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336.今度の武客もやはり強い
しおりを挟む――なるほど。
「大口を叩くだけはあるのね」
不遜な態度を取り、私にケンカを売ってきたカイマは、ミトと同等かそれ以上の資質があるようだ。
「て、てめぇ……!」
早くも膝を着いているカイマを、私は見下ろす……と言いたいところだが、大人と子供の体格差のせいでほぼまっすぐ正面だ。
「まだ五発しか殴ってないわよ? 続けるでしょ? 待ってあげてるんだから早く立ちなさい」
この年齢で、まだ「氣」の領域まで辿り着いていない者ばかりの鳳凰学舎なら、学校一強いくらいにはできる方だろう。
そりゃ調子に乗るだろう。
同年代の周囲の連中より頭二つも三つも実力に秀で、ライバルさえなかなかいないのだから。
しかもこれくらいの完成度なら、私の屋敷を訪ねてくる武闘家の中でもなかなか強い方に入る。
恐らくは我流だ。
我流で「氣」を修得している。
雑で粗削りで見れたものじゃないほどひどいが、それでも「氣」を習得していない者には圧倒的アドバンテージとなるだろう。
そしてそんな「氣」より、武術の才の方が優れている。
それゆえに、少なくとも「氣」の習得度で言えばジンキョウの方がマシだが、戦うとなると武術で劣るジンキョウが負けるだろう。
紛れもなく高い武才を持つ者だ。
それに――見た目や態度に寄らず、かなり真剣に研鑽を積んできた者でもある。それくらいは動き一つ拳一つ蹴り一つ見ればよくわかる。
「くそぉ!」
全身のバネと不出来な「氣」を使って、一瞬で距離を詰めて飛び込んできたカイマを、平手で頭を殴って地面に叩き落とし、遠ざけるためだけに蹴るようにして転がしてやる。
「――ほら、早く立ちなさい。」
「あれ? まだ終わってないのか」
機馬を置いてきたジンキョウは、ちょうどニア・リストンがカイマを押すように蹴り飛ばすところで戻ってきた。
人垣に囲まれた中、しかし二十名を越える人がいるのに、恐ろしいほど静かである。
誰もが身じろぎもせず、カイマを弄ぶ武客に注目していた。
「――ジン。あの武客は……」
さっきまで話の中心にいたはずなのに、気が付けばただの野次馬と化していた生徒会長ランジュウが、ジンキョウに声を掛ける――視線は武客ニア・リストンを注視したまま。
「言っただろ。めちゃくちゃ強いって」
皇帝陛下のコネで弟子入りという、誰かが言った七光りで憧れの武客に近しい存在となったジンキョウは、多くの者に聞かれた。
――「あの武客は強いのか」と。
見た目は少女で、全然強そうに見えない。
だが国の主がわざわざ武客として招待した者が、見た目通り弱いとは思えない。
その辺の疑問や疑惑、不可解などを解消するべく、真実を知るであろうジンキョウに聞いたのだが――
立場の上で知ったことを話す事はできない、とジンキョウはそれらの質問すべてを断っていた。
その中に、鳳凰学舎生徒会のメンバーも含まれていた。従兄となるランジュウもその中の一人だった。
そして――いつもは「何が起こったかわからない内に一撃で終わる試合」が、今この時だけは、何度も何度も「一撃を繰り返して」おり。
「もはや桁が……違うのか?」
それがわかる分だけ、ランジュウにもそれなりの実力があるという証拠である。
この光景を見守る生徒たちは、ようやく知った。
これまで何度かやってきたニア・リストンの私闘「何が起こったかわからない内に一撃で終わる試合」が、今回ばかりは何度も何度も繰り返される光景を見て――それは決して見間違いじゃなかったことを。
見えないのだ。
実際、本当に見えないのだ。
速すぎるニア・リストンの平手が、視認できないのだ。
構えるところまでは見せてくれるが、気が付けばその一撃は終わっているのだ。
何度も何度も繰り返しているその腕の動きも、手の動きも、まったく見えない。
渇いた破裂音のような皮膚や肉を叩く音がして、ようやく「一撃加えた」ことがわかる始末。
カイマは何度も挑むが、そもそもニア・リストンは一歩たりともその場から動いていない。まるで岩に挑む幼子のように、なんの影響も与えられない。
カイマは、鳳凰学舎で一、二を争うほどに強い。
性根や性格は褒められたものではないし、問題も多いが、こと武術に関しては誰もが認める存在だった。
特に、家の付き合いで幼い頃のカイマを知っている者は、今でも武に対してだけは真剣で、毎日修行を欠かさず行っていることも知っている。
そんなカイマが幼児扱いだ。
それも、年下の女の子相手にだ。
その光景は、ライバル関係にあるランジュウも、強さだけは認めている生徒たちも、衝撃的なものだった。
そして武人の気質から、これは瞬きさえ許されない光景だと動揺していても本能で悟り、食い入るように見ている。
「ジン、おまえはあの人の弟子なんだよな?」
「羨ましいだろ」
「ああ。殺したいほどにな」
「安心しろ、まだ何も教わってねえから。基礎が足りねえってさ」
なんとかニアの弟子であるミトに勝てるくらいのジンキョウだが、そのミトだって最近の伸び率が恐ろしいことになっている。一番弟子であるリノキスでさえ強すぎるくらいだ。
――嬉しい限りである。強くなるための環境として、ニア・リストンの傍は申し分ない。
それにしても、だ。
「こうなるとカイマも羨ましいな」
いつ頃か意識が切り替わったようで、今やボロボロのカイマは、憎らしげな表情や胡散臭い薄笑いは鳴りを潜めて、ただのボロボロの武闘家としての顔である。
すでにニ十発は殴られ、少々足に来ていてふらふらしているが、ふらふらしながらもニア・リストンに向かっていく。
――高度にして高速、目にも止まらないその平手を、カイマは一撃でも多く食らいたいのだ。そしてわずかなりとも見切り、己の経験に、血肉にしたいと考えている。
それがわかるランジュウは、自分も何発か殴られたいと考えている。
傍から見ているのと実際それを貰うのでは、見える景色も経験も違うから。
「……だが、そろそろだな」
カイマの意識は、すでに半分飛んでいる。
そろそろ止めないとまずい。
その後、ランジュウの静止で私闘は終了した。
武客ニア・リストンの「実は弱いかもしれない」などという噂も、この日この時から完全に消失した。
鳳凰学舎で一、二を争うほどの強者であるカイマを子供扱いであしらった――つまり、少なくとも学校最強はニア・リストンということがはっきりした。
そして――
「え? 殴れ?」
新たな噂となった「見えない平手」をぜひ経験したいという者が、時々本人に頼み込む姿が増えたとか。
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