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「捕まえたぞ! 大人しくしろ!」
肩を掴まれた私は、言われた通り大人しく立ち止まった。
抱えているものがバケツと悟られないように、無駄に暴れることは避けた。
馬車が私たちの傍にやって来ると、男は乱暴に扉を開け、私に中に乗るように顎で指示した。私はバケツを大事そうに抱え、馬車に乗り込んだ。
バンッと乱暴に扉を閉められた後、ガチャリと錠が降りる音がした。私は窓から外を覗くと、取手に南京錠が掛けられていた。
男は私と目が合うと、ギロッと睨みつけてきた。そんな彼の眉間は真っ青に腫れ上がっている。男は私に近寄ると、
「覚悟しておけよ、女。この礼は後でたっぷりとしてやる」
低い声で脅してきた。背筋にゾッと寒気が走る。しかし、私は男から目を離さずに、そっと靴を脱いだ。そして、
「いいえ! お礼なんて恐れ多い! 結構ですわ!」
そう叫ぶと同時に、靴のヒールで腫れ上がった男の眉間を思いっきりガッと殴りつけた。
「ぐはっ!」
男は悲鳴をあげ、額を抱え後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫か!? おい! 何をする!? 小娘!」
御者席から男が怒鳴る。
その時だ。
ホテルの裏口から、数人の男が走り出てきた。彼らはホテル従業員の制服を着ている。その中に、近衛隊の制服を身に付けた男もいた。
「あそこだ!! いたぞ!! 捕まえろ!!」
「アラン様!!」
私は窓から叫んだ!
「おい! 急げ! 逃げるぞ!」
御者は倒れた男に叫んだ。男はフラフラになりながらも立ち上がる。私は渾身の力を込めて、彼に向かって靴を投げつけた。見事、顔面に当たり、男は悲鳴を上げ、再び膝を付いた。
「急げって!」
御者はこちらに向かって走って来る近衛兵に焦るが、男はなかなか立ち上がれない。
私はもう片方の靴も脱ぐと、もう一度男に投げつけた。これもまた、上手い具合にヒールの部分が鼻っ面に直撃。男は仰向けに倒れた。
「チッ!!」
御者は男を見捨て馬を走らせた。
「エリーゼ様ぁ!!」
アランの声が響く。
「アラン様!」
私はアランに向かって、レオナルドを隠した横道を指で示した。
しかし、馬車は猛スピードで走り出していたので、私のサインがアランに届いたか分からない。
もはや私には、必死に走って追いかけてくるアランの姿がどんどん小さくなっていくのを、窓から見つめている事しかできなかった。
☆彡
馬車はグングンとスピードを上げで大通りを走る。乱暴な運転で馬車は大きく揺れた。私は車内で転がされないように、足でバケツを押さえながら、手摺にしがみ付く。
その間も、外の景色を確かめることを怠らなかった。
賑やかな商業地を走り抜け、閑静な住宅街に入る。そこもグングンと走り抜けていく。
どうやら郊外に向かっているようだ。馬車は郊外をも端抜け、どんどん進む。暫くすると森へ続く一本道が見えてきた。都会の喧騒に紛れ込むよりも、人気のいない森の中をアジトに選んだか。
森に入った途端、日は遮られ、辺りは暗くなる。道も曲がりくねり、いつの間にかどこをどのように走っているか分からなかくなってしまった。それでも、窓から外を見ることを止めなかった。何か目印になるものはないか。そんなことを考えながら、流れる景色を目に焼き付けるように外を眺める。
そんなことをしたって何の役にも立たないだろう。しかし、何もしないでいることが出来なかった。諦めるのが怖かったのだ。諦めてしまい、絶望感に心を支配されることの方が怖かったのだ。私は夢中で外の景色を眺めていた。
一しきり走ると、少し開けた場所に出た。そこには一軒の家が建っていた。そこそこの大きさだ。宿屋だろうか。それにしては人気がない。
馬車が停まる。私は窓から顔を引っ込め、バケツを抱えた。
男が御者台から降りる音が聞こえ、次にカチャリと扉に掛けられた施錠が外される音がした。私の身体中に緊張が走る。無意識にバケツをギュッと抱きしめた。
「降りろ」
馬車の扉が開き、外からぶっきら棒な言葉が聞こえ、私は素直に従った。降りる時にバケツだと悟られないよう、さりげなく男側に背を向けた。
馬車を降り、すぐに周りを見渡す。御者の男しかいない。
「歩け」
男は私の後ろに回り、軽く背を押した。私は素直に歩く。男は真後ろから付いて来る。その事に一瞬だけホッとする。後ろに回られれば私が抱えているのがバケツだとはバレることはない。
しかし、それも時間の問題だ。自分の身体が微かに震えているのが分かる。
(しっかりしなさい! エリーゼ!!)
私は心の中で自分に活を入れた。
そして、男に促されるまま、家の中に入って行った。
肩を掴まれた私は、言われた通り大人しく立ち止まった。
抱えているものがバケツと悟られないように、無駄に暴れることは避けた。
馬車が私たちの傍にやって来ると、男は乱暴に扉を開け、私に中に乗るように顎で指示した。私はバケツを大事そうに抱え、馬車に乗り込んだ。
バンッと乱暴に扉を閉められた後、ガチャリと錠が降りる音がした。私は窓から外を覗くと、取手に南京錠が掛けられていた。
男は私と目が合うと、ギロッと睨みつけてきた。そんな彼の眉間は真っ青に腫れ上がっている。男は私に近寄ると、
「覚悟しておけよ、女。この礼は後でたっぷりとしてやる」
低い声で脅してきた。背筋にゾッと寒気が走る。しかし、私は男から目を離さずに、そっと靴を脱いだ。そして、
「いいえ! お礼なんて恐れ多い! 結構ですわ!」
そう叫ぶと同時に、靴のヒールで腫れ上がった男の眉間を思いっきりガッと殴りつけた。
「ぐはっ!」
男は悲鳴をあげ、額を抱え後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫か!? おい! 何をする!? 小娘!」
御者席から男が怒鳴る。
その時だ。
ホテルの裏口から、数人の男が走り出てきた。彼らはホテル従業員の制服を着ている。その中に、近衛隊の制服を身に付けた男もいた。
「あそこだ!! いたぞ!! 捕まえろ!!」
「アラン様!!」
私は窓から叫んだ!
「おい! 急げ! 逃げるぞ!」
御者は倒れた男に叫んだ。男はフラフラになりながらも立ち上がる。私は渾身の力を込めて、彼に向かって靴を投げつけた。見事、顔面に当たり、男は悲鳴を上げ、再び膝を付いた。
「急げって!」
御者はこちらに向かって走って来る近衛兵に焦るが、男はなかなか立ち上がれない。
私はもう片方の靴も脱ぐと、もう一度男に投げつけた。これもまた、上手い具合にヒールの部分が鼻っ面に直撃。男は仰向けに倒れた。
「チッ!!」
御者は男を見捨て馬を走らせた。
「エリーゼ様ぁ!!」
アランの声が響く。
「アラン様!」
私はアランに向かって、レオナルドを隠した横道を指で示した。
しかし、馬車は猛スピードで走り出していたので、私のサインがアランに届いたか分からない。
もはや私には、必死に走って追いかけてくるアランの姿がどんどん小さくなっていくのを、窓から見つめている事しかできなかった。
☆彡
馬車はグングンとスピードを上げで大通りを走る。乱暴な運転で馬車は大きく揺れた。私は車内で転がされないように、足でバケツを押さえながら、手摺にしがみ付く。
その間も、外の景色を確かめることを怠らなかった。
賑やかな商業地を走り抜け、閑静な住宅街に入る。そこもグングンと走り抜けていく。
どうやら郊外に向かっているようだ。馬車は郊外をも端抜け、どんどん進む。暫くすると森へ続く一本道が見えてきた。都会の喧騒に紛れ込むよりも、人気のいない森の中をアジトに選んだか。
森に入った途端、日は遮られ、辺りは暗くなる。道も曲がりくねり、いつの間にかどこをどのように走っているか分からなかくなってしまった。それでも、窓から外を見ることを止めなかった。何か目印になるものはないか。そんなことを考えながら、流れる景色を目に焼き付けるように外を眺める。
そんなことをしたって何の役にも立たないだろう。しかし、何もしないでいることが出来なかった。諦めるのが怖かったのだ。諦めてしまい、絶望感に心を支配されることの方が怖かったのだ。私は夢中で外の景色を眺めていた。
一しきり走ると、少し開けた場所に出た。そこには一軒の家が建っていた。そこそこの大きさだ。宿屋だろうか。それにしては人気がない。
馬車が停まる。私は窓から顔を引っ込め、バケツを抱えた。
男が御者台から降りる音が聞こえ、次にカチャリと扉に掛けられた施錠が外される音がした。私の身体中に緊張が走る。無意識にバケツをギュッと抱きしめた。
「降りろ」
馬車の扉が開き、外からぶっきら棒な言葉が聞こえ、私は素直に従った。降りる時にバケツだと悟られないよう、さりげなく男側に背を向けた。
馬車を降り、すぐに周りを見渡す。御者の男しかいない。
「歩け」
男は私の後ろに回り、軽く背を押した。私は素直に歩く。男は真後ろから付いて来る。その事に一瞬だけホッとする。後ろに回られれば私が抱えているのがバケツだとはバレることはない。
しかし、それも時間の問題だ。自分の身体が微かに震えているのが分かる。
(しっかりしなさい! エリーゼ!!)
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