蛇と刺青 〜対価の交わりに堕ちていく〜

寺原しんまる

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抱き枕係

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 ジェイが自己処理を済まし部屋に戻ると、鈴子は既にベッドに潜っていた。


 部屋の電気は消えていて、小さなベッドサイドランプだけが光を放っている。その淡い光は、鈴子がブランケットに潜っている形をジェイに伝えた。


 小さな形をツーッと指で撫でたジェイ。中の鈴子はビクッと震え、ギューッとブランケットを掴んでいる。


「鈴子、俺も寝たいんだ。中に入れてくれ……」


 暫く動かなかった鈴子だが、観念したのかブランケットを小さく開き、ジェイに向かって「どうぞ」とぶっきらぼうに告げた。


(俺のベッドなのに……)


「お邪魔しますー」


 ジェイはブランケットの中に潜り込み、直ぐさま鈴子を抱き寄せる。


「っちょ! それは許可してない……」


 鈴子はイヤだイヤだと身体をくねらせ、ジェイの羽交い締めから抜け出そうとするが、ジェイが締め付ける腕から出ることは叶わない。勿論、全裸のジェイの肌が、直接鈴子の服から出ている部分に触れるのだ。鈴子の心臓の音はドクドクと速くなる。


「鈴子、俺は長い間不眠症で、薬を飲まないと寝れないくらいだったんだ。薬の所為でいつも起きれなくて、純平に起こしてもらってたんだよ。けど、鈴子と一緒に寝だしてから安眠も安眠。最高の抱き枕なんだよ、鈴子は……」


 既にスースーとジェイの寝息が聞こえてくる。「え? ちょっと……」と鈴子は慌てるが、気持ちよさそうに寝ているジェイを起こすのは忍びない。鈴子は黙ってジェイの抱き枕になることを選んだのだ。


「抱き枕って……」


 鈴子は嬉しい気分半分、複雑な気分半分だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジェイの助言を参考に、鈴子は会社に行くことにした。勿論、社会人として、途中で仕事をほっぽり出して辞められない。何より、もし会社を辞めてしまえば、周りから逃げるようでイヤだったのもある。知らなかったとは言え、不倫をしたのは自分なのだから、責められてもしょうがないのだと、鈴子は自身を奮い立たせた。


「他のやりたい事が見つかるまでは……」


 何とか金曜日まで働いた鈴子は、すれ違う人が気が付くほどの笑顔でジェイの店に帰宅する。ジェイとの添い寝は続いていたが、ジェイはそれ以上の事は鈴子に要求していなかった。この週末からジェイの手彫りセッションが始まる。その事がこの数日、会社での環境を何とか乗り切る理由だったのだ。鈴子は足取りも軽く、店までの階段も一段抜かしをしながら駆け上がる。笑顔で三階に到着した鈴子は店の扉を勢いよくバーンと開けた。


 すると、店の入り口のカウンターに身を乗り上げて、足を組みながら座っている派手な女が鈴子の視界に写った。


 その女は身体にピッタリとしたトップスを着ていて、大きく開いた胸元から胸が半分以上見えている。胸は前に突き出ていて、形に違和感を覚える程に柔らかみの無いものだった。ボトムはダメージ加工ジーンズのショートパンツで、布の面積がかなり狭く感じるデザインだ。後ろのウエストで少し下がったパンツから、Tバッグのショーツがヒョッコリと顔を出している。


 女はカウンター内に立っているジェイの肩に腕を回し、熱い視線をジェイに投げかけている。見るからに迫力のある女は、長いストレートロングの茶髪で、太股にバラとドクロの刺青を彫っていた。耳には所狭しとピアスが付いていて、明らかにジェイと同じ世界に住む人種だ。


 ボーッと入り口に突っ立っている鈴子。ジェイが気が付き「何やってる? 入れよ」と告げ、鈴子はハッと我に返る。


 女は鈴子を一瞥し、「敵に値しない」と判断したのか、鈴子を無視してジェイに話し続ける。ケラケラと笑う女と、まんざらでもないという風なジェイが楽しそうに談笑していた。派手な女は女の色気をむせ返る程に発しているが、鈴子は23歳だというのにプックリほっぺの童顔。恥ずかしさで消えたくなった鈴子は早足で居住エリアに入っていく。


「お、お帰り~鈴子ちゃん!」


 居住エリアにあるジェイの本棚で刺青関係の本を物色している純平が、鈴子に気が付いて笑顔で話しかけてきた。


「OLさんは9時5時勤務でええなあ。俺ら夜がメインって感じやもん」


 黙り込んでいる鈴子の異変に気が付いた純平が「あー!」と声を上げる。


「アレか! ジェイのアレの事か!」

「……アレって何ですか?」


 怪訝な表情の鈴子が純平に尋ねる。すると純平は、片手を口の前にグーをして持って行き、「グフフ」と漫画の様に笑い出す。


「アレって奥さん、アレですよ……。セ フ レ!」

「セフレ……」


 ニヤニヤ顔の純平は鈴子の方を見て更に話し出す。


「まあ見ての通り、ジェイは超イケメンやし、優しいからモテるわけよ。でも、ジェイは彼女を作らんのよね。だから女達が『身体だけの関係でもいいわ!』ってオマタを広げるんですわ。ジェイも男ですから、美味しく頂くねんな。じゃあ、そんな関係の女がわんさか出来てもて……」


 身体をくねらせ自分自身を抱きしめる様にする純平の小芝居を、鈴子は冷めた目で見ていた。


「今日の子も、その内の一人で……。特にあの子はジェイに惚れまくって、遂には刺青もジェイに入れてもらったんやで。本人も『スネークにマーキングされた』って勝手に言い回ってるくらいや。勿論、ジェイは仕事でやっただけやけどな」


 店に入るまでは笑顔で上機嫌だった鈴子だが、一気に気分が落ち込んでいく。顔色も青ざめて、床の一点をジッと見つめていた。


「鈴子ちゃん。俺は別に意地悪しとるんとちゃう。現実を知っといた方がエエとおもてんで。だって、フェアーちゃうやん?」


 純平は落ち込む鈴子を一瞥して、スタスタと本を携えて居住エリアを出て行ったのだった。


「セフレだったら……、私が居たら邪魔よね……。どうしよう」


 ボーッとする頭を押さえる鈴子は、取り敢えずお気に入りのトートバッグに着替えを数着詰め込んで、急いで居住エリアを出た。店にはまだあの女は居座っており、今度はカウンター内に入り込み、ジェイの後ろから抱きついていた。ジェイは気にしないと言った風に別の客の接客に徹していた。


 その側を素早く通り抜ける鈴子。ジェイが何かを鈴子に告げようとしたが、既に鈴子は店から出て行ってしまっていた。


「忙しい奴だな。今帰ってきたばかりで出て行くのか?」

「スネークゥ~、誰よ、あのちんちくりん……。妹のわけないよね? だって何処から見ても純日本人!」


 女はケラケラと声を上げて笑っていた。それを見てムッとするジェイが「お前、いい加減に離れろよ! 接客中だ!」と声を荒らげる。それにギョッとした女は「何よ!」と言いながら、近くのソファーにドンッと座り込む。長い足を何度も組み直し、その股の隙間から下着がチラチラと見え隠れする様子を、別の客が鼻の下を伸ばして観察している。


(あんな、ちびっ子。私の敵じゃないわ。見てみなさいよ、私の魅力! 男共はみんな私とヤリたくてしょうがないの! スネークだって同じよ!)


 ニヤリと笑う女はスマートフォンを取り出してセルフィーを始める。「彼ピーの店に来ています、ハート」と素早くタイプしてソーシャルネットワークに投稿し出した。


「あれ? 奈菜ちゃんいつからジェイの彼女になったん?」


 純平に奈菜と呼ばれたその女は、バッとスマートフォンを隠し、背後から覗いていた純平を睨む。


「盗み見ないでくれる? どうせ直ぐに奈菜の彼氏になるんだから別にいいのよ!」

「へ~、そうなんや? 親友やのに知らんかったわ。おめでとうさんやなあ」


 嫌みなほどに嘘くさい笑顔と拍手をする純平を一瞥して、奈菜は「イヤな奴!」と呟いたのだった。
   
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