279 / 405
278.空賊列島潜入作戦 間幕
しおりを挟む「妙なことになったね」
二階の仕事部屋に戻るなり、赤毛の女が訝しげな顔でぼやいた。
エイダ。
二十年前に奴隷としてこの空賊列島へやってきた三十一歳で、ここバイラスの店では一番の年長者となる。
「…………」
「…………」
豹獣人の少女ルシエドと、落ち込んだ顔以外見たことのない少女アシールは、なんとも言わずに自分のベッドに腰を下ろす。
仕事の時は衝立でスペースを仕切られるが、今はただの大部屋である。
必要最低限の物しかないこの部屋では、二人で寝るには狭いベッドが、唯一彼女たちの居場所となっている。
「……こんな時でも無口かい」
見たことのない黒髪の少女はいきなり「この店のオーナーだから」などと言い出すと、よりによってエイダ以外の普通におしゃべりするメンツだけ残るように言い、それ以外を追い出したのだ。
正直、説明されてもよくわからなかった。
やれここを拠点にするだの、暴走王フラジャイルを始末するだの言われても、何がなんだかわからない。
あまりにもいきなり過ぎて、本音なのか冗談なのかも判断できなかった。
大層な何かが動き出そうとしているのだろうか。
大きな運命の車輪が、自分たちを巻き込んで、回り出そうとしているのだろうか。
そんなことさえも、まだ判別できない。
それと、全然心配はしていないが、バイラスの現在が気になる。
今元オーナーは、どこで何をしているのか。
こんな暴挙、バイラスは決して許さないだろう。
だからこそ、どうなっているのか気になる。心配はしていないが。
……なんて話をしたいのに、ルシエドもアシールも、普段からあまりしゃべらないタイプである。
まだ年若い彼女らは、ここでの生活を受け入れられていないのだ――かつてはエイダもそうだったので、怒ることも説得することもない。
いずれ嫌でもこの現実を受け入れ、希望を諦めて、心をすり減らして生活していくことになるのだ。
かつての自分のように。
――そんなことを考えていると、部屋に残るよう言われた二人が戻ってきた。
「ああ、おかえ……え?」
「どうだった?」とか「なぜ残るように言われたのか?」とか、当然気になることを流れで聞こうとしていたのに。
戻ってきた仲間の姿に、言葉が詰まってしまった。
「ど、どうしたんだいその顔!?」
左目に包帯を巻いていたはずの少女エスターのいつもの顔を、久しぶりにちゃんと見たからだ。
この一週間ほど、エスターの目元には、酔った客に殴られた傷が残っていた。
毎日のように、彼女の傷に効果があやしい塗り薬を塗ってきたのは、ほかならぬエイダである。
薬の効果もあやしいし、顔の傷のせいで満足に客も取れない。食生活は元々悪いが、最近のエスターの生活は特にひどかった。
傷が治り切れない。
いずれ化膿して悪化するんじゃないか、一生残る傷になるんじゃないか――そんな心配をしていたのも、今朝の話だ。
なのに。
「うん、なんか、治された」
その治されたエスター自身も、どこか納得が行っていないのか、まだ戸惑っているのか。喜んでいいのか悪いのかって微妙な苦笑を漏らしている。
「――神聖魔法?」
予想外の囁くような声に驚いて見れば、ずっとしゃべらなかったアシールが、死んだ表情のままエスターを見詰めていた。
「い、いえ……魔法ではないって、言ってはいたけど……」
「……」
色々戸惑っているが、アシールの反応にも戸惑いながらエスターがそう答えると、その返答に興味を失ったのか彼女は俯いた。
まあ、アシールのことは今はいい。
「あの子は何なんだい?」
「わからない。大した話もしてないし。私たちが残されたのは怪我してたからよ」
エスターは、松葉杖をつきながら自分のベッドへ向かう女性ルイザに目を向ける。
「なんかね、不思議な力で怪我とか治せるみたい。ルイザの足も、時間は掛かるけど治せるって言ってた」
「……嘘だろ?」
怪我をしてすぐの状態なら、治せるというのはわかる。
そういう意味では、エスターの顔の傷が治ったというのも、受け入れられる。まだ外傷として残っていたから。
しかしルイザの怪我は、もう何年の前のもので、とっくに塞がっている。もはや最高級の魔法薬でも再生は不可能だという話を聞いたことがある。
「私もそう思うよ。でも――」
「――私はあの子に賭けてみようと思ってるわよ」
そう言ったのは、ようやくベッドに腰を下ろしたルイザ当人だった。
「元から治るなんて思ってなかったしね。現状維持か完治するかもしれない、なんて二択があるなら、迷う理由はないでしょ? どうせ治らなくても損はしないんだから」
確かに、損はないのだろう。
ただ、あの黒髪の少女が何者なのか、なんなのか、現状あらゆる意味で理解の範疇を越えているだけで。
「私は……様子見かな。好きにしろって言われたし、好きにやるわ」
つまり――
「ルイザはあの子の味方になるんだね? で、エスターは様子見をすると」
エイダの確認に、二人は頷く。
「――わかった。じゃあ私もあの子に付く」
まだまだ信じる信じない以前の段階だし、これからどうなるかもよくわからない。そもそも名前だってまだ聞いていないくらいだ。
しかし、エイダは今この時、早々に立ち位置を決めた。
ルイザじゃないが、エイダだって賭けてみたくなったのだ。
どうせ年かさの行った自分は、もう数年もすれば稼ぐこともできなくなり、捨てられるだろう。
その後はきっと何一ついいこともなく野垂れ死にだ。
大した価値もない、誰にも必要とされない、老いた女の命である。
賭けたところで、何を勿体ないと思うことがあるのか。
「よっし、そうと決まれば私のやることは決まったね」
「何するの?」
「金は貰ったし、あの子の飯の準備をする。あの子のここでの生活は私が支える」
どうせ残りの人生は大したことはない。
ならば――「この島を支配している暴走王フラジャイルを始末する」とまで言い切った、これから大きな事を起こそうとしている者に賭けるのも悪くないだろう。
そんなに期待はしていないが、どうせ失敗したって失うものなど知れている。
エイダ自身の命も含めて。
――などと、己の立ち位置を決めたり、迷ったり、興味なさそうにしていた五人……いや、オリビエを含めた六人の女たちは、
「子供たちを保護してきたから。面倒見てあげて」
立ち位置が決まらないとか味方をするとかしないとか、そういう問題は存在しないことを、すぐに知ることになった。
その日の夜からどんどん増えていく女子供の奴隷の世話をするため、否応なく黒髪の少女のやることなすことに、巻き込まれていくことになるのだった。
40
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる