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泣いた赤鬼

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智は家を出ていくのを前に、吉川に挨拶に来ていた。
勿論、家ではなく組合事務所の方に。


「トモ、本当に出ていくんか…」


「うん。」



「それは寂しくなるな。」



「ねえ、良ちゃん」



「なんだ?」


「お願いがあるんだけど」


「言うてみい」


「あっちゃんが由香里さんと結婚しても、例のこの村の風習…

夜這いのやつ、アレはやめてあげて欲しいの。」


「何だそれは?」


「何言ってるのよ。
良ちゃんとこういう関係になったのも、あれがあったからじゃないのよ。

さすがに由香里さんが生贄になるのは、ダメだと思う。」


「おい、トモ

そんな風習、あるわけなかろうが」



「えっ?

だって、ワタシ…それでここに連れられてきて…」


「何だ、信じとったのか。

あれはなあ、ワシがお前さんに一目惚れしてしもてなあ
テキトーに理由付けて連れてきたんじゃ。」



「えっ、ウソだったの?

ひどーいっ、もう」



「確かになあ、この村にはそういう風習があったがなあ。

だが、それも戦前までの話だ。
今の時代にそんな事したら大変な事になるじゃろうて。」


「よく言うよ。

もう済んだ事だし、いいけど」


「すまん…」


「夜這いが無いならそれに越した事はないわ。

あ、それと、もう一つあるのよ。
お願いしたい事がね。」


「何じゃ、言うてみい」


「ワタシがあっちゃんと離婚してその後妻に由香里さんが来るとなると、由香里さんの事を悪くいう人間が出てくると思うのね。

略奪婚だとか、寝取ったとか、色々言って。」



「まあ、そうじゃろうな。
十分に考えられるな。」


「そこで良ちゃんにお願いなんだけど、村のみんな…取り分け組合のメンバーさんに、ワタシが浮気をしたから離婚する事になったって伝えて欲しいのよ。」

「何じゃそりゃ?

たしかにワシとお前さんはこういう関係を長年続けとるが、それをワシの口からなんでわざわざ言わんといかんのだ?」


「じゃないと、由香里さんを悪くいう人が絶対に出てくるでしょ?」


「まあ、たしかに…
しかし、それだとお前さんが全て泥をかぶる事になるじゃないか。

そもそも借金作った敦の家も悪いし、それにつけ込んだワシも悪い、他人の亭主を寝取ったその由香里っちゅーのも悪いし、それに応えた敦自身も悪いんと違うか。」


「だからこそよ。
ワタシはこの村から出て行くんだから、全てワタシのせいにしてもらうと、上手く回るんだよ。」


「うーん…なんか、昔話か何かであったなあ。

そうそう、泣いた赤鬼っちゅう話

人間と仲良くなりたいのに怖がられて誰にも近寄られず、寂しい思いをしていた赤鬼に、友人の青鬼が提案する。

俺が村を襲うから、お前が俺をやっつけて村を救えと。
そしたら村の人間は感謝してお前の事を見直す筈だと。

作戦はまんまと成功して、赤鬼は村の連中と仲良くなるが、青鬼は人間達から嫌われて排斥され、寂しく村を去っていってしまう。

ある日、赤鬼が青鬼の家に行ってみたが、時すでに遅し…

赤鬼は涙を流しました


ってやつ」


「えーっ、良ちゃん面白い
そんな話知ってるんだ」

「ワシも最初からジジイだったわけじゃない

子供の時ってのもあったんじゃ。
その時読んだものとか、たまたま覚えるのもある。」


吉川は笑って言った。

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