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第一章 極悪伯爵令嬢、教室で大暴れ <第1話>

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  <第一章 第1話>
 ボクは、深森ふかもり熊人くまと。二十一世紀の日本人。魂だけは。
 肉体は、クマート・オスターラント。オスターラント準男爵の長男だ。オスターラント領は、帝国の東の最果てにある。
 クマートは、黒髪黒目の少年だ。
 一年と三ヶ月ほど前、魂が入れ替わった。クマートが実行した黒魔術の秘技、異世界魂交換魔術によって。
 クマートは、実母が亡くなり、父が再婚したあと、引きこもりがちになった。黒魔術書を読みあさり、領主城の裏庭で、黒魔術で使用する薬草の栽培に、没頭するようになった。
 昨年の五月末、中学二年の終業式の直前だった。
 継母によるクマート暗殺計画を知ってしまった。継母は、自分の連れ子を、オスターラント準男爵家の次期当主に、えるつもりなのだ。
 クマートの父は、継母にベタれで、いいなり状態だ。
 絶望したクマートは、魂だけでも逃げることにした。彼にとっては異世界である二十一世紀の日本に。
 異世界魂交換魔術は、時間と空間を超え、かれ合う魂を入れ替える。
 二十一世紀の日本と、この異世界は、無数に存在する平行世界の一つだ。
 乙女ゲーム『異世界ラブラブ恋愛学園』の原作者は、この学園の卒業生だろう。
 今から三年以上未来のこの異世界から、クマートと同じ方法で、二十一世紀の日本に来た。ボクがいた日本よりも数年前、もしくは十年以上前の日本に。
 その後、彼もしくは彼女は、ゲーム・クリエイターとなった。
 グレース・リッチランド伯爵令嬢の外見は、アニメ版とまったく同じだ。
 よって原作者は、今年、この学園に在学し、グレースを直接見ている。同学年かもしれない。
 教壇に立ったグレースが、言葉を続けた。
 「知らぬ者もいるじゃろうから、教えてごじゃろう。わらわは、王子殿下の婚約者じゃ。しかも王子殿下は、わらわにベタ惚れ、溺愛できあいじゃ。わらわの頼み事は、何でも聞いてくださる」
 溺愛は、本当だろうか。
 アニメ版では、最初から王子は、グレースに対して冷めていた。
 グレースが、さらに言葉を続けた。
 「ゆえに、わらわに逆らう者は、王子に頼んで、反逆者として処刑する。しかも、処刑は、貴様らだけではない。貴様らの家族も、親族も、婚約者も、その他の縁者も、一族郎党皆殺しじゃ!」
 グレースが、すさまじい形相ぎょうそうで、教室を見回した。美しい顔が、悪魔のようにゆがんでいる。
 教室中の生徒が、全員、うつむいた。自分の机の表面に、視線を落とした。
 目を、合わせないためだ。
 目が合うと、襲ってくる。
 本能的に、皆、そう悟ったのだ。
 まるで野獣のようだ。
 だが、野獣の方がマシだ。
 野獣なら、駆除できる。
 しかし、王子の婚約者である伯爵令嬢は、教室から駆除できない。
 グレースが、深呼吸した。それから、静かに話し始めた。
 「それではまず、平民の生徒から、奴隷宣言をしてもらう」
 付き人の生徒たちに、命じた。
 「平民の虫けらどもを、わらわの前に、引きずり出せ!」
 帯剣した付き人の生徒たちが、すぐさま行動を始めた。付き人は、男子生徒二名と、女子生徒二名の計四名だ。
 あっという間に、連行してきた。力尽くで。平民の男子生徒二名と、女子生徒二名を。
 土下座させた。平民の生徒四名を。グレースの前で。
 グレースが彼らを見下ろしながら、命じた。
 「宣言せよ。わらわの奴隷となり、わらわに忠誠を誓う、と」
 男子生徒の一人が、顔を上げた。ガタガタとふるえながら。
 メガネをかけた真面目そうな少年だ。
 彼が、口を開いた。震えながら。
 だが、はっきりと言い切った。
 「私は、虫けらでは、ありません。人間です。奴隷には、なりません。伯爵令嬢様には、忠誠を誓えません」
 激昂げきこうした。グレースが。付き人の男子生徒たちに、命じた。
 「この虫けらを斬首刑にせよ! 今すぐ、この場でじゃ!」
 だが、付き人の男子生徒二名は、動かなかった。
 いや、動けなかった。石像のように硬直して。
 教室で人を殺すのは、想定外だったのだろう。
 グレースが叫んだ。大男の付き人を、にらみながら。
 「パーカー! 抜剣ばっけんせよ! そして、斬首刑にするのじゃ!」
 大男の付き人パーカーが、剣をさやから抜いた。
 まずい、まずい、まずすぎる。
 このままだと、メガネ少年が殺されてしまう。
 その瞬間、思い出した。
 ネットで読んだゲーム版の情報だ。
 アニメ版では、描かれなかった事件がある。
 授業日初日に起きたクラスメイト斬首事件だ。
 王子が、婚約破棄を考えるきっかけとなった事件だ。
 なんとか、しなければ。
 しかし、どうやって?
 心の中で、頭を抱えた。
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