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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

降り積もる雪の中で

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「大丈夫かライナス! 車はどうした?」

「……途中のカーブでスピンして、雪の中に突っ込んでしまいました」

 詳細を聞かずとも、どの場所でどんな状況で事故を起こしてしまったのか想像がつく。町から山道へ差し掛かったばかりのカーブは、街灯があっても薄暗い。加えてこの吹雪で視界が悪い。常に陰になっている所だから寒くて凍りやすい。

 よく通い慣れている地元民でも、うっかりして車をスピンさせることがある要注意ポイント。初めてここの冬を味わうライナスが事故を起こしてもおかしくはない。

 どこかおかしな所はないかとライナスを見回しながら俺は尋ねる。

「路面も視界が悪いからな。まあ、ここらじゃあ珍しくない。ケガはないか?」

「は、はい……」

 事故を起こしてショックを受けているのか、ライナスがシュンとして答える。加えて体も凍えて、元気が根こそぎ奪われている。

 早く家の中に入れなければ。そんな焦りから、俺は迷わずにライナスの手首を掴み、引っ張り歩く。

「車、どこかに連絡はしたのか?」

「あ……いえ、まだ……」

「家に戻ったら連絡しておく。だからライナスはしっかり体を温めることだけ考えろ」

「カツミさん……ありがと、ございます」

 ライナスの声が震えている。寒さのせいか、それとも涙目になっているのか。何に対してもめげなさそうな奴だが、さすがにこれは堪えるのだろう。

 俺は振り向かず家までの道を早足で進んでいく。ついさっきまで俺が作り上げた雪中の道は、もう積雪で埋もれ始めている。間もなくに完全に消えそうだ。

 しばらく雪に閉じ込められることになるのか、ライナスと……。

 ふとそんなことを考えてしまい、体の奥が熱くなる。逃げることも、追い出すこともできなくなるのだ。雪が落ち着くまでの間、俺は逃げ場を無くしてしまう。それが嫌で当初はライナスを降雪前に帰ってもらおうとしていた。

 だがライナスは根気強く俺についてきて、俺はライナスの絵に惹かれてしまって、前よりも受け入れてしまって――こうして自らライナスを家に戻そうとしている今に、自分が変わってしまったことを実感する。

 もう取り返しがつかない所まで来てしまったのかもしれない。
 今からでもこの手を離すべきだ。

 そう考えても俺の手はライナスを掴み続けてしまう。手放すどころか、吹雪の中で絶対に離れ離れにならないよう強く握り続ける。

 静けさの中、俺たちの足音だけが聞こえる。もう間もなく家に着きそうになり、俺はライナスに振り向いた。

「あと少しだ。頑張れ」

「……はい」

 青白く凍えたライナスの顔に、笑顔の明かりが灯る。
 力が抜けた安堵の笑み。しかしその目は、純粋な喜びに色めき立ったものが混じり、やけに湿り気を感じてしまう。

 本当に俺は、ライナスを家に入れてもいいのか?
 一瞬だけ俺の頭に疑問がよぎる。だが降り積もっていく雪があまりに酷くて、手放すことはできなかった。

 まるでライナスを誰もいない寒々しい中に置き去りにしてしまう気がして――孤独の寒さなんて、ライナスには似合わない。

 俺は小さく口端を引き上げると、玄関扉を開けて一緒に中へ入るまで、ライナスの手首を掴み続けた。
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