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旅行

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「そろそろ出ようか」


真弥が時計を見て言うと


「ごめん、あとちょっとだけ」

美智香はそう言って髪型が気になってるのか、鏡の前から動かずに言った。


「みっちゃんは何もしなくてもすげー美人なんだから、そんなの気にしなくてもいいよ。」


「そうはいかないわ

年齢がいくと、こういう妥協が出来なくなるのよ。」


「そんなもんかなあ。」


「うん。そんなもの」


それから十分ほど試行錯誤した美智香は、一応の納得をして真弥に最終チェックをしてもらった。


「うん。完璧だよ

すごくキレイ」

真弥は美智香を見て、満足そうに頷いた。


「ごめん、ちょっと遅れ気味だね
じゃあ、行こう」


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。

駅に集合予定だけど、まだ余裕あるし」


美智香は火の元と窓が閉まってるかの確認をして、最終チェックをした。

ようやく、二人は最寄駅に向けて家を出た。




二人が家を出てからしばらくして、彼らの住む団地の前に一台のタクシーが来て、停車した。

支払いを済ませて中から出てきたのは、美智香の前の夫達也であった。


達也はその老朽化した団地の建物を見上げ、思わず失笑した。

何不自由なく生活していた美智香が、若い男に熱を上げた代償として、こんなところで貧しい生活を送っている。
これは、自分の話の持っていき方で、何とでもなるのではないか…

達也の中に妙な自信が湧いてきた。


「ボロ団地にはオートロックなんてあるわけないわな」


オートロックのあるマンションだとして、外からインターホンで話をしたら、絶対に出てこないが、このような古い団地なら、直接部屋の前まで行ける。
そして、ドアを開けて出てくる可能性が高い。

わざわざこの日を選んだのも、年末の押し迫った日なら、仕事も休みで家にいる可能性が極めて高い。


何から何まで、達也に追い風が吹いていた。


肝心の美智香が不在という点を除けば…




達也が自分達の家を訪ねてきている事など知る由もない美智香と真弥は、駅で翔と美沙に合流していた。

「駅弁買っとく?」

「いいね!」

若い真弥と翔はともかく、美智香と美沙も年甲斐もなくバカ騒ぎして、大笑いしていた。

美智香が望んでいた幸せがそこにあった。

そして、美沙も。

若い男に熱を上げて、短期間で離婚した美沙を悪くいう人間は、決して少なくないだろう。

ただ、美沙自身、翔との出会いはあくまでもきっかけにすぎなかった。

日常の生活を諦めと妥協に塗れて暮らしていた美沙にとって、何か背中を押してくれるような事があれば、いつでも殻を破って飛び出せる環境にあったのだ。

美沙にとってはそれが翔であった。

彼との出会いにより、美沙は惰性の生活を捨てて、新しい人生を送る事が出来た。

電車に翔と隣り合わせに座り、最愛の男と向かい側にいる美智香と真弥を交互に見つめる美沙は、自分に訪れた人生最大の幸運を、しみじみと感じていた。
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