狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
337 / 405

336.今度の武客もやはり強い

しおりを挟む




 ――なるほど。

「大口を叩くだけはあるのね」

 不遜な態度を取り、私にケンカを売ってきたカイマは、ミトと同等かそれ以上の資質があるようだ。

「て、てめぇ……!」

 早くも膝を着いているカイマを、私は見下ろす……と言いたいところだが、大人と子供の体格差のせいでほぼまっすぐ正面だ。

「まだ五発しか殴ってないわよ? 続けるでしょ? 待ってあげてるんだから早く立ちなさい」

 この年齢で、まだ「氣」の領域まで辿り着いていない者ばかりの鳳凰学舎なら、学校一強いくらいにはできる方だろう。

 そりゃ調子に乗るだろう。
 同年代の周囲の連中より頭二つも三つも実力に秀で、ライバルさえなかなかいないのだから。

 しかもこれくらいの完成度なら、私の屋敷を訪ねてくる武闘家の中でもなかなか強い方に入る。

 恐らくは我流だ。
 我流で「氣」を修得している。
 雑で粗削りで見れたものじゃないほどひどいが、それでも「氣」を習得していない者には圧倒的アドバンテージとなるだろう。

 そしてそんな「氣」より、武術の才の方が優れている。
 それゆえに、少なくとも「氣」の習得度で言えばジンキョウの方がマシだが、戦うとなると武術で劣るジンキョウが負けるだろう。

 紛れもなく高い武才を持つ者だ。
 それに――見た目や態度に寄らず、かなり真剣に研鑽を積んできた者でもある。それくらいは動き一つ拳一つ蹴り一つ見ればよくわかる。

「くそぉ!」

 全身のバネと不出来な「氣」を使って、一瞬で距離を詰めて飛び込んできたカイマを、平手で頭を殴って地面に叩き落とし、遠ざけるためだけに蹴るようにして転がしてやる。

「――ほら、早く立ちなさい。」

 







「あれ? まだ終わってないのか」

 機馬キバを置いてきたジンキョウは、ちょうどニア・リストンがカイマを押すように蹴り飛ばすところで戻ってきた。

 人垣に囲まれた中、しかし二十名を越える人がいるのに、恐ろしいほど静かである。
 誰もが身じろぎもせず、カイマを弄ぶ・・武客に注目していた。

「――ジン。あの武客は……」

 さっきまで話の中心にいたはずなのに、気が付けばただの野次馬と化していた生徒会長ランジュウが、ジンキョウに声を掛ける――視線は武客ニア・リストンを注視したまま。

「言っただろ。めちゃくちゃ強いって」

 皇帝陛下ちちおやのコネで弟子入りという、誰かが言った七光りで憧れの武客に近しい存在となったジンキョウは、多くの者に聞かれた。

 ――「あの武客は強いのか」と。

 見た目は少女で、全然強そうに見えない。
 だが国の主がわざわざ武客として招待した者が、見た目通り弱いとは思えない。

 その辺の疑問や疑惑、不可解などを解消するべく、真実を知るであろうジンキョウに聞いたのだが――

 立場の上で知ったことを話す事はできない、とジンキョウはそれらの質問すべてを断っていた。
 その中に、鳳凰学舎生徒会のメンバーも含まれていた。従兄となるランジュウもその中の一人だった。

 そして――いつもは「何が起こったかわからない内に一撃で終わる試合」が、今この時だけは、何度も何度も「一撃を繰り返して」おり。

「もはや桁が……違うのか?」

 それがわかる分だけ、ランジュウにもそれなりの実力があるという証拠である。

 この光景を見守る生徒たちは、ようやく知った。

 これまで何度かやってきたニア・リストンの私闘「何が起こったかわからない内に一撃で終わる試合」が、今回ばかりは何度も何度も繰り返される光景を見て――それは決して見間違いじゃなかったことを。

 見えないのだ。
 実際、本当に見えないのだ。

 速すぎるニア・リストンの平手が、視認できないのだ。
 構えるところまでは見せてくれるが、気が付けばその一撃は終わっているのだ。

 何度も何度も繰り返しているその腕の動きも、手の動きも、まったく見えない。
 渇いた破裂音のような皮膚や肉を叩く音がして、ようやく「一撃加えた」ことがわかる始末。

 カイマは何度も挑むが、そもそもニア・リストンは一歩たりともその場から動いていない。まるで岩に挑む幼子のように、なんの影響も与えられない。

 カイマは、鳳凰学舎で一、二を争うほどに強い。
 性根や性格は褒められたものではないし、問題も多いが、こと武術に関しては誰もが認める存在だった。

 特に、家の付き合いで幼い頃のカイマを知っている者は、今でも武に対してだけは真剣で、毎日修行を欠かさず行っていることも知っている。
 
 そんなカイマが幼児扱いだ。
 それも、年下の女の子相手にだ。

 その光景は、ライバル関係にあるランジュウも、強さだけは認めている生徒たちも、衝撃的なものだった。
 そして武人の気質から、これは瞬きさえ許されない光景だと動揺していても本能で悟り、食い入るように見ている。

「ジン、おまえはあの人の弟子なんだよな?」

「羨ましいだろ」

「ああ。殺したいほどにな」

「安心しろ、まだ何も教わってねえから。基礎が足りねえってさ」

 なんとかニアの弟子であるミトに勝てるくらいのジンキョウだが、そのミトだって最近の伸び率が恐ろしいことになっている。一番弟子であるリノキスでさえ強すぎるくらいだ。
 
 ――嬉しい限りである。強くなるための環境として、ニア・リストンの傍は申し分ない。

 それにしても、だ。

「こうなるとカイマも羨ましいな」

 いつ頃か意識が切り替わったようで、今やボロボロのカイマは、憎らしげな表情や胡散臭い薄笑いは鳴りを潜めて、ただのボロボロの武闘家としての顔である。

 すでにニ十発は殴られ、少々足に来ていてふらふらしているが、ふらふらしながらもニア・リストンに向かっていく。

 ――高度にして高速、目にも止まらないその平手を、カイマは一撃でも多く食らいたいのだ。そしてわずかなりとも見切り、己の経験に、血肉にしたいと考えている。

 それがわかるランジュウは、自分も何発か殴られたいと考えている。
 傍から見ているのと実際それを貰うのでは、見える景色も経験も違うから。

「……だが、そろそろだな」

 カイマの意識は、すでに半分飛んでいる。
 そろそろ止めないとまずい。




 その後、ランジュウの静止で私闘は終了した。

 武客ニア・リストンの「実は弱いかもしれない」などという噂も、この日この時から完全に消失した。

 鳳凰学舎で一、二を争うほどの強者であるカイマを子供扱いであしらった――つまり、少なくとも学校最強はニア・リストンということがはっきりした。

 そして――




「え? 殴れ?」

 新たな噂となった「見えない平手」をぜひ経験したいという者が、時々本人に頼み込む姿が増えたとか。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜

超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。 全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。 流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。 ※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください ※最終話59話で完結 途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

処理中です...