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本編

-163- そういう人なんです オリバー視点

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急にアレックスから声をかけられて、大丈夫ですよと言いはしましたが、良い言い訳が出てきませんでした。
急なのはいつものことですので構いませんが、姿が見えない分余計に心配をかけてしまっているかもしれません。
いえ……その、今見られた方が非常に困りはしますが。
気遣うようなアレックスの声に申し訳なさを感じつつも、私ではなく傍にいるであろうアサヒを頼る選択をされたことに、肩の力が抜けました。
いいえ───正確には、アレックスの言葉にアサヒが無言で『任せろ』と言ってくれたからです。


「お久しぶりです、アレックス様。オリバーは大丈夫ですけど、少しだけ時間をください。
俺でわかることなら、このまま。
話している間には、復活すると思います」
『わかった』

アサヒは少し余所行きの声でアレックスに“私の時間が欲しい”と言ってくれました。
穏やかで品が良く、優しいこの声も本来のアサヒの中のひとつです。
男性にしては少しばかり高い声。
それでいて、さらりと耳に届くアサヒの声は、凄く印象的だと思います。

アサヒは普段わりと早口ですし、緩急がついた話し方をします。
そのたびに表情を変えられて。
そういうところが、とても可愛らしいと思いますが、今は違います。

相手にきちんと聞いてもらえるように、ややゆっくりと告げて。
交渉の時もそうですが、こういう話し方をするときのアサヒはとても頼もしい。
頼もしいのですが。

「もう少し言い方を」

復活って……復活とはなんですか。
誤魔化さずに正直に伝えることが全て正しいとは思えません。
アサヒがちょっとおどけた口調で伝えるから、アレックスが笑っているじゃないですか。
ああ、でもあからさまにほっとしてどこか和らいだ空気感になったのも事実ですね。
でも……それでも、もう少しなんとかならなかったのかと私は不満です。

「考えたから、珍しくオブラートに言ったんじゃん」
「オブラートとは?」

オブラートとはなんでしょう?
アサヒの元居た世界はにあって、こちらにはないものが度々アサヒの口から出てきますが、今回もそれでしょうか。

「え、オブラートって通じねえの?」

アサヒがびっくりしたように呟きます。
もう、アサヒがこんな感じでは取り繕う必要もないですね。
泣いていたこともバレてしまいましたし。

「遠回しに言って相手を傷つけないように……って、おまっ、ここでかむなよ───あ、すみません」

ティシューを二枚引き出し、ぐずぐずしている鼻をかむと、アサヒからここで鼻をかむなとお叱りがとんできました。
別の部屋でかむなんて出来ませんよ。
相手がアレックスであるとはいえ、私のいないところで会話をさせたくありません。

アサヒの“あ、すみません”は、アレックスに対してで、本当に申し訳なさそうに謝りました。
私との態度の差がありますが……それはいいんです。
むしろ、それがいいんです。
アサヒが私に対して気を許してくれている証拠ですから。

アレックスは、私とアサヒのやり取りに面白そうに笑うだけでした。



『今月末に、こちらで友人と集まり食事をするのをコナーから聞いているだろうか?』
「はい、つい一昨日に」
『オリバーとアサヒは転移でうちまで連れてくから参加出来そうか?うちで一泊して、次の日の朝帰ればいい』
「ありがとうございます」

アレックスから、嬉しい提案をしてくれました。
アサヒが間を置かずにお礼を告げています。

コナーは、何が何でも、どうしても集まりたかったようですね。
こんなに早くアレックスから提案をしてくれたのは、ユージーンかコナーか……ユージーンでしょうか。
お二人のどちらかが、アレックスから私へ提案するように背中を押したのでしょう。
本来のアレックスなら、もっと直前で私に話を持ち掛けるか、私が断わりを入れた後で提案してくるかのどちらかだと思うのです。

『ただ、うちの領は問題ないが、帝都から出る記録がつかない。うちと店だけの往復になるが』
「それは大丈夫です。今年いっぱいは、毎日状態を観測したい植物がいくつかあって、参加自体が難しいと俺もオリバーも思っていましたから」

アレックスは申し訳なさそうに告げてきますが、アサヒの言うように私たちにとってはありがたい話です。
今まで家を空けられないことは、私にとってメリットしかありませんでした。
本来、出不精の私です。
それを理由に誘いを断ることが簡単に出来るのです。
言い訳を考える苦労もなく、相手も納得してくれる立派な理由です。
タイラーとソフィアという心許せる使用人に助けられながら、植物に囲まれて研究を続けられることだけに幸せとありがたさを感じていました。

ですが、アサヒが来てからは、アサヒと一緒なら遠出もしてみたいと思うことが増えました。
いつかは……いいえ、出来るだけ早くエリソン侯爵領を案内してあげたいとも思っています。
結婚式も上げていませんし、旅行もしていません。
アサヒは特に何も感じていないようです。
結婚式をするのかしないのかをアサヒから聞かれたことはありません。

ですが、結婚式をあげ、その後一週間ほどかけて旅行に行くことが、です。
帝国内の、ごく一般的な貴族の新婚さんは、皆そうしているのです。

結婚式の規模と旅行の豪華さが、今後の幸せを左右するとも言われています。
恐ろしい考え方だとは、今でも思っています。
支度金もピアスとブローチも用意し、部屋を整えたうえで更に結婚式と旅行ですからね。
まあ、ピアスとブローチは相手も出すものですが、迎え入れる方の負担は本来とても大きいものです。

アサヒは、結婚するにあたってものを欲しがりませんでした。
唯一欲しがったのは、私自身です。
それが本当に嬉しかった。

籍を入れた後、『式はあげないのか?あげるんだろう?』ですとか『旅行はしないのか?出来ないならば少し研究に区切りをつけんと』ですとか『アサヒは豪華なものを望んでいないのか?神器様だろう?部屋の調度品がお気に召さない時は遠慮なく父に言いなさい』ですとか『足りないようなら遠慮なく言うんだぞ』ですとか、それはもう父上が何かと心配してくれました。
煩わしいほどに、です。
私に聞いた同じことを、タイラーにまで聞く始末。

『オリバー様の言う通り、アサヒ様はとても謙虚で勤勉で優秀な方です。物を滅多に欲しがりません』と誇らしげにつげるタイラーの言葉にようやく落ち着いてくれたのですが。
息子の言葉を信用して欲しいものです。


そういうアサヒですから、今回の集まりについても、行きたいとは口にしてきませんでした。
行きたいか行きたくないかで言ったら、行きたいでしょう。
ですがきっと即答したのは、私を思ってのこと。
自分の気持ちを優先してアレックスに是非と告げたわけじゃないことくらい私でもわかります。

アサヒは、自分より私を優先します。
それを不満とも我慢とも思ってもいない。
もしかすると、自分で気がついていないことも多いかもしれませんね。
私に『遠慮するな』と言ってくるくらいです。
アサヒはしたいからそうしてるのだと。

アサヒは、そういう人なんです。
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