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<第一章 第2話>

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  <第一章 第2話>
 「姫様、お待ちください」
 付き人の女生徒が、グレースに声をかけた。
 グレースが、にらみつけた。彼女を。
 「エルシー、わらわに逆らうのか?」
 「めっそうも、ございません。ただ、反逆者の斬首刑は、王子殿下に相談してからのほうが、よろしいかと」
 「必要ない。殿下は、わらわの頼み事は何でも、笑顔で、かなえてくださる」
 付き人の女生徒エルシーは、押し黙った。何か、言いたそうだったが。
 グレースが、視線を向けた。大男の付き人パーカーに。
 「斬首刑に……」
 その瞬間、女生徒が口をはさんだ。もう一人の女子の付き人だ。
 「姫様、お待ちください」
 怒鳴りつけた。グレースが。
 「アイラ! おぬしも、わらわに逆らう気か!」
 「めっそうも、ございません。この近距離で斬首刑にしますと、返り血で、姫様のお召し物が汚れてしまいます」
 一瞬、動きが止まった。グレースが、吟味ぎんみしているのだ。アイラの指摘を。
 「うむ。それは、嫌じゃな」
 「でしたら、斬首刑は、広い場所で後日にしたほうが、よろしいかと」
 アイラも、避けようとしているのだ。教室での殺人を。
 グレースは、男子生徒の付き人に、視線を向けた。パーカーとは別の男子だ。
 「ウォード。ここに、広いスペースを作れ。机と椅子を、教室の後方に、さげよ」
 「ハッ。かしこまりました」
 ウォードは、背の高いせ型の少年だ。痩せ型ではあるが、服の上からでも分かる。腕の筋肉は、だいぶついている。剣術の修行を、かなり積んでいそうだ。
 ウォードが、剣を抜いた。前方の席の生徒たちに、命じた。机と椅子を、教室の後方に移動させるようにと。
 数分後には、教室の前方に、ある程度の広さのスペースができた。
 メガネ少年が、そのスペースの中央に、土下座させられた。
 彼の後方には、剣を抜いたパーカーがいる。
 パーカーが、剣を振り上げた。
 その瞬間だった。
 叫んだ。早口で。メガネ少年が。
 「私には、権利があります。生存権、自由権、それに……」
 グレースが激昂げきこうし、怒鳴り散らした。
 「権利など、ない! いかなる権利も! 虫けらのような弱者には!」
 パーカーは、剣を振り上げたまま、静止した。グレースが話し終わるまで、剣を振り下ろすのは、まずいと思ったからだろう。
 グレースが、怒鳴り続けた。
 「権利とは、わらわのような強者が持つものじゃ。弱者の権利は、強者が与えたものじゃ! ゆえに強者は、いつでも自由に、弱者の権利を剥奪はくだつすることができるのじゃ!」
 グレースが、教室を見回した。悪魔のような形相ぎょうそうで。
 「虫けらども! 心して聞け! 貴様らに、生存権を売ってやろう。一人、一万ゴールドじゃ!」
 一万ゴールドは、帝国共通金貨で一万枚だ。帝国共通金貨一枚の価値は、日本円換算で、十万円相当だ。食料品の価格を基準にすると。
 よって一万ゴールドは、十億円相当だ。
 なるほど、これが、目当てだったのか。
 内心、合点がてんがいった。
 平民の生徒の中には、大金持ちの大商人の子弟もいる。
 彼らの父親なら、十億円を払う者もいるだろう。
 なぜなら、それにより、伯爵令嬢とのコネを得られる。
 しかも彼女は、王子の婚約者だ。将来的には、商業上の特権を得られるはずだ。十億円を払っても、長期的視点では、充分、元が取れる。
 だが、下級貴族で支払うことができる者が、いるだろうか。
 いるわけがない。
 中級貴族は、どうであろうか。
 おそらく、いないのではないか。
 では、上級貴族ならば?
 オスターラント準男爵領では、領国政府の年間国家予算が、日本円換算で、七十億円くらいだ。
 十億円は、払えない金額ではないが、払いたくない。
 不当な要求だからだ。
 グレースは、怒鳴り続けた。
 「一万ゴールドを払えば、わらわの奴隷として、三年間、殺さずに、こき使ってやろう。一万ゴールド払わなかった者は、奴隷として売り飛ばすこともある。役立たずの奴隷は、殺処分じゃ!」
 「非道すぎる!」
 悲痛な声で叫んだ。メガネ少年が。
 グレースが視線を向けた。メガネ少年に。
 「弱者に、強者に意見する権利などない」
 それから、パーカーに視線を向けた。
 「この虫けらを、斬首刑にせよ」
 パーカーが、ふたたび高く、剣を振り上げた。
 まずい、まずい、まずすぎる。
 このままでは、取り返しのつかないことになる。
 もうボクが、やるしかないのか。
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