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ダーク、ヘタレる。

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【ダーク視点】

 俺の美しく可愛い妻が、今とても冷たい。


 華奢なリーシャが本当に大変な思いをして生んでくれた息子、カイル。

 本当にクソ可愛い。
 舐め回したくなるほどだ。
 流石にやらないが、頬にキスは始終してしまう。柔らかい頬っぺたが何とも言えない至福な触れ心地なのだ。


 生後1ヶ月になるカイルは、あやしてると、たまにふにゃ~、と笑うのだが、それがまたリーシャに似た笑顔で堪らない気持ちになる。

 仕事の時はしょうがないのだが、自宅に戻ってからはおしめも換えるし、おっぱい飲ませた後のゲップも俺がするし、ぐずった時には率先して俺があやす。
 イクメンと言っても過言ではないほど育児に協力的である。


 しかし、何故かリーシャは俺と一緒のベッドでは眠らずに、カイルと眠る。

 そんな生活が一ヶ月続いている。
 正確には35日目である。


 いや、勿論それはいい。夜泣きもするし、ルーシーが交替で面倒も見ているが、母親として心配なのだろう。とてもよく理解できる。

 だが、だが夜の営みの時にはルーシーに任せたりも可能ではないのだろうか。


 出産して二週間ほど経った時に、それとなくリーシャに迫ったのだが、

「今は子育てで手一杯なの。もう少し待ってね」

 と断られ、俺もそうだよな、育児は大変だしリーシャが辛いのは嫌だし、で諦めた。

 カイルではないムスコとはトイレか風呂場でより親交を深める事になったが、しょうがないと思う。
 単に俺が寂しいだけなのだ。

 リーシャが居ないベッドなど、結婚してから寝たことがなかったし。

 いやもう隣でリーシャが寝てないと落ち着かないレベルとか男としてどうなのかと思うので平気な振りをしているが、毎日よく眠れず寝不足である。

 もしかして、眠れなくてリーシャのネグリジェを出してきてリーシャの匂いがしないかと枕元に置いて寝ていたのがバレたのだろうか。

 いや、我慢できずにネグリジェを手に自慰行為をしていたが、まさかそれも?



 この不可解な距離感を何とかしたいと言う焦りから、そっと抱き寄せて腰に手を回そうとするとあからさまに避けられる。


 変態には触られたくないというところまで来てしまったのか。

 俺はノーマルだ。

 いやリーシャ限定で変態かも知れないが、妻が好きすぎるだけなのだ。そこは許して欲しい。


 ………もう、しつこすぎて嫌われてしまったのだろうか。


 でも、口調は特に冷たくもなく今まで通りなので、それにも混乱している。

 醒めた視線で必要最低限の会話しかしない、という訳でもない。


 訳が分からない。
 とてもツラい。

 どうしたらいいのか分からない。


 俺の愛、いや執着が重いのか。
 自覚はある。

 仕事以外はリーシャとカイルに全振りの生活スタイルも、俺は充実してるが、リーシャにとっては『いい加減新婚でもないのだから落ち着きなさい』と呆れられているのかも知れない。

 ヒューイに相談したら、

「産後の子育てで体力も使ってる奥方に夜の生活を強制するなよ。サルかお前は」

 と叱られた。

 違うのだ。

 抱きたいか抱きたくないかと言われたら200%抱きたい。

 だがそうではなく、一番の願いはただ一緒に眠りたいだけなのだ。

 別にふしだら目的ではなく、柔らかいリーシャの身体を抱き締めて、リーシャの匂いを感じながら眠りたい。純粋にそれだけなのだ。

 寂しい。切ない。

 大の男がみっともないが、本音はそれだ。
 不細工なオッサンが何をウダウダとと罵られようが、リーシャがいないともう夜も長すぎて耐え難い。

 睡眠不足も相まって、俺は体力的、精神的に限界になっていたのか、どうやら執務室でぶっ倒れていたらしい。

 ヒューイが発見し、屋敷に連れ帰ってくれたようだが、全く記憶になかった。



 ◇  ◇  ◇



「………ん………」

「ダーク、目が覚めたの?」

 薄く目を開くと、何故か自宅の寝室のベッドに寝ていた俺は、リーシャの声で一気に覚醒した。

「俺は、何で………?」

「執務室で倒れてるのをヒューイさんが見つけて、お医者様を手配してくれたそうなの。疲労ですって。命には別状ないそうよ。
 診察して大事ないと屋敷まで運んでくれたんだけど、昼間ダークが運ばれた時には心臓が止まるかと思ったわ。
 ………本当に良かったわ大病とかでなくて。
 気分はどう?お水飲む?」

「………ああ」

 なるほど。

 倒れたのなど人生初である。
 馬鹿は風邪引かないと言うが、本当に風邪すらも二十年以上かかった記憶すらない。

 俺は、リーシャに依存し過ぎているようだ。

 甲斐甲斐しく水をグラスに入れて口元まで運んでくれるリーシャから飲む水は、どんな酒より美味かった。

「じゃ、もう少し寝てなさいね。明日は休んでいいってヒューイさんが言ってたから。
 仕事があるのに育児を甘えてお願いし過ぎた私も反省するわ。
 夕食には消化のいいものにするね。玉子雑炊とかでいい?んー、でも今は食欲とかないだろうし、夕方また聞きに来るわ」

 そう言って、上掛けの上からポンポン、と手を置くと部屋を出ていこうとするリーシャの手を慌てて掴む。

「………ん?なあに?」

「俺は、………俺は、リーシャに例え嫌われたとしても、別れたくないんだ」

「ちょっと何でいきなり別れ話なのよ」

 リーシャが驚いた顔をした。

「触られるのもイヤなほど嫌われようが、俺は一生嫌いにはなれない。
 悪いところがあったら直すから、もっと育児も頑張るから、だから、離婚だけは思いとどまって欲しい」

「………は?離婚?私がダークを嫌いとか、触られるのもイヤとか、どこからどういう流れでそう言う事になったのよ」

 リーシャが椅子に座ると溜め息をついて俺を見た。

 俺は必死に抱き締めようとしても避けられてる事や、カイルが生まれてから一度も一緒に寝てくれない事、最近ずっとよく眠れない事など、女々しいと言われそうなことも全部話した。

「………あー………なるほどね………そこから拗らせたのね。
 うーん、それは私が悪いか………。でもそれは仕方がないと言うか、ダークの為と言うか………。
 そっか。それでダークは悩んでたのね、私の愛情を疑ってたのかー」

 リーシャが憮然とした表情で俺を睨んだ。

「いや違う!そうじゃなくて、会話も普段通りだし、いつものリーシャなのに、その、触れるのを嫌がられたりすると、俺にはリーシャしか居ないから、辛くて、錯覚が解けて、やっぱり不細工に触られるのは気持ち悪いとか、一緒に居たくないとか言われたらと思うと怖くて………。
 俺が情けないだけなんだ、本当に済まない」

 リーシャの手を掴む俺の手は少し震えてしまっていた。

 リーシャは、ふ、と笑い、

「ダーク、貴方私が思ってたより、私の事結構好きだったのね」

 とからかうように空いた方の手で俺の頬を撫でた。

「………済まん」

 不細工で執着心の強い重たい男である。

「謝らないで。ちょっと幸せ噛み締めてるのに台無しじゃないの」

 頬をぺしりと軽くと、ちゅ、と触れるだけのキスをしたリーシャは、

「今夜、話しましょう」

 と今度こそ寝室を出ていった。







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