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合格発表

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 合格発表の日。10時に大学のホームページで結果が出されるのだが、両親は1時間前からパソコンを開いて待機していた。インターネットで合格発表というのも不思議だが、世の中が便利になるというのはそういうことなのだろう。当の本人よりも緊張した両親は、部屋を歩き回ったり猫を撫でたりしていた。
 10時になる。母は祈るように手を合わせ、父がIDとパスワードを入力して合格発表のページを開いた。結果は合格だった。
 両親は抱き合って喜び、母の目には涙が浮かんでいた。騒ぐ両親を見た店の猫達も、それぞれの反応を示していた。
「あなたが笑っているのを久しぶりに見た気がするわ。」
母は僕の頬を小突いて言った。母も頬を小突く癖がある。
 そうして僕は結果を報告するため学校に向かった。
 教室に着くと、彼女がいた。いつも通り周りを囲まれ、試験に受かった同級生を称えたり、落ちた人を慰めたりしていた。既に僕らは卒業しており、授業があるわけでもないのでみんな自由に過ごしていた。
 僕は職員室に行き、担任の教師に合格したことを報告した。また教室に戻ると、彼女の周りの人だかりは消えていた。僕に気づいた彼女は小さく手を振りながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「どうだった?」
彼女は不安そうに僕の顔を覗き込む。
「合格だったよ。」
いつもの笑顔になった。
「おめでとう。私も合格だったわ。」
「良かった。」
「ねえ、一緒に帰らない?」
「そうしよう。」
 僕らは自動販売機でいつもの飲み物を買って、あの公園に行った。ベンチに並んで座り、いつものように世界を眺めた。
「この公園にも来なくなっちゃうのかな。」
儚げに彼女が言った。
「そうなるだろうね。」
「寂しくなるわ。」
「落ち着いたら、またこうやって公園に来たりしようよ。」
「そうね。楽しみにしておくわ。」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ帰りましょうか。」
「うん。」
 始まりと終わり。出会いと別れ。僕はそんなことを考えながら彼女の隣を歩いていた。
 僕は彼女に何かを言おうと思ったが、何を言えばいいか分からなかった。気がつけば彼女のバス停に着いていた。
お互い黙ったまま立っていると、バスがやって来た。
「大学でもお互い頑張ろうね。」
彼女はバスに近づきながら言った。
「そうだね。」
「向こうでのこととか、また連絡するわ。」
「僕もそうするよ。」
「それじゃ、またね。」
「またね。」
 彼女はバスに乗り一番後ろの席に座った。いつもの笑顔で小さく手を振っていた。遠ざかるバスの背中を僕はいつまでも見つめた。
"もう二度と彼女に会えないかもしれない"
そんな気がした。
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