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<第五章 第2話>

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  <第五章 第2話>
 今日は、ローランド孤児院のクリスマス・イベントの日だった。一年のうちで、最も重要な慈善活動だ。
 昨年までのクリスマス・イベントは、七名か八名の下級貴族女性のボランティアが、参加していた。全員、ローランド夫人が経営する秘密売春組織の娼婦だ。もちろん、孤児院側は、それを知らない。孤児院の院長のシスターも、知らない。
 ローランド夫人が経営する秘密売春組織は、表向きは慈善団体だ。アリバイ作りのため、実際に支援する孤児院が必要だった。三十年ほど前に、ローランド夫人は、財政難に陥っていたこの孤児院に目をつけた。毎月、支援金を贈るようになった。
 毎月一回、ボランティアの下級貴族女性が、アリバイ作りのために孤児院を訪れ、ボランティア活動をする。彼女たちの多くは、現役の帝国魔法学園の女学生だ。皆、高額な学費と寮費の支払いに苦しみ、娼婦として必要な資金を稼いでいる。彼女たちは、ボランティアの証拠を写真に収め、毎月発行する慈善団体のニュースレターに掲載する。
 平民富裕層の買春客は、表向きは、ローランド夫人が主催するローランド慈善財団に寄付をするために、ローランド邸を訪れる。
 買春客は、個室に通される。その個室には、書き物机と、椅子二脚がある。それに、大型ベッドが。
 買春客は、ボランティアの下級貴族女性から、一対一で、先月ないしは今月の慈善活動について、説明を受ける。ニュースレターを広げながら。椅子を並べて、寄り添うように座って。
 そのあと買春客は、規定の買春料金を支払う。表向きは、慈善団体への寄付金だ。それから、ベッドに移る。
 表向きは、慈善家とボランティア女性が恋に落ち、愛しあった、という設定だ。
 娼婦の取り分は、五十%だ。ローランド夫人の取り分の五十%のうち、何割かが孤児院への支援金に回されている。
 こうした設定のため、毎月発行するニュースレターは、重要なアイテムだ。特に、クリスマス・イベントの写真は、新規顧客を勧誘するためのチラシにも使われるため、とても重要だ。
 だが今年は、ルビー・クール一人しか、参加しなかった。
 ローランド夫人は、最近では、年に三回か四回しか、孤児院を訪れない。特に三年ほど前からは、十二月から三月までは、そもそも外出しなくなった。理由は、冬は寒いため、体調を崩しやすいからだ。ローランド夫人は、五十歳代半ばだ。すでに、貴族女性の平均寿命に達している。冬の寒い日に出歩いて風邪を引き、それが肺炎に悪化し、あっという間に死んでしまう可能性がある。
 ルビー・クールの母方の祖母が、そうだった。もう三年も前だ。母も、母方の祖母も、真っ赤な赤毛で、ルビーと呼ばれていた。祖母の初代ルビーは、初期メンバーだ。ローランド夫人が学生時代に始めた秘密売春クラブの。
 三年前から、ルビー・クールの母が、クリスマス・イベントを仕切るようになった。いや、そもそも、母が慈善活動の多くを担っていた。毎月発行のニュース・レターも、母がほとんど一人で編集・作成していた。慈善団体に関しては、母が、ローランド夫人の片腕だ。売春組織のほうは、そうではなかったが。
 母も、十一歳の誕生日の月に、母の母、初代ルビーに連れられ、孤児院を訪れた。母も、十二歳の誕生日に娼婦となった。母はその後、慈善活動にのめり込んだ。その気持ちは、わかる。ルビー・クールも、同じだったからだ。娼婦になったばかりの十二歳の時は、つらかった。
 だが、十三歳の頃から徐々に、孤児院での慈善活動に、のめり込むようになった。本当は、自分の学費と寮費を稼ぐために売春をしているのだが、設定のおかげで、孤児院の子どもたちのために、慈善家に寄付金をお願いしているような気持ちになった。
 慈善活動の説明の際には、母から渡されたガラス瓶の貯金箱を机の上に置き、「銀貨でも、銅貨でもいいですから、恵まれない子どもたちのために、ご寄付をお願いします」と頼んだ。
 買春客が、規定の料金とは別に、銀貨や銅貨を一枚入れるたびに、母から教わったとおりに、ルビー・クールは、買春客を、素晴らしい慈善家として褒め称えた。なじみになった買春客は、絶賛されると気分が良いようで、毎回、銀貨や銅貨を、何枚か入れてくれるようになった。ルビー・クールも、買春客の男を絶賛しているうちに、本当に、相手のことが良い人に見えてしまうようになった。ただの金持ちの買春客が、イケメンで思いやりのある善良な慈善家に見えてしまい、身体を許すのが、苦痛ではなくなっていった。
 規定の料金とは別の寄付金は、ルビー・クール個人の分として、孤児院に寄付している。
 いつしかルビー・クールにとって、孤児院の子どもたちは、とても大切な存在になっていた。
 おそらく母も、学生時代から、同じような心境になったのだろう。だから、学生時代から、慈善活動に熱心に取り組むようになった。
 だが母は、十月の市民ホール占拠事件のあと、体調を崩した。精神的に、参ってしまった。先月の十一月は、孤児院を訪れてボランティア活動をしたが、その後寝込んでしまい、ニュース・レターの編集が、一人ではできなかった。ルビー・クールが週末、ローランド邸で、文章の作成や編集を手伝った。その上、東区の印刷所まで行って、文章の最終校正までした。
 今月も体調が悪いのに、母は無理を押して、孤児院を訪れようとした。ルビー・クールが、必死になって止めた。母の代わりを、自分一人ですることにした。
 とはいえ、当初は、昨年までと同様に、数人の下級貴族の娼婦が、ボランティアとしてクリスマス・イベントに参加する予定だった。
 だが、一部は早い段階で、残りは直前になって、参加をキャンセルした。理由は、治安の問題だ。二ヶ月前の無産者革命党による市民ホール占拠事件は、貴族に対し、大きな不安を与えた。それに加え、クリスマスにあわせて、十二月に、無産者革命党が大きなテロ事件を起こすようだとの噂が、広がっていた。そのため、他の下級貴族女性は、キャンセルしたのだ。
 それにより、ルビー・クールが一人で、孤児院のクリスマス・イベントを担うことになった。一人で、七面鳥とケーキを焼くことになった。シスターにも手伝ってもらったが。
 もっとも、ケーキを焼く前だった。アンジェリカに手引きされた無産者革命党が、孤児院に来たのは。

  * * * * * *

 万全の準備を整えた上で、孤児院を出た。拉致された子どもたちを救出するために。
 孤児院を出て、すぐだった。
 通りに、一人の少年が立っていた。すさまじい殺気さっきを、放っていた。
 紺色のフード付きハーフコートを着ていた。ハーフコートの下から伸びる足は、ダボダボのジーンズだ。靴は、下層労働者がよくく布靴だ。
 フードを目深まぶかにかぶっているため、顔は見えない。
 その少年が、口を開いた。
 「赤毛ちゃ~ん」
 背筋の毛が、総毛立った。恐怖で。
 その声は、女殺し屋「ジャッカルの娘」だった。
 「あなたの絞首刑、見たかったわ」
 ルビー・クールは、恐怖で全身に鳥肌が立った。
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