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雨、嵐、雷
雨、嵐、雷13
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そんな空間に新たな振動を与えたのはマルクさん。彼は更なる詳細を話し始めた。
「記述によれば夢鯨の中にある二つ目の胃にその材料はあります。そこは一度結晶化された夢の欠片を分解する場所で、俄には信じられませんがその分解する為の成分を散布する花が咲き誇っているらしいです。そしてその花が材料という訳です」
「と言っても夢鯨の中は未知の領域。それに中へ侵入することが夢鯨自体に負担となる可能性もある。当然、最悪の場合もな。それとその資料にはもし今後、夢鯨の中へ入ろうとする者に対して用意すべき物も書き残されていたが……」
言葉を止めた賽月さんは蒼空さんへ真剣な眼差しを向けた。
「高性能の防護服などの他に運と覚悟――そして遺書を残していくことを薦めている」
「遺書って……」
俺は思わずその言葉を復唱してしまった。
だけど賽月さんの表情からそれが冗談などではないことは見て取れる。
「これもまたその資料による情報ですが、夢鯨の中は非常に濃度の濃い気体で満ちており息をするだけで危険が及ぶだけでなく未知の生物も生息しているとか。ですがどれも詳細は不明です。特に後者は細かな記載が無く見間違いの可能性もありますが私達にはどちらとも言えません」
「危険なのは確実だが、あまりにも未知数過ぎる」
「――それしか方法はないんですか?」
「そうだな」
俺は今、蒼空さんが隣で何を考えているのかが何となく分かった。そして彼がこれから口にするであろう言葉も。
「ならやります」
賽月さんへ向けたそれは決意と覚悟に満ち溢れた顔だった。
だけどその言葉を聞いた賽月さんは静かに溜息を零し軽く首を振った。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「はい。でも真人を助けられるのなら」
「何故そこまでする? 彼はお前さんの夢を奪ったようなものだ。もっと大きな会場で歌い、憧れのアーティストと共に仕事をする。そんな夢を抱いていたんじゃなかったのか? だがそれを彼は終わらせた」
「そうですね。海外でライブとか全国ツアーとか色々な夢はありました。でもそれも全部、真人がいたから持てた夢なんです。真人はそれ以上のモノを僕にくれたんですよ。もしかしたら僕は顔も見たくない程に彼に嫌われてるかもしれない。だけどやっぱり僕はまだ真人のことを親友だと思ってますし、それはこれからも変わらないと思います。確かにあんな事をあいつがしてたって分かった時は、心の底からショックでした。信じてた人に裏切られたって」
蒼空さんは目を閉じた。その暗闇で彼は一体何を見ているんだろう。
「――でも、もういいんです。どんなに酷い事をされて、どれだけ不利益を被ったって……」
そして閉じていた目を開けると、蒼空さんは笑みを浮かべた。夜明けを知らせる朝日のように優しく、冷えた体を抱きしめる陽光のように温かい笑みを。
「真人が本当に困ってたら僕は喜んで手を差し出します。何をされたとか、何をして貰ったとかそんなの関係ない。僕はこれからもずっとあいつの事を親友だと思い続けます。それだけあいつは僕にとって掛け替えのない大切な存在なんです」
それはもうこれ以上、何かを訊く必要の無い程に真っすぐで確固たる言葉と表情だった。もう蒼空さんの中に迷いはないんだろう。
「お前さんの気持ちは良く分かった」
「じゃあ――」
「だが問題はそれだけじゃない。そもそも夢鯨の体内に侵入するなどという事の許可が下りるとは思えん。それが夢喰いの為となれば尚の事だ」
「どうにか――ならないんですか?」
賽月さんは溜息と共に唸るような声を出し腕を組んだ。
「このような事態になったのは私にも非があります。ならば責任は私が」
最後の一押しをするようなマルクさんの言葉を受けながらも賽月さんは悩み続けていた。
そして彼の言葉を待ち静まり返ったリビングに声が響き始める。
「――何があっても絶対に夢鯨を傷つけてはならない。夢鯨の内部の情報を出来る限り持ち帰ってくること。だが無駄なモノは持ち帰るな。そして最後が一番重要な事だ」
指を折りながら守るべき事を言葉にし始めた賽月さんは四本目を強調するように少し振ってから折った。
「これら全てを放棄してでも生きて帰ってくることだ」
「――はい」
それに対して蒼空さんは力強く返事をした。
「そして儂とお前さんは首が飛ばないことを願っておこう。それと蒼空がこれからの無断行為を無罪にしてくれる程の情報を持ち帰ることもな」
賽月さんは視線をマルクさんへ移動させてからそう言った。
「そうですね。――では早速、行きましょうか。蒼空さん。準備をしなければいけないですからね」
「よろしくお願いします」
座ったまま頭を下げた蒼空さんは立ち上がり先に歩き出したマルクさんの後を追いドアへと向かった。その途中、一度立ち止まった蒼空さんは賽月さんの方を半身で振り返る。
「記述によれば夢鯨の中にある二つ目の胃にその材料はあります。そこは一度結晶化された夢の欠片を分解する場所で、俄には信じられませんがその分解する為の成分を散布する花が咲き誇っているらしいです。そしてその花が材料という訳です」
「と言っても夢鯨の中は未知の領域。それに中へ侵入することが夢鯨自体に負担となる可能性もある。当然、最悪の場合もな。それとその資料にはもし今後、夢鯨の中へ入ろうとする者に対して用意すべき物も書き残されていたが……」
言葉を止めた賽月さんは蒼空さんへ真剣な眼差しを向けた。
「高性能の防護服などの他に運と覚悟――そして遺書を残していくことを薦めている」
「遺書って……」
俺は思わずその言葉を復唱してしまった。
だけど賽月さんの表情からそれが冗談などではないことは見て取れる。
「これもまたその資料による情報ですが、夢鯨の中は非常に濃度の濃い気体で満ちており息をするだけで危険が及ぶだけでなく未知の生物も生息しているとか。ですがどれも詳細は不明です。特に後者は細かな記載が無く見間違いの可能性もありますが私達にはどちらとも言えません」
「危険なのは確実だが、あまりにも未知数過ぎる」
「――それしか方法はないんですか?」
「そうだな」
俺は今、蒼空さんが隣で何を考えているのかが何となく分かった。そして彼がこれから口にするであろう言葉も。
「ならやります」
賽月さんへ向けたそれは決意と覚悟に満ち溢れた顔だった。
だけどその言葉を聞いた賽月さんは静かに溜息を零し軽く首を振った。
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「はい。でも真人を助けられるのなら」
「何故そこまでする? 彼はお前さんの夢を奪ったようなものだ。もっと大きな会場で歌い、憧れのアーティストと共に仕事をする。そんな夢を抱いていたんじゃなかったのか? だがそれを彼は終わらせた」
「そうですね。海外でライブとか全国ツアーとか色々な夢はありました。でもそれも全部、真人がいたから持てた夢なんです。真人はそれ以上のモノを僕にくれたんですよ。もしかしたら僕は顔も見たくない程に彼に嫌われてるかもしれない。だけどやっぱり僕はまだ真人のことを親友だと思ってますし、それはこれからも変わらないと思います。確かにあんな事をあいつがしてたって分かった時は、心の底からショックでした。信じてた人に裏切られたって」
蒼空さんは目を閉じた。その暗闇で彼は一体何を見ているんだろう。
「――でも、もういいんです。どんなに酷い事をされて、どれだけ不利益を被ったって……」
そして閉じていた目を開けると、蒼空さんは笑みを浮かべた。夜明けを知らせる朝日のように優しく、冷えた体を抱きしめる陽光のように温かい笑みを。
「真人が本当に困ってたら僕は喜んで手を差し出します。何をされたとか、何をして貰ったとかそんなの関係ない。僕はこれからもずっとあいつの事を親友だと思い続けます。それだけあいつは僕にとって掛け替えのない大切な存在なんです」
それはもうこれ以上、何かを訊く必要の無い程に真っすぐで確固たる言葉と表情だった。もう蒼空さんの中に迷いはないんだろう。
「お前さんの気持ちは良く分かった」
「じゃあ――」
「だが問題はそれだけじゃない。そもそも夢鯨の体内に侵入するなどという事の許可が下りるとは思えん。それが夢喰いの為となれば尚の事だ」
「どうにか――ならないんですか?」
賽月さんは溜息と共に唸るような声を出し腕を組んだ。
「このような事態になったのは私にも非があります。ならば責任は私が」
最後の一押しをするようなマルクさんの言葉を受けながらも賽月さんは悩み続けていた。
そして彼の言葉を待ち静まり返ったリビングに声が響き始める。
「――何があっても絶対に夢鯨を傷つけてはならない。夢鯨の内部の情報を出来る限り持ち帰ってくること。だが無駄なモノは持ち帰るな。そして最後が一番重要な事だ」
指を折りながら守るべき事を言葉にし始めた賽月さんは四本目を強調するように少し振ってから折った。
「これら全てを放棄してでも生きて帰ってくることだ」
「――はい」
それに対して蒼空さんは力強く返事をした。
「そして儂とお前さんは首が飛ばないことを願っておこう。それと蒼空がこれからの無断行為を無罪にしてくれる程の情報を持ち帰ることもな」
賽月さんは視線をマルクさんへ移動させてからそう言った。
「そうですね。――では早速、行きましょうか。蒼空さん。準備をしなければいけないですからね」
「よろしくお願いします」
座ったまま頭を下げた蒼空さんは立ち上がり先に歩き出したマルクさんの後を追いドアへと向かった。その途中、一度立ち止まった蒼空さんは賽月さんの方を半身で振り返る。
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