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新田薫編
Lesson
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「お疲れ様でした」
薫は後片付けを終えて店を出た。
沢木組を辞め、ニューハーフに転身してから一年以上が経ち、すっかり女っぽくなった。
二週に一度の女性ホルモンの投与に加え、三ヶ月ほど前には去勢手術も行い、体つきもすっかり変わった。
乳房の膨らみは勿論、筋肉が落ち、皮下脂肪が程よく付き、全体に丸みを帯びた体型となった。
元々美形であるし、女性の姿となって街を歩いても、薫を男性だと見破るものはもう誰もいない。
これも小百合に紹介され、薫を厳しく育ててくれたキャシーママのおかげであった。
薫のポテンシャルがいくら高くても、右も左もわからないものを一人前のニューハーフにするのに、相当な労力を要したであろう。
今では押しも押されぬ看板ニューハーフとなった薫は、日々感謝の気持ちで、店の為に懸命に働いた。
それでも、まだキャリア一年の新人ニューハーフには変わりなく、雑用を担当し、今日も帰りが遅くなってしまった。
少しお腹が空いていた薫は、何処かで食べてから帰宅しようと、店を出てから、飲食店が立ち並ぶ筋の方に向かった。
朝までやっているラーメン屋で、超遅めの夜食を平らげると、タクシーに乗る為に大通りに出た。
ここまでは、ごくありふれた薫の日常だが、その日は少しだけ勝手が違った。
(あれ?全然タクシーがいないじゃん)
いつもなら、三、四台停車しているのに、一台もいない。
二メートルほど前にも、同じようにタクシーを待つ男性が困ったように遠くを見つめていた。
少し場所を変えた方がいいと、薫はその場を離れようとした。
そのとき、前にいたその男性が薫に気付き、声をかけてきた。
「タクシーですか?」
「あ、そうなんです。」
「地下鉄とJRが事故だかで、両方止まってるみたいっすよ。
で、そのまま終電まで復旧しなかったから、みんなタクシーの方に流れてきちゃったみたいですね。」
「えっ、そうなんですか?」
「二つ共止まっちゃうなんて珍しいですよね。
週末だし、余計捕まんないなあ。」
感じの良い、身なりもきちんとしたその男は、童顔ではあるが、イケメンで、薫と同い年くらいに見えた。
「しばらく待てば来ますでしょうか」
「いや、携帯のタクシーアプリで見てたんすけど、この時間はなかなか厳しいみたいですね。
あっ‥」
そんな話を男がした瞬間、空車マークを点灯させた一台のタクシーが向こうの方から走ってきた。
「来ましたね。これで、少し希望が出てきました。」
薫は、自分にも次のタクシーが、早めに来る事を期待して言った。
すると、男は
「あの、こんな事聞くのはなんですけど、どっち方面に住んでます?」
「ワタシですか?
えっと、住吉の方なんですけど。」
「あ、俺もそうなんですよ。
よかったら一緒に乗っていきません?」
「いいんですか?」
薫も、こういう部分は男なので、警戒心もなく、素直に男の厚意を受け入れた。
先ず、男が乗り込み、続いて薫が乗った。
車は南に向かって走り出した。
「なんか、すいません。」
「いえいえ、この時間にぼーっと待ってるのって辛いっすもんね。」
「仕事柄、タクシーで帰るのが当たり前になってるんですけど、たまにこういう事、ありますよね。」
「ホントですね。
先にそちらの方に寄りますよ、どちらに向かえば良いですか?」
「あ、それは申し訳ないので、そちらを優先して下さい。」
「俺、帝塚山の方なんですけど、近いです?」
「えっ、ワタシもです」
「なんだ、よかった。
帝塚山三丁目のマンションなんすよ。」
「‥ワタシも三丁目ですけど」
「まさかプレステージ帝塚山ってわけじゃないですよね?」
男は少年のような笑みを浮かべ、少し上気しながら言った。
「その、まさかです」
薫もびっくりした表情で返事した。
「えーっ!マジっすか!!」
男はそう言うと声を出して笑った。
タクシーがマンション前に着くと、男が全額支払い、薫の後から降りてきた。
「ありがとうございました。
半分お支払いします。」
「そんなの大丈夫です。
一人で帰っても二人でも一緒ですし、それに、楽しく帰れましたので」
「すみません‥でも、なんか申し訳ないです。」
「だったら、今度美味いラーメン奢って下さい。」
「あ、是非」
そんな会話をしながら、二人はエントランスからエレベーターまでやってきた。
「俺、六階なんです。」
「ワタシは九階です。」
男は薫の階のボタンを押し、それから自分の階のボタンを押した。
「今日は本当に有難うございました。
よかったら今度本当にお礼させて下さい。」
「また、会えたときはお願いします。
俺、多喜って言います。」
「ワタシは新田です。」
「それじゃあ、新田さん。
偶然が重なって楽しかったです。
おやすみなさい。」
多喜は笑みを浮かべ、頭をぺこりと下げてエレベーターを降りた。
薫も深々と頭を下げ、そのまま扉が閉まった。
薫は自分の胸の鼓動が高鳴り、赤面しているという感覚に、恥ずかしさを覚えながら、帰宅した。
薫は後片付けを終えて店を出た。
沢木組を辞め、ニューハーフに転身してから一年以上が経ち、すっかり女っぽくなった。
二週に一度の女性ホルモンの投与に加え、三ヶ月ほど前には去勢手術も行い、体つきもすっかり変わった。
乳房の膨らみは勿論、筋肉が落ち、皮下脂肪が程よく付き、全体に丸みを帯びた体型となった。
元々美形であるし、女性の姿となって街を歩いても、薫を男性だと見破るものはもう誰もいない。
これも小百合に紹介され、薫を厳しく育ててくれたキャシーママのおかげであった。
薫のポテンシャルがいくら高くても、右も左もわからないものを一人前のニューハーフにするのに、相当な労力を要したであろう。
今では押しも押されぬ看板ニューハーフとなった薫は、日々感謝の気持ちで、店の為に懸命に働いた。
それでも、まだキャリア一年の新人ニューハーフには変わりなく、雑用を担当し、今日も帰りが遅くなってしまった。
少しお腹が空いていた薫は、何処かで食べてから帰宅しようと、店を出てから、飲食店が立ち並ぶ筋の方に向かった。
朝までやっているラーメン屋で、超遅めの夜食を平らげると、タクシーに乗る為に大通りに出た。
ここまでは、ごくありふれた薫の日常だが、その日は少しだけ勝手が違った。
(あれ?全然タクシーがいないじゃん)
いつもなら、三、四台停車しているのに、一台もいない。
二メートルほど前にも、同じようにタクシーを待つ男性が困ったように遠くを見つめていた。
少し場所を変えた方がいいと、薫はその場を離れようとした。
そのとき、前にいたその男性が薫に気付き、声をかけてきた。
「タクシーですか?」
「あ、そうなんです。」
「地下鉄とJRが事故だかで、両方止まってるみたいっすよ。
で、そのまま終電まで復旧しなかったから、みんなタクシーの方に流れてきちゃったみたいですね。」
「えっ、そうなんですか?」
「二つ共止まっちゃうなんて珍しいですよね。
週末だし、余計捕まんないなあ。」
感じの良い、身なりもきちんとしたその男は、童顔ではあるが、イケメンで、薫と同い年くらいに見えた。
「しばらく待てば来ますでしょうか」
「いや、携帯のタクシーアプリで見てたんすけど、この時間はなかなか厳しいみたいですね。
あっ‥」
そんな話を男がした瞬間、空車マークを点灯させた一台のタクシーが向こうの方から走ってきた。
「来ましたね。これで、少し希望が出てきました。」
薫は、自分にも次のタクシーが、早めに来る事を期待して言った。
すると、男は
「あの、こんな事聞くのはなんですけど、どっち方面に住んでます?」
「ワタシですか?
えっと、住吉の方なんですけど。」
「あ、俺もそうなんですよ。
よかったら一緒に乗っていきません?」
「いいんですか?」
薫も、こういう部分は男なので、警戒心もなく、素直に男の厚意を受け入れた。
先ず、男が乗り込み、続いて薫が乗った。
車は南に向かって走り出した。
「なんか、すいません。」
「いえいえ、この時間にぼーっと待ってるのって辛いっすもんね。」
「仕事柄、タクシーで帰るのが当たり前になってるんですけど、たまにこういう事、ありますよね。」
「ホントですね。
先にそちらの方に寄りますよ、どちらに向かえば良いですか?」
「あ、それは申し訳ないので、そちらを優先して下さい。」
「俺、帝塚山の方なんですけど、近いです?」
「えっ、ワタシもです」
「なんだ、よかった。
帝塚山三丁目のマンションなんすよ。」
「‥ワタシも三丁目ですけど」
「まさかプレステージ帝塚山ってわけじゃないですよね?」
男は少年のような笑みを浮かべ、少し上気しながら言った。
「その、まさかです」
薫もびっくりした表情で返事した。
「えーっ!マジっすか!!」
男はそう言うと声を出して笑った。
タクシーがマンション前に着くと、男が全額支払い、薫の後から降りてきた。
「ありがとうございました。
半分お支払いします。」
「そんなの大丈夫です。
一人で帰っても二人でも一緒ですし、それに、楽しく帰れましたので」
「すみません‥でも、なんか申し訳ないです。」
「だったら、今度美味いラーメン奢って下さい。」
「あ、是非」
そんな会話をしながら、二人はエントランスからエレベーターまでやってきた。
「俺、六階なんです。」
「ワタシは九階です。」
男は薫の階のボタンを押し、それから自分の階のボタンを押した。
「今日は本当に有難うございました。
よかったら今度本当にお礼させて下さい。」
「また、会えたときはお願いします。
俺、多喜って言います。」
「ワタシは新田です。」
「それじゃあ、新田さん。
偶然が重なって楽しかったです。
おやすみなさい。」
多喜は笑みを浮かべ、頭をぺこりと下げてエレベーターを降りた。
薫も深々と頭を下げ、そのまま扉が閉まった。
薫は自分の胸の鼓動が高鳴り、赤面しているという感覚に、恥ずかしさを覚えながら、帰宅した。
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