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大厄と成りし兵編

八話

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 頭に響く怨嗟の声、それは地獄の底に引きずり込まれる感覚。

 「―――ああぁぁッ!!………はぁ…はぁ…」

 その酷い夢から覚め、洋助は叫んで起きる。
 気付くとそこは、いつか垣間見た白い風景が広がる神社の敷地だった。

 「――目覚めたか、洋助」
 「―――はぁ…はぁ…君は…」
 「心の臓を穿たれて以来じゃな、また随分無茶をしたなお前さんは」

 狐耳をひょこひょこと上下させ、そのこじんまりとした体格と巫女装束を着た幼い巫女。
 水底で見た女の子に間違いなく、洋助は驚きながら問う。

 「君は一体…ここは…それに俺は、何故生きてる…」
 「はっはっは!流石に戸惑うか、無理もない」
 「―――これは…」

 起き上がると自身の身体を見る、そこには朧に切り裂かれた跡がある。
 だが、それを覆い張り付けるように、呪詛めいた梵字が蠢いて体を繋ぐ。

 「それは応急処置…みたいなものじゃ、大厄の力を利用してお前さんを現世に留まらせておる、無論、死に至るものでもあるが」
 「――俺は、死んだのか」
 「……そうじゃ、お前さんは死に、その中身を晒して死んだ」
 「なら、なぜ…」
 「余がお前さんを蘇らせた、朧ちゃんを止めて欲しくての…」

 朧の名にちゃんを付ける人間など、この日ノ本においては誰もいない。
 それ故に、彼女が朧と面識がある事を伺わせ、その起源を知っている事を匂わせる。

 「お前さんには朧ちゃんを斬って貰いたい」
 「それは……」
 「彼女は、……充分に苦しんだ、永劫の任に繋がれ、その責任を果たすべく長い年月を掛けて使命を全うした」

 狐耳は元気なく垂れ下がり、その顔も暗くなる。

 「確かに…今の朧ちゃんのやり方は間違っておるかもしれん、少数の人間を犠牲に大勢を救う、それは一つのやり方かもしれんが別の道も確かにある、それをお前さんにはやって貰いたい」

 「だが…俺は…」

 その提案に乗ろうにも実力は足りず、また敗れる姿が思い起こされる。

 「心配は要らぬ、そのための応急処置じゃ」
 「なに…?」
 「言ったであろう?それは大厄の力を使った呪い、故にお前さんの力にも大厄のそれが宿る、であれば、朧を切り伏せられよう」

 上半身に蠢くそれを触ると、確かに大厄に似た蒼い躍動を感じる。

 ――つまりそれは、自分自身が大厄となった事を意味する。

 「――もう、俺には戦う意味が無い…」

 皆を守れず、大切な人すら守れなかった洋助に戦う意味は無い。
 絶望した彼は、このまま生涯を終えようと諦めていた。

 「そうか…ならば、こちらに来い」
 「……なんだ」

 黙って歩く狐は、神社の境内に入る。
 洋助は不思議に思いながらも後に続く。

 「―――っこれは…!?」

 そこには、死に装束を纏って綺麗に着飾られた雪がいた。

 「それは抜け殻じゃ、魂のみがあちら側へ迷い出て、身体が残った巴の残滓」
 「生きているのかッ!?雪はッ!?」
 「こやつは今、神力があちら側へ引っ張られてそれに魂が付いて来ている状態じゃ、故に死んでいるとも言えるが、誰かがそれを引っ張り上げれば魂は戻ろう」
 「それならっ…俺がそれを…」

 雪を生き返らす事が出来る、その希望を聞き奮起する洋助。
 だが、その希望を打つ砕く言葉を狐は発する。

 「無駄じゃ、あちら側へ行くには相応の力と方法が必要、お前さんが行ったとて無駄死にするのが関の山じゃ」
 「それなら…どうすればッ…」
 「じゃから…余が行く」

 そこで洋助は全てを察する。
 つまり、この狐は自身に朧を斬らせ、その代わりに雪を助けると言う。

 「――俺の身体は、後どのぐらい持つ?」
 「ここでは永遠とも言える時間があるだろう、しかし、現世に戻れば残された時間は僅か、行くなら早く仕留めよ」

 傷が疼く、その呪詛が身体を這いずり回って侵攻していく。
 同時に、元の身体の機能は失われて大厄の蒼き炎と化していく。

 「必ず、雪を救ってくれ、それだけが俺の願いだ」
 「承知した、この狐、約束を違えた事は無い」

 横たわる冷たい雪を、軽く触れて戦いの意味を見出す。
 そこには、雪を殺され怒りに支配された洋助はおらず、静かに佇む婚約者だけがいた。

 ――そして、雪の側にある刀、日緋色金を洋助は預かる。

 「行くのか」
 「あぁ…迷ってはいられない、必ず朧を斬る」
 「…そうか、頼んだぞ洋助」

 境内を出て、その暗闇に繋がる鳥居をくぐろうとした時、狐は言う。

 「洋助、妹さんから伝言を預かっておる」
 「――え?」

 それは、予想だにしなかった言葉。
 狐は神に仕える大厄側の巫女、故に神力の管理をしていた際、その異様な向こう側との繋がりを知っていた。

 「お前さんなら、誰かのためになれる…その言葉を叶えてくれてありがとう、とな…」
 「伊織が……そんな、事を…」
 「お前さんと妹さんの繋がり、それは前代未聞である、…向こう側から無尽蔵に流れる神力は余の手から離れ、妹さんが直接お前さんに流しておる」

 ――洋助の神力の正体、それは妹である伊織から直接流されている神力。
 
 故に通常の巫女と違い、その神力の残量は無限であり年齢と共に尽きる事も無い。
 そして直接向こう側と繋がっているからこそ、体内の時間の流れが狂い傷の治癒速度、もとい体内時間が異常に早くなる、それが彼の力であった。

 「そうか、伊織は…俺の中でちゃんと生きていたんだな…」
 「その力、大切に使うんじゃぞ…先の戦の様に負の感情に流されてはいかん」
 「はい……肝に命じます」

 胸に手を当て、その言葉を忘れない様に刻む。

 ゆっくりと、暗黒に足を踏み入れる洋助は静かに消えてゆく。
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