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本編

-164- ラソンブレ オリバー視点

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アサヒは、本当に優しい人ですね。
他人を労わる心を持っています。

使用人のタイラーとソフィアですが、アサヒにとってはもう“家族”なのでしょう。
確かに、タイラーもソフィアも歳なので、私もアサヒに同意します。


『なら良かった。詳しい時間はまた』
「はい」

アレックスは、またもやほっとしたように答えました。
アレックスの立場上、アサヒが断ることをしないのでは?との考えが過ったはずです。
彼も彼で、とても優しく面倒見の良い方です。
その手に救えるものは、全て救っていく。

私も、無理なものは無理だと最初から言いますが、アレックスにそれをしないのは彼が侯爵様だからでなく、無理難題を押し付けてこないからです。
勿論、難しいこともありますよ?
それでも、絶対に無理なことは言いません。
おそらくですが、領主であることも関係しているのでしょう。
先を見据えて、物事をある程度判断してから行動に移す人です。
失敗を恐れている訳ではなく、ある程度のリスクと、その対処をも視野に入れて次の道を……いいえ、さらにその次の道くらいまでは考えているかと思います。

私は、とりあえず先にやってみる、というのが常です。
ユージーンも、コナーも……ああ、コナーはまた少し考えが異なるかもしれませんが、それでもやはり、“やってみる”が勝ちます。
やってみて駄目なら次、という考えです。
ですが、きっとアレックスは、ということ自体許されていない立場なのかもしれません。
今出来ないことでも、いずれはやらねばならないこともあるでしょう。

エリソン侯爵領が豊かであるのは、先代のお力ももちろんあるかと思いますが、ここまで急速に発展しているのはアレックス本人の力です。
それでも、方々に問題はあります。
重圧に押しつぶされることなく、抱えながらもしっかりと切り開いて歩んでいく様子は、この方ならと思うことでしょう。
とても器の大きい方です。
そういう方だからこそ、私も上へと引っ張られる。
もちろん、良い意味でですよ?

アレックスには、感謝してもしきれません。
だからこそ応えたいというのもありますね。


私が思いを馳せている間に、アレックスとアサヒの話題ははシリル君のことへと変わっていました。
丁寧に説明をするアサヒは、梟相手にきちんと向き合っています。
こちらの姿は見えないというのに、向き合う姿勢がなんとも真面目だとは思いませんか?

別に視線を向けるのは私の方でも良いと思うのですが───などと思いながらもようやくしたのでアサヒのすぐ傍まで身を寄せました。
話を折らずとも、こうすればアサヒなら気が付くでしょう。


『それと、レンがハワード伯の第二夫人エリー様の紹介で、オリバーの母君、シャーロット様にお会いした。その時に、今月末の集まりがバレてしまった』
「え……それは」

アレックスの話す内容に驚いて、思わず声に出てしまいました。
アサヒとアレックスの話に割ってしまいましたが、この話題からアサヒとこのまま交代するきっかけにもなりました。

話の内容も気になりますが、梟を相手に俯き加減で話していたアサヒの白い首筋にも気を取られてしまいます。
今日も変わらず、とても甘い苺の香りです。
細い腰をそっと抱き寄せ、余った片手は手のひらを合わせるように優しく握りしめると、アサヒが小さく息を飲んだのがわかりました。
これで『ここからは私に任せてください』ということは、言わずとも伝わったことでしょう。


『フレディも誘うそうだ』
「先にアレックスから聞けて良かったです」

アレックスもアレックスで、私が話を交代してもそれについては何も言っては来ませんね。
助かります。

ですが、その話の内容は少なからず厄介事のように思えてなりません。
いい年した友人同士が集まって飲むことを聞きつけた、まではわかります。
ですがその先、その親同士がならば私たちも一緒に、となりますか?なりませんでしょう?
普通なら『楽しんで』で終わるでしょう?
でも、そうならずに、『ならば私たちも』になっちゃったんですね。
アレックスですら、来るな、とは言えないでしょう。

母上もフレディ兄上もアサヒに会いたいと手紙で伝えていました。
絶対に来るはずです。
父上がちょっと『友人たちとの集いなら今回はそっとしてあげた方がいいんじゃないのかい?』等と言ってくれてもきっと勝てません。
父上が母上に口で勝てたことは一度とてありませんから、ほぼ確定です。

「ちなみにお店は……」
『レンがいるからな、黒猫亭は却下した。ラソンブレの個室を2部屋に分けてとってある』
「ああ、それならば助かります」

ラソンブレは、領都にあるレストランで一番の高級レストランです。
貴族や裕福な商人だけでなく、庶民でもお祝い事に使われます。
個室がいくつかあり、人目を気にせずゆっくりと過ごすことが出来ます。
生演奏があるのであえて個室を取ることなく広間で楽しむ方も多いと聞きます。
ドレスコードがあり、入り口では持ち物の検査まであるんですよ。
ああ、検査といっても、魔道具での検査ですので気が付かない方の方が多いようですが。
とにかく、領都で一番安全で信用のおけるお店なことには違いありません。

個室ですから、流石に直接突撃してくることはないでしょう。
偶然を装って、食事が終わったころに声をかけてくるくらいはすると思いますが。
勿論、事前に店員に話をつけて。
ラソンブレの店員ですから、アレックスにきちんと確認を取った上で案内するはずです。
そのくらいでしたら許容範囲です。


ふわり、と苺の香りの甘さが濃くなりました。
ああ、アサヒは私の声にも弱いのでしたね。
耳元で話していたので、意識してしまったのでしょう。

でも、私は全く困りません。
アサヒがアレックスの話より私の方に意識を向けてくれるのが嬉しいだけです。
それに、こういう時のアサヒもとても可愛らしいんですよ?
ほら、今もです。
シャツの裾の隙間にそっと指を差し入れると、すぐにその手を掴んできました。
頬を染めて、でも上手く拒めないのは、行為そのものが嫌じゃないからでしょう。

本当に可愛らしい。
私がそれ以上進む気がないのを知ると、少しだけアサヒは背を預けてくれました。
少しの重みが心地いい。
私も流石にアレックスと会話をしながらアサヒを可愛がるなんて真似はしません。


『アサヒ、レンには専属従者のセオを同じ部屋につかせる。扱いは従者としてではなく、子爵として参加してもらうつもりでいる。アサヒと同年だ、よろしく頼む』
「はい」
「レン君に、従者をつかせるのですか?」

ラソンブレで個室なのにも関わらず、さらに従者をつけるのはレン君もアサヒも食事が楽しめないのではないでしょうか?
そこまで固める必要もないと思うのですが。

『部屋が別々なんだ。じゃないと俺が気になって食事どころじゃない』

立場上、自分の目に届かない場所では、少し過剰になっても仕方ないことかもしれません。
まして、アレックスにとってはじめての恋人ではじめての伴侶です。
しかし……マナト君とレン君は大丈夫ですが、問題はその従者がアサヒに惚れはしないかと心配になります。

『セオは、夫同然の恋人もいるし、間違ってもアサヒやマナトに惚れるようなことはない。そこは、安心してくれ』
「ああ、なるほど」

考えて見れば、レン君の従者ということはそういう方面で安全な方なのでしょうね。
アレックスが、自分以外にレン君の傍にいることを許す相手です。

アレックスの従者は三人。
その中の一人に、線が細い方がいましたね。
恐らく、その彼なのでしょう。
私自身との交流はありませんが、フィッツ家の方だったはずです。

『アサヒたちを信用してないわけじゃないんだが、万が一の保険だと思ってくれ』
「はい」

万が一の保険、ですか。
万が一レン君が襲撃されることがあったとしても、店員だけで解決出来るようなお店です。
マナト君がどれほど動ける人かはわかりませんが、アサヒが一緒なんです。
それに、レン君自身も動ける人だと聞いています。
過剰戦力でしょう。

もしかしなくても私たちの部屋の方が圧倒的に弱いのではないでしょうか。
足手まといでしかない私と、騒ぐだけ騒ぎそうなコナーに、そういう場には全くもって慣れていないユージーン。
アレックス一人で一瞬で何とかしてしまう力があるにしろ……。
寧ろこちらのほうが必要なんでは?などと思うも、アレックスの気がそれで治まるならそれがいいのでしょう。

折角の機会です。
食事を気兼ねなく楽しめることが、一番ですから。
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