389 / 405
388.あの時アルトワールで
しおりを挟む「――ガーズ・フログッス殿、面を上げよ」
「――はっ」
アルトワール王城に召喚された第六階級貴人ガーズ・フログッスは、謁見の間ではなく略式の執務室に呼ばれていた。
そして、目の前には軽装のアルトワール国王ヒュレンツがいる。
パーティー等で会ったことはあるが、私的な会話を交わしたことはない。あとはフログッス領に関わる書類のやり取りのみで、公では忠誠を誓ってはいるものの、私ではほぼ他人に等しい存在である。
内心ドキドキしていた。
甘いマスクとは程遠い厳めしい強面に、大抵の者は見下ろしてしまう大柄な身体である見た目だけに誤解されがちだが、割と小心者なのである。
「呼んだ理由はわかるな?」
「……はっ」
わかっている。
呼び出しを告げた書状には、なぜ呼び出すのかという用向きは書いていなかったが……
このタイミングで呼ばれるのだから、アレ以外の理由などないだろう。
アレに関しては、大それたことをした、とは、思っている。
――だがその決断に後悔はなかった。
「まあ座りなよ。そんなに長い時間は取らないが、立ち話で済むほど軽くもないからな」
「……失礼します」
ここに来る前からじっとりと汗ばんでいた額の汗は、いざ国王ヒュレンツを前にして、珠のような雫へと進化していた。
そんな汗を、愛妻が刺繍を入れてくれたハンカチで拭いつつ、勧められるままソファに腰を下ろす。
もちろん背もたれには寄り掛かれない。
背中も汗がすごい、というのもあるが、国王を前にふんぞり返る度胸など、ガーズには端からない。
「顔色悪いし汗もすごいけど大丈夫か?」
「はっ、お気遣いいただき恐縮です。ただの緊張ですのでお気になさらず」
「そうか。じゃあまあ、できるだけ早く済ませるからな。もう少しだけ緊張しててくれ」
苦笑するヒュレンツはそう言い置き、壁際に控える侍女に頷いて見せた。
侍女は近くまで歩み寄ってくると、持っていた魔晶板を二人に向けて、スイッチを入れた。
と――そこに流れたのは、フログッス放送局が流した、今話題騒然の問題の映像である。
「確かに、アンテナ島を国民に周知させるために、あのセレモニーの様子は流してもいいと許可を出した。
各国の要人たちも、放送で流すことについては許可の署名を貰っている。
そして、あの戦闘についても、個々の裁量で問題ないと思えば放送していいと余が許可を出した。
――なあガーズ・フログッス殿。その顔を見るに、もうわかってるよな? 個々の裁量で問題ないと判断した、というわけではないってことでいいんだよな?」
薄く笑いながら、しかし虚偽や虚言は許さぬとばかりに赤い点のある緑の瞳に見据えられ、ガーズは見えない何かで首を絞められ始めた気がした。
ヒュレンツ・アルトワール。
まだ国王としては若い四十過ぎで、貫禄を感じさせない細身の優男。
しかし、こうして対峙すると、やはり王の器を持つ者である。
常人どころかそこらの王侯貴族には決して真似できない威圧感を発している。
「…………申し開きも、ございません」
ひどく息苦しい言葉で、ガーズはそう答えた。
「しっかしよく撮れたな、こんなもの」
問題の映像。
侍女の持っている魔晶板には、同じ映像が何度も何度も繰り返して映っている。
――星降る夜、白い髪をたなびかせる少女が、水晶でできた竜を粉々に粉砕する映像だ。
何度観ても色々と納得が行かない、疑問や疑惑がたくさん湧いてくる、真実味のない映像だが……
いや、むしろ、現実感がないがゆえに、今アルトワールではかなり注目を集める映像となっているのかもしれない。
「なあ、これどう見ても問題がある映像だよな? 問題があったら王都放送局に一度確認しろって伝わってるよな? ぜひとも分別のある判断をしてほしかったよ」
だが、もう放送してしまっているので、どうしようもないのである。
「はっ……申し訳ありません……」
汗が止まらない。
国王の執務室であるのに、不敬にも、もう下着やスラックスを越えてソファまで汗が染みている気がする。
「理由は? なんで流した? 確認してからでも遅くなかっただろ」
「……わ、我がフログッス放送局は新興ゆえ、功を焦りました……」
そう、だから後悔はしていない。
――昨今のアルトワールにおける魔法映像業界の話題性と発展性を見込んで、借金までしてフログッス放送局を立ち上げた。
だが、いざそれを舵取りすると、思いのほかうまく行かなかったのだ。
撮りたい映像や、フログッス放送局の独自性のある新番組なども漠然と考えていたが、いざ撮影してみると思ったものにならないのだ。
そんなこんなで悪戦苦闘し、ひとまず他の放送局を見習って模倣のような映像を撮り始めたが……
手元にはちゃんと借金が残っているので、あまり悠長に構えていられない。
このままでは二年経たずに、フログッス放送局は他の者の手に渡ってしまう。
いやそれどころか、領地ごと失ってしまうだろう。
だから。
だから、どうしても欲しかった。
フログッス放送局を知らしめ、人気を上げるような映像が。どうしても必要だった。
――そんな状況で、偶然にも撮れてしまったのが、この問題の映像だった。
あのアンテナ島を襲った水晶竜との戦闘シーンは、王都放送局しか撮影を許されなかった。
他の放送局は、遠くから撮る以外なかった。
もちろん戦闘シーンを撮るには戦闘の、命のやりとりをするすぐ傍にいなければならない。
だから、あそこで指示した王太子アーレスの命令は、正しかったと思う。そこに不満はあっても判断が間違っていたなどと言うつもりはない。
しかしフログッス放送局には、目の前の光景はあまりにも魅力的で、どうしても何もしないまま見逃すことができなかった。
それが、戦場にカメラだけ置いておくという悪あがきだった。
少しでも他の放送局とは違うものが撮れたらいい。
それくらいの気持ちで定点カメラを仕掛けただのが――
予想以上のおかしなものが撮れてしまった。
確実に問題のある映像だった。
王都に確認する。
ガーズだって真っ先に考えたのはそれである。
だがもし。
もし王都放送局が許可しなければ、問題の映像を放送する機会はなくなってしまう。
せっかく撮れた、話題になりそうな、フログッス放送局の知名度を一気に上げてくれそうな映像である。
何せあのニア・リストンらしき少女が、冒険家リーノでさえ苦戦する水晶竜を一ひねりするような映像である。
アルトワール国民全員が知る、あのニア・リストンのお宝映像である。
話題にならないわけがない。
――強行するしかない。
ガーズは事業のために、国王命令を無視したのだ。
その結果が、この呼び出しである。
「気持ちはわかる。フログッスにはまだ目玉になる映像がないし、人気のある演者も育っていない。功を焦るのも無理はないと思う。余とて逆の立場ならガーズ殿と同じことをしたかもしれん」
「へ、陛下……」
辛辣、辣腕、冷徹など。
ヒュレンツを評する言葉は数あれど、こうして優しい言葉を掛けることなど滅多にない。
実利主義で、飾り言が嫌いで、時間の無駄を極力省き。
そして、切れ者だ。
「でも王命に逆らったくせにペナルティなしで許すんじゃ示しが付かないから、罰金二十億クラムな」
「に、にじゅっ……!?」
「分割の無利子無担保でいい。どうせ払う金なんてないだろ?」
「それでも、その額は……!」
「それくらい出さないとリストン家が怒るぞ。娘の映像を勝手に使ったとかなんとか、すでに抗議が来ている。半分以上は向こうに渡す慰謝料だよ」
「……わ、わかりました。謹んで払わせていただきます」
「ああ。余が仲裁はしてやるが、リストン家への謝罪の手紙は忘れるなよ。
今のアルトワールは発展の時だ。競うのはいいが、できるだけ国へ協力もしてくれ。今後のフログッス放送局の活躍に期待している。――以上」
こうして、問題の映像についての話は終了した。
「……今度はハーバルヘイムか」
すでにガーズ・フログッスは退室している。
そんな中、ヒュレンツはまだ侍女が持っている魔晶板の映像を観ながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ククッ。今度のプレゼントも大きそうだな」
映像に関しては完全に誤算。
今現在、例のアンテナ島の事件で、ハーバルヘイムとの交渉がすでに始まっている。王城に使者も来ており、連日交渉が重ねられている。
そして当然、暗部……諜報員も紛れ込んでいる。
目的はアルコット王子の捜索で、王都を駆け回って情報を探っている――との報告が上がってきている。
――よほどの間抜けじゃなければ、問題の映像とアルコット王子を結びつけるだろう。
暗部が動く。
ニア・リストンが保護しているアルコット王子を狙う。
そして、ニア・リストンが動く。
子供に甘いニア・リストンが、動かないわけがない。
「ハーバルヘイムに追加の影を送り、情報を集めろ。くれぐれもニア・リストンの邪魔だけはしないよう念を押しておけ」
「畏まりました」
侍女が一礼して去ろうとするのを、ヒュレンツは「待て」と呼び止める。
「ニアは何が好きか知ってるか?」
いきなりの話題だが、護衛と影と使用人を兼ねた優秀なる侍女は、即座に答えた。
「最新情報ではカニだそうです」
「カニ? ああ、ヴァンドルージュの新しい特産か。……宝石を散りばめたカニの置物とかプレゼントしたら喜ぶか?」
「私がカニ好きであってもそれはいりませんね」
「そうか。……女って何貰ったら喜ぶんだ? 現金か?」
「センスのない人のセンスの欠片もないプレゼントよりは現金の方が確実ですよ。私は現金の方が嬉しいですね。どうせ他人の気持ちがわからない陛下からのプレゼントなんて最終的には換金しますし」
「そうかよ。現金かよ。……でもたぶんそういうことじゃねぇよなぁ」
何はともあれ、アルトワールの国王は、近々に起こるであろうハーバルヘイムの変動に注視する――
40
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる