狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
388 / 405

387.いざハーバルヘイムへ

しおりを挟む





「――冗談だろう?」

 国王を殺すかもしれない、と宣言する。

 ハーバルヘイムが乱れ、ともすれば地図から名が消える可能性のある言葉だけに、暗部たちは困惑を隠せない。
 思わず互いを見合い、私の言葉の真意がどこにあるかと考えたようだが。

 結局どうにも結論が出なかったようで、上役の男に普通に「冗談だろう?」と言われた。

 いや、普通ではないな。
 ポーカーフェイスを装いつつも、その目には少なからず動揺が見える。

「冗談で人を殺すとは言わないわね。それは悪趣味だもの」

「本気でも悪趣味だ」

「でも黙って始末するよりはアレでしょ? 親切でしょ?」

「……」

 上役の男の眉間に、思いっきり深いしわが寄った。

「にわかに信じがたいし、できるとも思えんが……おまえはアルコット王子のためにそこまでするのか?」

「いや、アルコット王子の件はついでね。理由の一つって感じ。私が行く理由は別にあるから」

「別に……?」

「――それに関してはもう手遅れなのよね。アルコット王子が殺されようが誘拐されようが、私の理由がぶれることはないわ。だから必ず行く」

 で、だ。

「以上を踏まえた上で、あなたたちに話したいことなんだけど」

 私から彼らに話す本題は、これからである。




「――ええっ!? 水練の行に参加できない!?」

 急遽冬期休暇の使い道が決まってしまったので、鳳凰学舎内で見かけた学長テッサンを捕まえて、荒行の参加ができなくなってしまったことを伝えた。

 大層驚かれたし、ギャンブルに有り金全部注ぎ込んでスッたかのような落ち込みように心が痛くなる。

 というか、そんな顔をするほど参加を熱望されていたとは思わなかった。

 ……周りにいる生徒たちも何人か驚いた顔をしてこちらを見ているので、学長以外にも衝撃だったらしい。

「そ、そんな……修行する武客殿を近くで見守りたかったのに……!」

 えぇ……

「見守るほどのものじゃないと思うんですが」

「いいえ! いいえ! 高き龍の修行風景ですよ!? ワタシのような俗物とは対する姿勢も意気込みも違うでしょう! あなたがより高く昇る姿が見たかったっ……!」

 ……えぇ……

 ただ修行しているだけの姿だぞ?
 きっとほかの者ともそんなに変わらないと思うんだが……あんまり期待されるのも困るなぁ。

 ――でも悪い気はしないが。

 中年も終盤に掛かろうというこの年齢で、学長であるなら地位もあるわけだ。
 なのに武への意欲は衰えることなく、か。

 本当に面白い国だ。
 目を見張るほどの強者はいないが、鍛え甲斐がありそうな者がゴロゴロしている。

「また公務ですか!? アルトワールではそんなにイベントがあるんですか!?」

「いえ、公務では……今回はたまたま立て続けに来ただけです」

 というか、前の公務で起こった事件が尾を引いている、というのが正確だ。
 前回は事件の発生で、次は事件の解決に臨むのだ。

「公務ではない!? ではなんなのですか!? 一緒に荒行しましょうよ!?」

 うーん。
 したいのは山々なんだがなぁ。

「荒行終わりに振る舞われる白鶏スープは最高ですよ!?」

 スープ……
 うん、まあ、冷え切った身体に温かいスープはおいしそうだとも思うんだけど。

「武人としてけじめをつけに行くつもりです」

「……」

 必死で食らいついて懇願していた学長が、すっと引いた。

「武人としてのけじめですか。ならば止められませんな」

 ……お、おう。まあ……うん、そうでしょう?

「あなたが高き龍であるがゆえの事情です。それを曲げさせるなどワタシにはできませんな」

「は、はあ……ご理解いただけて何よりです」

 まあ、何はともあれ、これで冬期休暇の予定は確保できた。

 あとは、行くだけか。

「……それにしても喪失感がすごいですな。もう最近は水練の行だけを楽しみにしていたもので……あ、いえ、決して責めるつもりではなく」

 …………

 わかった。
 わかったよ。
 わかりましたよ。
 大の大人が子供たちの前で悲しそうな顔を惜しみなく見せるなよ。

「穴埋めをしますよ。冬休みまでに教師陣と組み手でもやりましょう」

「本当に!? 胸を貸していただけるのですか!?」

「ええ。武客として招かれていますから」

 こうしていろんな者の相手をするのも、武客の務めだろう。

 ……というか、これくらいは特別でもなんでもないのにな。時間に余裕さえあれば、言ってくれれば普通に応じるつもりはあるのに。

 まあ、でも、このくらいで喜んでくれるなら何よりだ。




 そんなこんなで、冬期休暇までの生活はあっという間に過ぎ去った。
 
 教師たちとの手合わせは放課後行われ、公表された。
 見るのもまた修行である。生徒たちには自由に見学していいという許可が出たのだ。

 その結果、ほぼ全校生徒が集うという、ちょっとした学校行事のようになってしまった。

 普段は指導する側……多くの生徒より強い教師たちの本気は、なかなか見る機会が少ない。私が相手をするのもあるのだろうが、教師たちの武勇も興味の対象としては魅力的だったのだろう。

 私も結構楽しかった。

 教師たちは、屋敷を訪ねてくる挑戦者たちより少しばかり強いようで、なるほど武を買われて学校の教師になったのだろうと納得することができた。

 特に、学長テッサンである。
 彼の流派は鋼鼠拳という名で、ネズミの動きを模した獣の拳だった。

 四つん這いになったり低い体勢から仕掛けたり飛び掛かったりと、小柄で固太りというコミカルな容姿も相まって、実に面白い拳法だった。

 もちろん実力は高かった。
 恐らく教師陣で一番強いのは学長だろう。ふざけているような動きなのに、ちゃんとしっかり強かった。

 彼が「八氣」を習得したら、もっと面白くなりそうだが……さすがに独断で教えるのはまずいか。この国では皇族の拳だからな。

 ――そんなイベントもこなしつつ、いよいよ明日から少し長い休みへと入る。




「……お嬢様……」

 まだ暗い早朝、下台の港には私とリノキスがいた。

 心配そうな、それでいて悲しそうな顔で彼女は私を見ている。

「そっちは頼むわね、リノキス」

「……」

「返事をしなさいよ」

「――やっぱり私も行きたいです」

 本当に聞かない奴だな……それに関してはもう何度も何度も話し合って来たのに。

「今回はダメだって」

 今度のハーバルヘイム行きは、社会的な意味での危険を伴う。
 率直に言うと、国際的な指名手配犯になってしまう可能性がそこそこ高い。

 さすがに、私の個人的な用事のために、ただの侍女を犯罪に巻き込むわけにはいかない。
 たとえ侍女である前に私の弟子だとしても、それでも結論は同じだ。

 ……というか現地での危険を考えると、リノキスの身が心配だ。

 乗り込む先はハーバルヘイムの中枢、王城だ。
 当然警備も厚ければ、予想もつかない危険もあるはず。

 私は何事があろうとどうとでもできるが、リノキスはまだまだ危ういからな。

 もっと言うと、リノキスはまだまだ普通の人間寄りだからな。

「それより頼み事をこなしてちょうだい。それだってあなたにしか頼めないんだから」

「……この頼み事だって、私にとっては重いんですよ……?」

「だからこそあなたにしか頼めないんでしょ。他に誰に頼めっていうのよ」

 リノキスには、これからアルトワールのリストン領まで飛んでもらうことになっている。

 頼んだのは、私と家族の縁を切ってリストン家から籍を抜くための書状を両親に渡し、こちらの事情を説明することだ。
 もちろん私の名前はもう書いてあるし、血判も押してある。

 これも、国際的な指名手配をされた時の対処である。

 実際はともかく、私はアルトワールからは追放の処分を受けているので、国籍がないのだ。
 これは正式な沙汰であり、ちゃんと法的な手続きも踏まえてある。

 ただし、アルトワールから追放されようとも、リストン家の一員であることは変わらない。国籍はないが、私の身元は第四階級貴人が保証していたのだ。

 その保証を失くすためのものだ。
 要するに、実家に迷惑をかけないための保険である。
 
「――ハーバルヘイム行き第一便にお乗りの方はお急ぎください! もうじき出港いたします! 繰り返します――」

 どうやら時間のようだ。

「そっちは頼むわね。何があろうと新学期までには必ず一度はウーハイトンに戻ってくるから」

「……お、お気を付けて……お嬢様……」

 いよいよ別れの時が近づき、リノキスが涙ぐむ。
 そんな彼女に頷いて見せて、私はハーバルヘイム行きの高速船に乗り込んだ。




「――おまえの侍女、泣いてるぞ。号泣してる」

 知ってる。
 見えているから。

 すごい手を振ってるのも見えているから。

 背後に近づき声を掛けてきた、ハーバルヘイムの暗部の一人、上役の男ことダリルがぼそりと呟く。

 そんな彼に、私は言った。

「――過保護なのよ。長くても三週間くらいの別れなのにね」




 こうして私は、珍しくリノキスと別行動を取り、単身ハーバルヘイムへと向かうのだった。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...