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事故チュー
03
しおりを挟む次の日憂鬱ながらも大学へ行き、一人で講義を受けた。
元彼の優人とは同じ授業を取っていたのでたまに見かけてしまうけれど、なるべく気づかれないように避けていた。
「……疲れた……」
周りを気にしながら授業を受けたりキャンパスを歩くのは、ひどく疲れる。
家に帰る頃にはぐったりしていた。
今日も母親は夜勤だ。夕飯は何を作ろう。
雪哉の好きなメニューをもっと聞いておくべきだった。母からのハンバーグ情報しかない。お肉が好きなのかなと思い一応スーパーで鶏肉を買ってきた。揚げ物は片付けが面倒でなかなか作らないけれど、唐揚げでも作ってみようか。
無表情の雪哉がおいしそうに食べてくれるのは、予想外に梓の喜びとなっていた。
しばらくして、ガチャリとドアの開く音がしたので梓はエプロンをつけたまま玄関まで走った。
「おかえり、雪哉くん!」
雪哉は目をまるくしている。
「……ただいま。カラ元気?」
「そんなことないよ」
確かについさっきまでは疲れていたけれど、料理を作っていたら嫌なことも忘れられたし、何より雪哉の昨日の言葉が気になって、楽しみで仕方ないのだ。
たった一日しかまだ一緒に生活していないのに、梓はすっかり雪哉に心を許していた。幼い頃懐いていたせいだろうか。
スーツ姿の雪哉は昨日とはイメージがガラリと変わっていた。表情の乏しさはクールそうだ、という言葉に変わり、仕事ができそうな印象になる。ネイビーのスーツにグレーのネクタイがよく似合っていて、自分との差を思い知る。
「梓、昨日のこと覚えてる?」
「……覚えてるよ」
「はいこれお土産」
雪哉が手に持っていた箱を梓に差し出す。
形から察するにケーキの箱だということがわかった。
「えっ、ケーキ!?」
「会社の近くに、女子社員に人気のケーキ屋があるんだ。小さい頃、ケーキに目をキラキラさせてた記憶があって」
そんなこと覚えていたんだと、感動した。
梓は小さい頃から誕生日にしか食べられないケーキが大好きだった。誕生日やクリスマスといった特別な日に食べることができるケーキ。
「うれしい! お祝いでもないのにいいのかな」
「よかった。俺のお土産なんだから、いいんじゃない?」
「雪哉くんありがとう! ごはんのあとに一緒に食べようね」
「ん」
ケーキの箱を受け取ると、いそいそとリビングに戻り冷蔵庫に仕舞った。
夕食後のお楽しみだ。
「お風呂よりごはん先に食べる? 今日は唐揚げだよ」
「食べる。ありがと」
「今から揚げるから、着替えてくる?」
雪哉はこくりと頷いて梓に背を向けたのに、なかなかリビングを出ない。何をしているんだろうとじっとその背中を見ていたら、雪哉が振り返る。
「こういうの、なんか新婚みたいだ」
「……っ」
それだけ言って、雪哉はリビングを出て行った。
雪哉がそんなことを言うなんて、イメージになかったので驚いてしばらく動けないでいた。
梓はタレに漬けておいた唐揚げを冷蔵庫から取り出し、揚げ始める。揚げ物は揚げたてがいいんじゃないかと、準備だけしっかりと終わらせていた。
少しすると私服に着替えた雪哉が降りてきて、一緒にキッチンに立った。
「手伝う」
「あ、じゃあ……運んでもらっていいかな」
「わかった」
梓が準備をしたものを、雪哉がテキパキとダイニングテーブルに運んでくれる。ちょうど唐揚げもしっかりと揚がり、あっという間にテーブルセッティングが完成した。
エプロンを外していそいそと座る。
疲れていたはずなのに、気合いが入ってしまった。
唐揚げにお味噌汁、キャベツたっぷりのコールスローと、ひじきの煮物だ。さっそく手を合わせる。
雪哉があつあつの唐揚げを食べた時、サクっとおいしそうな音がした。今日ばかりは梓も待ちきれず、感想を聞く前に食べてしまった。
「梓、おいしい」
「よかった!」
梓にとっても満足のいく出来だった。
でもさっき雪哉が言っていた、新婚みたいだ、という言葉が頭を過ぎる。雪哉は大人だからなんてことのない発言だったにしろ、梓にとっては意識してしまう言葉だった。でも今も平然とした表情でごはんを食べているから、動揺している自分が幼すぎるのだ。
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