小さな村で、村長の命令には絶対服従だった。親も俺を切り捨て、家族を守ることを選択したんだろう。

 俺の唯一の友達は、空高くを飛ぶ鳥達だけだった。

 ──鳥になって、何処かに飛んでいきたい。

 いつしか、毎日そう願うようになっていた。



「フルォ、プロー」

 死んだ様な日々を送っていた、ある日、外から弱々しい変な鳴き声が聞こえてきた。恐る恐る外に出てみると、地面に烏の若鶏──見知った大きさより大分小さかった──が蹲っていた。

 勝手に同族意識をもっていた俺は、小屋に連れ帰ることにした。

 一緒に寝て体温を温めたり、餌(俺の食事、ボソボソのパンを味のしないスープに浸したヤツ)をあげたりしていたら、数日で元気を取り戻した。

 窓から放してやると、大空高く飛んでいき黒い星になった。
 嬉しいはずなのに、羨ましくて、そして、ポッカリ穴の空いたように寂しい複雑な気持ちで、俺はそれを見送った。



「うっ、ううっ……」

 夜、寂しくて泣いてしまった。
 たった数日だったけれど、あいつの体温は俺に刻み込まれていた。
 少し微睡んではヤツを探し、巣立ったことに絶望する。それを繰り返していた。

 2、3日、そんなことを繰り返していると、心はまた平常運転に戻っていった。何も感じない屍状態に。

 折角自分を取り戻せたというのに、4日目の夜、また、心を大きく揺さぶられた。

「プロォ、プロォー」

 しっかりとした変な鳴き声が聞こえてきたのだ。月明かりに照らされた木の上に黒いシルエットが浮かんでいた。

 窓を開けてやると、ヤツが飛び込んできた。

 俺を心配して戻ってきてくれたようだ。昼間、野鳥に襲われ逃げ回っていたことは、この際、知らぬことにしよう。

「お前、戻ってきてくれたのか」

「プロォ」

「ハハッ、相変わらず変な鳴き声だな。
 よしっ、今日からお前はプロォだ。そして、プロォ、俺の相棒第一号に任命するっ!!  」

 嬉しくて嬉しくて、めちゃくちゃハイテンションで俺はそう叫んだ。

 結局、俺達はまた一緒に寝た。そして、一緒のご飯を食べるようになった。
 外へ出られない俺のために、花やお菓子を取ってきてくれたり、野ねずみを狩って自慢げに見せつけてくれたりもした。

 そしていつしか、俺の炎さえもその身に纏うようになっていた。


◇◆◇


 月日は流れ、俺は15歳になった。
 隔離生活も、7年目を迎えようとしていた。

 俺は突然解放された。
 そして、豪華な馬車に乗せられ大きな宮殿へと連れていたかれた。もちろん、プロォも一緒だ。俺の中に隠れていた。

 そこで、皇帝と危なそうな医者に面会した。
 皇帝は俺の炎に、医者は俺の体に興味があるようだった。
 家族から切り離され、存在すらも抹消されている俺は、兵器として、そして、人体実験被検体として最適というわけだ。

 皇帝の命令に従い、医者の実験に付き合えば自由を保証するというその条件を、俺は呑んだ。
 今までの生活に比べたら、破格といってもいい。それに、結局、俺に選ぶ権利は無かった。

 医者の実験が進むにつれ、俺は破壊衝動を抑えられなくなった。どんな秘術を使ったか知らないが、ヤツは俺の体内に潜むようになり、精神を弄った。そして、カフカ等と名乗るようなった。

 そもそも、俺は壮大な怨念を拗らせていたのだ。プロォの存在が、それをなんとか抑えこんでいた。そうでなければ、あの村は早々に焦土と化していただろう。

 抑制の効かなくなった俺は、手始めに村を焼き尽くした。それからは、皇帝に求められる侭に、燃やしの限りを尽くした。

 今回のマゼンタ襲撃も、その内の1つに過ぎなかった。

 表向きでカフカが動き、裏で俺が暗躍する。何時ものパターンだ。

 だから、最初は出て行くつもりはなかった。しかし、あの王と対面したとき、俺の中で積もりに積もった怨念が蠢いた。

「なんで赤くないの?  」

「変な色してて怖えー」

「呪われた子だ」

 かつて、投げかけられた言葉が頭の中で反響し、心が焼く着くように痛かった。
 大嫌いな赤い炎を傍で感じ、黒炎を爆発させてしまった。

「いけ好かない臭いを感じたんでな。
 国王陛下こいつはオレに殺らせろ」

 気付けば表にでて、そう宣言していた。

 それから、初めてと言っていい程の激しい死闘を繰り広げた。
 大嫌いなはずの紅蓮の炎を相手にしているのに、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、拳を合わせるごとに、今までのモヤモヤがスッキリしていく。赤い炎と互角にヤリ逢えていることが嬉しかったのかもしれない。




「ソナタの炎は、実に綺麗な色をしている」

 闘いの隙をついて、王はふざけた事を抜かしやがった。予想外の言葉に動けなくなってしまう。道具として褒められたことはあっても、炎その物について褒められたことは、これまで一度もなかった。

 王が攻撃を畳み掛けてきた。
 ふざけやがって。俺の動揺をさそったのだ。
 臍を噬む想いで、迎撃する俺。




「先程の言葉は、本心だ」

 そんな俺に対し、王は事も無げにそう告げた。

 完全に掌で転がされていた。
 それでも、俺は俺の全力を出し尽くした。

 気づけば俺は紅蓮の炎に包まれ、両膝をついていた。全力を出して、俺は負けたんだ。

 それなのに、あれだけ忌々しく思っていた赤い炎は、とても幻想的だった。揺らめく姿を、純粋に美しいと思った。

 俺はやっぱり、赤い炎が、いや、炎そのものが大好きだ。

ラキノン王あんたとヤリ逢えて……ラキノン王あんたにヤられてよかっ……」

 俺の炎を唯一褒めてくれた、そして、怨念から解き放ってくれた王に、それだけは伝えたかった。

 しかしながら、最後まで言えなかった。
 カフカだ。
 使えなくなったら斬る。
 あの男がやりそうなことだ。

 最後に、プロォに一言感謝を伝えたかったなぁ。

 暖かな紅い炎に包まれながら、俺はそう想った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界薬剤師 ~緑の髪の子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:177

【本編完結】捨てられ聖女は契約結婚を満喫中。後悔してる?だから何?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,270pt お気に入り:8,000

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,417pt お気に入り:3,825

異世界転生したけどチートもないし、マイペースに生きていこうと思います。

児童書・童話 / 連載中 24h.ポイント:10,181pt お気に入り:1,088

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:444

処理中です...