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長男誕生。
しおりを挟む【ダーク視点】
「………旦那様、少しは落ち着いて頂けませんか?ウロウロされているとこちらも落ち着かないのでございますが」
「いや、そうは言うがなルーシー、もう四時間も経つのにウンともスンとも言わないじゃないか」
俺は、廊下の椅子に座り縫い物をしているルーシーを恨みがましい目で見た。
リーシャが産気づいたとの知らせが屋敷から騎士団の方に届いたので、俺は仕事を早退して騎士団の馬を走らせ急いで屋敷に駆け戻った。
医者と助手の女性が、病室風に改装しておいた一階の一部屋にリーシャとこもってから、未だに赤ん坊の声もリーシャの声も聞こえない。
医者も出てこない。
無駄に頑丈な扉は、会話すらもほぼ聞こえない。
これで落ち着く訳がない。
出産は出血もするし、女性によっては状況により命を落とす可能性もあると聞く。
リーシャはあんなにか細い身体なのだ。万が一の事があったらと思うと生きた心地がしない。
落ち着けと言っているルーシーだって、さっきからずっと同じところを繕っているし、リーシャのいる部屋の扉の側から離れようとはしないのだ。
一度は座ったものの、我慢できずに立ち上がり、一旦頭を冷やすため水をもらいに行こうとした時、
小さく子供の泣き声が聞こえた。
バッ、と扉を振り返った。
「ルーシー、………聞こえたよな?」
「はいしっかりと」
二人で扉の前まで行き耳をそばだてると、中から、
「お母さん頑張りましたね、可愛い男の子ですよ!」
と明るい口調の女性の声がする。ありがとうございますと返事をするリーシャの声も聞こえて、姿は見えずとも一先ず安心した。
リーシャも子供も無事だということだ。
「男か………」
俺とリーシャの子。どっちでもいいと思ってたが、まぁ出来ればリーシャに似た子がいい。その方が俺なんかに似るよりはるかに幸せになれる筈だ。
「旦那様、ご嫡男誕生おめでとうございます」
ルーシーもほっとしたのか目元をハンカチで拭っている。
「ありがとう………」
とは言えまだ実感が湧かない。
少し待っていると、医者と助手の女性が出てきた。年配の医者が微笑む。
「おや、ご主人ですか?
おめでとうございます。元気な男の子ですよ。………お会いになりますか?奥様が体力消耗されているので、面会はごく短時間でお願いしたいのですが」
「ええ勿論!ありがとうございます先生!」
俺は医者とぶんぶん音がしそうなほど握手をして、ルーシーも許可を取り、そっと扉を開けて二人で中に入る。
ダブルベッドにリーシャが横たわっており、横にはおぎゃあおぎゃあと泣いている赤ん坊が見えた。
「ダーク………」
「リーシャ、具合は大丈夫か?水でも飲むか?」
思ったより元気のないリーシャの声に、不安が押し寄せる。
「………大丈夫。それよりも、赤ちゃん抱っこしてくれる?一番目は旦那様がいいと思ってたの。頭と体で支えてね。まだ首が座ってないから」
俺は頷き、薄手のタオルケットに包まれた赤ん坊をそっと抱き上げた。
小さい。軽すぎて怖い。ケガをさせてしまいそうでそっと胸元に固定させ、じっと眺める。
「………俺と同じ髪の色だな。顔はリーシャによく似てる」
ぽわっと少ししか生えてない髪でもダークグレーの色合いは分かる。
「そうなのよ………本当に大和民族の血はしぶといというか何と言うか………」
小声でブツブツ言うリーシャの話がよく聞こえなくて「何だ?」と聞き返す。
「いえ、何でもないの。………間違いようもなく私とダークの子だわ、って顔を見てたら思っちゃって。遺伝て不思議よねえ」
「ああ。俺は父親になったんだな」
「そうね。子供はすぐに分かったみたいよ?泣き止んでるもの」
確かに泣いてた筈の赤ん坊は、いつの間にか大人しくなって眠っていた。
「………父さんが分かるか。………そうか」
怖々とオモチャのような小さな小さな手を触る。多分無意識だろうが、赤ん坊の手が俺の指先をきゅ、と握りしめて、その仕草に心を奪われた。
何故かここにきて父親としての実感が湧いた。
我が子というのは、なんて愛しい存在なのか。
この子が幸せに生きていけるよう俺も頑張ろう。何を頑張ればいいのか今は頭が回らないが。
俺は鼻がツンとして目頭が熱くなってしまったのを必死にごまかした。
大切なものが一つ一つ増えていく。
リーシャが俺にいつも奇跡をくれるのだ。
リーシャはルーシーと話があるというので、俺は父とお義父さん達に連絡をするため部屋を出た。
書斎兼仕事部屋へ入ると便箋を取り出した。
男子出産、母子ともに健康である旨書き記し、ただリーシャが少々疲労しているので、少しの間は訪問を控えて頂きたいと付け加えた。
アレックを呼び、手紙を渡して配達業者に速達便で頼んでくれるよう依頼した。
「畏まりました。
たいちょ………旦那様がパパですか。
他人事ながら、自分も………私も大変嬉しく思います。おめでとうございます」
「ありがとう、俺も嬉しい。リーシャに似てくれたから将来はイケメン間違いなしだしな」
「それはそれは!早くお目にかかりたいものでございますね」
アレックはお辞儀をすると、屋敷を急ぎ出ていった。
◇ ◇ ◇
「………それで、ルーシー、執筆の件だけれど………」
リーシャはルーシーに小声で囁いた。
ルーシーは、涙を拭っていたハンカチをポケットにしまい、飽きもせず赤ん坊を眺めていた。
「本当に、リーシャ様によく似たイケメン仕様でございますね。流石リーシャ様」
「顔なんて自分でどうこうできる問題じゃないのに何が流石なのよ」
「無意識にお子様にまで美貌の加護が与えられるところがですかね」
「私はダークに似て欲しかったのだけど、………私に似た方が、まぁ多分生きやすそうだなぁとは思うようになったわ。残念ながら」
「ご自身の美貌を雑に扱うのは相変わらずでございますが、第三者目線も理解できるようになったところは成長致しましたね。これからポコポコ生まれるお子様も全員リーシャ様に顔立ちが似ると宜しいですね」
「そんなにポコポコ生めないわよ、結構大変なのよ出産て。
あ、そうそう思い出したわ、それで執筆の件だけれど、少し休養はあるのよね?」
「ございますよ三週間ほど取材旅行と言うことで」
「………結構短いわね。せめてニ、三ヶ月は欲しいところなのだけど」
「却下です。
リーシャ様には、何万もの続きを待つ腐女子ファンと同性愛者の男性ファンがいるのです。睡眠不足にならないように、夜中はお子様の面倒はわたくしが見ますし、昼間も執筆中はいくらでもわたくしがお世話致しますからご安心下さいませ」
「………そ、そう………そうよね、読者の方が喜んでくれるのは私も嬉しいし、ずっと書かなければいいと言われてもどうせ書きたくてウズウズするんだものね。頑張るわ、………程々に」
「最後の一言は聞かなかったことに致しますが、子育て方針の件で一つ質問が」
「なあに?」
「もし、坊っちゃまが成長されて、実は女性より男性の方が好きと言い出したら、応援すべきでございますかお止めするべきですか」
「ちょっと今からそんな話なの?!」
「大切な話です。リーシャ様の血を引いておられるのですよ?」
「っっ!
………そうだったわね。危うく普通の母親面をするところだったわ。
………うーん、………まあ正直どちらでも彼が幸せならいいんだけど、孫をダークに見せてあげたい気はするのよねぇ」
「さようでございますねぇ」
「でもごり押しはダメよ絶対に」
「では、どちらの方面でも後押しする方向で」
「そうね。でもまだ先の話よ。
………ところでルーシー、肝心な話はここからなのだけれどね………」
ルーシーとリーシャの内緒話は、ダークがリーシャの体調を心配してルーシーを連れ出しに来るまで続けられた。
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