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335.ケンカを売られました
しおりを挟む校門付近に人垣ができていたので、何かやっているのかとは思ったが。
無遠慮に機馬で人の輪に突っ込むと、睨み合っていた男二人が何事かとこちらを見ていた。
片方はきっちりと制服を着た、中肉中背。
だが服の上からでもわかるほど鍛えに鍛えている肉体を持っている。
もう片方は、ゆるく制服を着崩しただらしない男だ。
上背もあるし体格もいい。
しかも、だらしない服装とは裏腹に、身体もよく鍛えているようだ。
――なるほど、武闘家としては同レベルって感じの二人だな。きっとライバル関係なのだろう。
「あら。もしかして取り込み中でした?」
というか、聞くまでもなく、どう見てもこれから私闘という雰囲気である。完全に横槍を入れた形だ。いや、槍どころか馬で突っ込んで台無しにした感じだろうか。
「あれ、ランジュウ? 何やってんだ?」
私の肩に手を置いてリアステップを踏んで機馬の上に立ち上がるジンキョウが、渦中の二人の片方に声を掛けた。
「師匠。あいつがさっき言った生徒会長だよ」
お? あーあー、ついさっきジンキョウが「会いたがっている」と伝言を持ってきた生徒会長か。
「馬上から失礼しました。お邪魔なようなので私はもう行きますね」
話をするような雰囲気でもないし、他人の戦いを邪魔する理由もないので、さっさと行くことにしよう。
当事者たちにも、それを見守っていた周囲の生徒たちにも、申し訳ない。
まあそもそも校門付近なんて、生徒なら誰もが通る場所で揉めていたのだ。
多少意図しない横槍や邪魔が入るのは仕方ないだろう。こんな事故もあるってものだ。
自分の中でそう言い訳をして、さっさと機馬を走らせようとしたその時。
「待ってたぜ、武客。あぁ?」
あ?
行こうとした私の目の前、進行方向に、今し方取り込み中だったはずのだらしない方の男が立ち塞がる。
そう、立ち塞がったというべきだろう。
彼はへらへら笑いながら、進ませないよう目の前に立ったのだ。
「この俺様がこんな真面目な時間に来たのは、こいつを見るためだ」
こいつ、と言いながら、男の目は私の乗る機馬に向いている。
「なんでも武客のガキが、最近面白い馬に乗って登校してるって聞いてよ。一目見てやろうと思っていたのよ」
ほう。こいつに興味があるのか。
「もう少ししたらマーベリアから売り出すはずですよ。よかったらご購入くださいね」
見るからに大人の男……上級生の先輩なので、丁寧に対応しておく。
ここは貴族学校のようなものだから、初対面の良く知らない相手に砕けすぎるのはよくない。
「これが欲しい」
「はい?」
「てめぇのが欲しいっつってんだよ。あ? 俺様が貰ってやるから降りろ」
…………
ほう。
ほうほう。
何を言われたのかよくわからず言葉を噛み砕いて理解したが――これ、私から恐喝で物を取り上げようとしているよな。
この私からねぇ……面白いことを言う輩ではないか。
「カイマ」
「あ?」
まだ私の後ろで立っているジンキョウが、至極冷静な口調で言った。
「やめといた方がいいぞ」
「うるせぇな。てめぇには何も言ってねえだろ、七光りがよ。引っ込んでろ」
「――俺は止めたぞ。あとは好きにしろよ」
どうやらジンキョウはこの男……カイマ?を知っているようだが、この状況を止めるつもりはないらしい。
つまり、私がやっちゃっていいってことだな?
降りかかる火の粉を私自ら払ってもいいってことだな?
お、なんだ、ちょっとわくわくしてきたな。ここまでストレートなアレは久しぶりだからな。
「――おいガキ」
改めて、カイマが私を見る。
この先の展開にわくわくしている私を見る。
「どんな事情で武客なんて大層な肩書を得たのか知らねぇが、ここにはてめぇより強いのがゴロゴロいるんだぜ。あ? 公衆の面前で無様にボコられて泣きながら故郷に帰るのは嫌だろ? はったりがバレる前にその鉄の馬をよこせよ」
はったり?
うん?
「ジンキョウ。はったりって何?」
言葉の意味がわからず後ろを振り向いて問うと、ジンキョウはちゃんと理解できていた。
「師匠が実は弱いんじゃないかって噂が立ってるんだ。ほら、師匠って全然強そうに見えないだろ? リノキスの方がよっぽど強そうだし。槍持ってりゃミトの方がまだ強そうだし」
ああ、なるほど。そうかそうか。
確かに見た目は弱そうだと、私本人も思うくらいだ。厳つさや鋭さというものは全然ないからな。
私の性根に似ることなく、この身体はいいところのお嬢様という風体をしっかりキープしていた。
ウーハイトンの連中は、私の姿を見ても子供扱いも弱者扱いもしないが。
やはり視覚的な要素で強そう弱そうくらいの感想は持っているわけか。
でも、それでもなかなかのものだと思う。
内心どう思っていたとしても、いざ戦うという時は、誰一人として「子供相手だから」「女の子相手だから」という手心を加えようとはしなかった。
こんな一見ただの少女でも、一人の武人として扱おうとしていた。
結果はどうあれ、全力でぶつかろうとした。
それこそ武闘家の礼儀である。
私はウーハイトンの武闘家たちに礼儀を尽くされていた――ゆえに私も、せめて最低限の礼は尽くさねばなるまい。
「やめろカイマ」
と、生徒会長が止めに入った。
「武客相手に何を言っている。陛下の耳に入ればさすがのおまえでもタダでは済まないぞ」
「あ? 代々この国の歴史に華を添えてきた天下の武客サマが、ただの一生徒と勝負するってだけの話だろ。
俺様がボコボコにして、泣いた武客サマが言うわけだ。『鉄の馬を献上するので許してくださいぃ』ってな。
それが嫌なら、先に鉄の馬をよこせって言っているんだ。俺様だって無駄が省けるってもんだぜ」
ほほう、なるほどねぇ。
――つまりアレだな?
「えっと……カイマ? あなた、私にケンカを売っているということでいいのよね?」
「簡単に言えばな。あ? まさか武客サマが逃げやしねぇよなぁ?」
まあね。
逃げる理由もないしね。
「ジンキョウ、機馬をいつもの場所に持って行ってくれる?」
「え、運転していいのか? やった」
フロントシートを空けると、ジンキョウは嬉しそうにハンドルを握った。
「あ、おいこらジンキョウ! 俺様の鉄の馬をどこに持っていくつもりだ!」
「まだあなたのじゃないでしょ」
「あ? ――ぶっ」
気が逸れまくるカイマの顔を、私はバチンと張った。最弱で。
彼はひどくよろめいたが踏みとどまる。
そりゃそうだ、耐えられる威力だからな。……自分で想定したより威力が出ちゃったかもしれないけど。
その隙をついてジンキョウが機馬を走らせて、その場を去った。
「なんだてめぇ!?」
が、さすがに殴られたカイマは、もう機馬どころではなくなったようだ。
「なんだって言われても。ケンカするんでしょ? 立ち合いでも試合でも稽古でもなく、ケンカをしたいんでしょ?」
だったら立会人もいらないし、弱い相手をあえて武で相手をする必要もないし。
この手の輩はしつこい性質の奴が多いので、しばらくへこむくらいには、心をバキバキにへし折ってやろう。
いらない嫌がらせをされるのも迷惑だしな。
「本当に弱いかどうか試してみたら? ちなみに私は、すでにあなたを少しばかりいじめてやろうと決めているけど」
右手を差し出し、クイクイと手招きする。
「武客サマを泣かせてくれるんでしょ? がんばってね」
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