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ルーシー、結婚する。【1】
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【ルーシー視点】
「さ、ルーシー行くわよ」
「どちらへでございますか?」
「町に決まってるじゃない。買い物よ買い物」
結婚披露のパーティーを3日後に控えた日。
学校がある時は、ほぼ毎日のように朝食を食べに来ているレイモンド王子とお子様達を学校へ送り出し、サリーやミルバと洗濯をし、掃除を終えた辺りになって、小説の執筆をしていたリーシャ様がいそいそと私のところへやって来た。
編集者であるライラと話し合い、結婚するので少しお休みをもらいたい旨伝えると、
「あら、ますます公私ともに充実して作品も良くなりますわね!おめでたい事ですからごゆっくり。ふふ」
初期の頃からリーシャ様の作品をずっと扱っていた功績で先日副編集長になったライラは、そう言うと1ヶ月もの休みをくれた。
いやそんなに貰ってもと思ったが、帰ってリーシャ様に報告したら、
「久々の長期休暇~♪ルーシーの結婚式終わったら釣り旅行する~♪」
「母様~僕らも行く~♪」
「母様~私たちも~♪」
と大喜びしてお子様たちと祝いのふんばば踊りをしていたので、まあいいかと思った。
私も護衛のため付いていく事を宣言し、グエン様の休暇の後に予定を組んで頂くようお願いした。
仕事から戻られた旦那様も、
「俺も有休を申請する」
と翌日には本当に私の結婚式の日を含めて2週間の休みをもぎ取って来られた。
あの行動力の早さにはいつも感心させられる。
リーシャ様とお子様たちが絡むといつもだが。
ヒューイ様にはかなり泣かれたそうだが、奴には腐るほど貸しがあるので、たまにはいいんだとリーシャ様に話しているのを聞いて、書類に埋もれているヒューイ様を想像して少し同情した。
まあシャインベック家の幸せが最優先なので、頑張って頂こう。
「まだ夕食の買い物には早いのではございませんか?」
夕方になってからの方がタイムセールで安くなる事も多いので、いつもはそれを狙って行くのにと思っていると、リーシャ様が呆れた顔で、
「何を言ってるの。ルーシーの買い物に決まってるじゃないのよ」
とマカランが御者席に座っている馬車に押し込まれた。
「ルーシー、貴女これからグエンさんの妻になるのに、ろくに服も小物も買ってないじゃないの」
何故かリーシャ様に叱られた。
「……いえ、少しは買いましたが」
ただ私は普段は仕事でメイド服だし、休みは動きやすい服を好むので、女性らしい服が少ないと言われると返す言葉もないのだが。
先にグエン様の屋敷に自分の荷物を運び込んだ時にその事を説明したが、
「僕はルーシーが居ればいいから。
別に好きな格好でいればいいんじゃない?」
と仰られたので、無駄な出費もせずに済んで良かったと思っていたのだ。
「……貴女、私の結婚の時にはヨレヨレのパンツだの寝間着だのばんばん捨てて新しいのをごっそり買わせたくせに、なんで自分の時はあるもので済まそうとするの!」
リーシャ様が珍しく私に説教をしているのが新鮮で、自分の事を思って頂いてると思うと、言葉に出来ない感動で胸がジンとする。
それにしても、どんな美人でも怒ってる表情は醜くなるものだが、リーシャ様は美しさが全く損なわれないのがすごい。流石に私が生涯を捧げると誓っただけの方である。叱る声すらもフルートの音のように繊細で耳に快い。
まあこんなことを本人の前で言うと、ぶわっと鳥肌を立てて心底嫌そうな顔をするのだが。
あの自己評価が限りなく低いところもまた……。
「ねえちょっとルーシー、聞いてるの?」
「はいしっかりと」
私は頷いた。
「ですが、グエン様は好きな格好でいいと仰せでしたので、よろしいかと」
「それが駄目だって言ってるのよ……っとと」
マカランは普段余り馬車を操らないので、スピード重視のためかなり揺れる。アレックは今日は休みの日だ。
体がぐらついたリーシャ様を支えつつ、
「ダメ、とは」
と聞き返した。
「相手がどう言おうと、好きな人には少しでも綺麗とか可愛いって思って貰いたいじゃないの。ルーシーは普段も可愛いけど、服装1つでもっと可愛くなるわよ?」
傾国の美貌を持つ女性からそんなこと言われても。
第一、私はもう32である。
女らしさや可愛げがないのは自分でも自覚がある。
「18で嫁ぐのと32で嫁ぐのとは訳が違いますわ」
「初めて結婚するのは同じじゃない。
私はね、ルーシーが結婚する時には、絶対に自分で選んだモノをプレゼントするって決めてたのよ」
くっくっくっ、と笑うリーシャ様が何やらものすごく楽しそうで、余り断るのも大人げないかと諦めた。
「……ありがとうございます」
そう答えないと、また私の休みを増やそうとしたり仕事を減らしたりする脅しがかかる確信があった。
◇ ◇ ◇
「いえ!これはちょっとまずいですわ」
「何がまずいのよ」
「こんな露出度の高いモノは下着とは呼べません」
「露出は多ければ多いほど殿方が喜ぶとルーシーが教えてくれたのよ?……あら、まさか嘘だったの?」
「いえっ、決してそのような事は」
いわゆる高級店と呼ばれる店で、柔らかい印象を受ける上品なワンピースやツーピース、少々扇情的な体にフィットし過ぎるサマーニットシャツなど何着もポイポイと店員に渡して行くのには血の気が引いたが、かなりセクシーなモノが多いと評判の高い下着専門店で選んでいくナイティやブラ、パンティーなどを見ていると、今度は逆に顔がカッカと熱くなってきた。
表情に感情が出にくいのだけが救いである。
「あら、これ可愛いわ。ほらルーシー見て!クリームイエローのベビードールなんていいわよね。この胸元のレースの部分が花になってるのよ」
「……左様でございますか」
「あら、好みじゃない?それじゃあこの黒の総レースは?ほらサイドが脇近くまでスリット入ってて脱がせやすい仕様になってるの。前世でも見た事がない露出度の高さでかなりエロいけど、スタイルのいいルーシーならむしろこっちの方が──」
「いえ、クリームイエローの方でお願い致します」
黙ってるとどんどん布地が少ないモノを選ぼうとするリーシャ様に、慌ててまだ露出度の低い(肩ヒモというレベルで個人的にはアウトだが)下着を選んで頂いた。
リーシャ様が結婚する時の私の下着選びをそのまま参考にしているらしいが、あれは何を着ても絶対に似合うリーシャ様だからのチョイスであって、こんな筋肉質のゴツゴツした中年女が着るものではない。
グエン様は私の戦う姿が好きだと仰って下さるが、やはり女性らしい柔らかい体を好まれるのではないかと思う。柔らかいのは無駄に大きな胸ぐらいだ。
細かな擦り傷や打ち身の跡が残るような体では興醒めではないかと思うのに、更にこんな若く可愛らしい女性が着るような下着などで初夜を迎えたら、かなり引かれるのではないか。
それにこの前グエン様は初めてだと言っておられたし、せめて年上の私がリードすべきかとも思うが、私も初めてだ。
男性と男性の濡れ場はリーシャ様の本で学習済みだが、男女のソレとなるととんと疎い。
そうだ、そちらも学習しておかねば。
「リーシャ様、少々買い忘れたものがございました。少しだけ失礼しても?すぐ戻りますわ」
これも捨てがたいけどこっちも……などと下着と言うより端切れのようなものを前に悩んでいるリーシャ様に(どっちも要らない)とでかかった声を抑え、私は断りを入れた。
「ええ待ってるわ」
頭を下げると早足で2軒隣の本屋に向かい、目的のゾーンでざっと見回して『初夜の作法』と『知らなかった!閨の常識100選』というのを選ぶと、ついでに薄い本コーナーでリーシャ様の本を目立つように置き換え、支払いをして戻った。
急いだつもりだったのに、既に会計を済ませて表に立っていたリーシャ様は1枚の絵画のようで、辺りの男性の注目を一身に集めていたが全く気づいてないようだった。私を認めるとぱっ、と笑顔になり、
「あら本屋だったの?私も付き合ったのに」
と紙袋を見て呟いた。
「まあリーシャ様、経理関係の本はお好きでしたか?」
「……喉が乾いたわねー。ちょっとお茶でも飲んで、面倒だから夕飯の買い物もして帰りましょう」
白々しく話題を変えて私の手を引くリーシャ様に合わせて歩きながら、誤魔化せてホッとしたのだったが。
ー ー ー ー ー ー ー ー
(まさかこんな事を?……まあ、嘘!こんなふしだらな……薄い本より敷居が高いんじゃ……え、普通の夫婦はこんなことまでするの?……)
私はベッドで正座をしながら昼間購入した本を読みながら、あまりの衝撃に目眩がしてその晩は一睡も出来なかった。
「さ、ルーシー行くわよ」
「どちらへでございますか?」
「町に決まってるじゃない。買い物よ買い物」
結婚披露のパーティーを3日後に控えた日。
学校がある時は、ほぼ毎日のように朝食を食べに来ているレイモンド王子とお子様達を学校へ送り出し、サリーやミルバと洗濯をし、掃除を終えた辺りになって、小説の執筆をしていたリーシャ様がいそいそと私のところへやって来た。
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初期の頃からリーシャ様の作品をずっと扱っていた功績で先日副編集長になったライラは、そう言うと1ヶ月もの休みをくれた。
いやそんなに貰ってもと思ったが、帰ってリーシャ様に報告したら、
「久々の長期休暇~♪ルーシーの結婚式終わったら釣り旅行する~♪」
「母様~僕らも行く~♪」
「母様~私たちも~♪」
と大喜びしてお子様たちと祝いのふんばば踊りをしていたので、まあいいかと思った。
私も護衛のため付いていく事を宣言し、グエン様の休暇の後に予定を組んで頂くようお願いした。
仕事から戻られた旦那様も、
「俺も有休を申請する」
と翌日には本当に私の結婚式の日を含めて2週間の休みをもぎ取って来られた。
あの行動力の早さにはいつも感心させられる。
リーシャ様とお子様たちが絡むといつもだが。
ヒューイ様にはかなり泣かれたそうだが、奴には腐るほど貸しがあるので、たまにはいいんだとリーシャ様に話しているのを聞いて、書類に埋もれているヒューイ様を想像して少し同情した。
まあシャインベック家の幸せが最優先なので、頑張って頂こう。
「まだ夕食の買い物には早いのではございませんか?」
夕方になってからの方がタイムセールで安くなる事も多いので、いつもはそれを狙って行くのにと思っていると、リーシャ様が呆れた顔で、
「何を言ってるの。ルーシーの買い物に決まってるじゃないのよ」
とマカランが御者席に座っている馬車に押し込まれた。
「ルーシー、貴女これからグエンさんの妻になるのに、ろくに服も小物も買ってないじゃないの」
何故かリーシャ様に叱られた。
「……いえ、少しは買いましたが」
ただ私は普段は仕事でメイド服だし、休みは動きやすい服を好むので、女性らしい服が少ないと言われると返す言葉もないのだが。
先にグエン様の屋敷に自分の荷物を運び込んだ時にその事を説明したが、
「僕はルーシーが居ればいいから。
別に好きな格好でいればいいんじゃない?」
と仰られたので、無駄な出費もせずに済んで良かったと思っていたのだ。
「……貴女、私の結婚の時にはヨレヨレのパンツだの寝間着だのばんばん捨てて新しいのをごっそり買わせたくせに、なんで自分の時はあるもので済まそうとするの!」
リーシャ様が珍しく私に説教をしているのが新鮮で、自分の事を思って頂いてると思うと、言葉に出来ない感動で胸がジンとする。
それにしても、どんな美人でも怒ってる表情は醜くなるものだが、リーシャ様は美しさが全く損なわれないのがすごい。流石に私が生涯を捧げると誓っただけの方である。叱る声すらもフルートの音のように繊細で耳に快い。
まあこんなことを本人の前で言うと、ぶわっと鳥肌を立てて心底嫌そうな顔をするのだが。
あの自己評価が限りなく低いところもまた……。
「ねえちょっとルーシー、聞いてるの?」
「はいしっかりと」
私は頷いた。
「ですが、グエン様は好きな格好でいいと仰せでしたので、よろしいかと」
「それが駄目だって言ってるのよ……っとと」
マカランは普段余り馬車を操らないので、スピード重視のためかなり揺れる。アレックは今日は休みの日だ。
体がぐらついたリーシャ様を支えつつ、
「ダメ、とは」
と聞き返した。
「相手がどう言おうと、好きな人には少しでも綺麗とか可愛いって思って貰いたいじゃないの。ルーシーは普段も可愛いけど、服装1つでもっと可愛くなるわよ?」
傾国の美貌を持つ女性からそんなこと言われても。
第一、私はもう32である。
女らしさや可愛げがないのは自分でも自覚がある。
「18で嫁ぐのと32で嫁ぐのとは訳が違いますわ」
「初めて結婚するのは同じじゃない。
私はね、ルーシーが結婚する時には、絶対に自分で選んだモノをプレゼントするって決めてたのよ」
くっくっくっ、と笑うリーシャ様が何やらものすごく楽しそうで、余り断るのも大人げないかと諦めた。
「……ありがとうございます」
そう答えないと、また私の休みを増やそうとしたり仕事を減らしたりする脅しがかかる確信があった。
◇ ◇ ◇
「いえ!これはちょっとまずいですわ」
「何がまずいのよ」
「こんな露出度の高いモノは下着とは呼べません」
「露出は多ければ多いほど殿方が喜ぶとルーシーが教えてくれたのよ?……あら、まさか嘘だったの?」
「いえっ、決してそのような事は」
いわゆる高級店と呼ばれる店で、柔らかい印象を受ける上品なワンピースやツーピース、少々扇情的な体にフィットし過ぎるサマーニットシャツなど何着もポイポイと店員に渡して行くのには血の気が引いたが、かなりセクシーなモノが多いと評判の高い下着専門店で選んでいくナイティやブラ、パンティーなどを見ていると、今度は逆に顔がカッカと熱くなってきた。
表情に感情が出にくいのだけが救いである。
「あら、これ可愛いわ。ほらルーシー見て!クリームイエローのベビードールなんていいわよね。この胸元のレースの部分が花になってるのよ」
「……左様でございますか」
「あら、好みじゃない?それじゃあこの黒の総レースは?ほらサイドが脇近くまでスリット入ってて脱がせやすい仕様になってるの。前世でも見た事がない露出度の高さでかなりエロいけど、スタイルのいいルーシーならむしろこっちの方が──」
「いえ、クリームイエローの方でお願い致します」
黙ってるとどんどん布地が少ないモノを選ぼうとするリーシャ様に、慌ててまだ露出度の低い(肩ヒモというレベルで個人的にはアウトだが)下着を選んで頂いた。
リーシャ様が結婚する時の私の下着選びをそのまま参考にしているらしいが、あれは何を着ても絶対に似合うリーシャ様だからのチョイスであって、こんな筋肉質のゴツゴツした中年女が着るものではない。
グエン様は私の戦う姿が好きだと仰って下さるが、やはり女性らしい柔らかい体を好まれるのではないかと思う。柔らかいのは無駄に大きな胸ぐらいだ。
細かな擦り傷や打ち身の跡が残るような体では興醒めではないかと思うのに、更にこんな若く可愛らしい女性が着るような下着などで初夜を迎えたら、かなり引かれるのではないか。
それにこの前グエン様は初めてだと言っておられたし、せめて年上の私がリードすべきかとも思うが、私も初めてだ。
男性と男性の濡れ場はリーシャ様の本で学習済みだが、男女のソレとなるととんと疎い。
そうだ、そちらも学習しておかねば。
「リーシャ様、少々買い忘れたものがございました。少しだけ失礼しても?すぐ戻りますわ」
これも捨てがたいけどこっちも……などと下着と言うより端切れのようなものを前に悩んでいるリーシャ様に(どっちも要らない)とでかかった声を抑え、私は断りを入れた。
「ええ待ってるわ」
頭を下げると早足で2軒隣の本屋に向かい、目的のゾーンでざっと見回して『初夜の作法』と『知らなかった!閨の常識100選』というのを選ぶと、ついでに薄い本コーナーでリーシャ様の本を目立つように置き換え、支払いをして戻った。
急いだつもりだったのに、既に会計を済ませて表に立っていたリーシャ様は1枚の絵画のようで、辺りの男性の注目を一身に集めていたが全く気づいてないようだった。私を認めるとぱっ、と笑顔になり、
「あら本屋だったの?私も付き合ったのに」
と紙袋を見て呟いた。
「まあリーシャ様、経理関係の本はお好きでしたか?」
「……喉が乾いたわねー。ちょっとお茶でも飲んで、面倒だから夕飯の買い物もして帰りましょう」
白々しく話題を変えて私の手を引くリーシャ様に合わせて歩きながら、誤魔化せてホッとしたのだったが。
ー ー ー ー ー ー ー ー
(まさかこんな事を?……まあ、嘘!こんなふしだらな……薄い本より敷居が高いんじゃ……え、普通の夫婦はこんなことまでするの?……)
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