狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
128 / 405

127.ヴァンドルージュの出稼ぎ 四日目  午前

しおりを挟む




「お嬢様、今日は飛行船が出せないそうです」

 朝早く部屋にやってきたホテルマンは、一応出る準備をしていた冒険家の格好のリノキスが対応した。
 用向きは、セドーニ商会からの伝言である。

 ホテルマンから伝言を受け取ると、リノキスはテーブルで待機していた私にそう告げる。

「そう」

 今日は出稼ぎは無理か。

 私もすぐに出られるよう稽古着は着ていたが、髪は染めていなかった。
 窓の外を見ると、結構な勢いで白いものが舞っている。降雪量も然ることながら、風も強いようだ。
 中止になるのも致し方なしである。

 昨日の夜から怪しいとは思っていたし、船長も「明日まで雪が降るようなら船が出せないかもしれない」と言っていた。
 そして、案の定というか避けたかった事態が訪れたというか、こうして残念なお報せが来てしまった。

 降雪による悪天候のために飛行船が出せない。
 これはさすがに如何ともしがたい。飛んでいる最中に何かがあって船が落ちることになったら、目も当てられない。命に関わるだけに無視はできない。

 たとえ空であろうと、基本的に漁師と一緒である。
 空模様と海模様により、船を出せるかどうかが決まるのだ。

「それと昨日の魔獣の見積もりも届いてます。確認します?」

「しない。任せる」

 私に数字を見せるんじゃない。宿題だけでうんざりしているのに。

 ……しかしまあ、なんだな。

「でも大まかにどの程度集まったかは気になるわ」

「確かに気になりますよね」

 リノキスはそう言いながら、今私が任せた封筒を開けて、中の書類を検める。

「高速船が出せれば明日まで狩りに行けそうですが、そうじゃなければ今日で終わりですからね。その今日が潰れたとなれば、出稼ぎはこれでストップということになりますし」

 うむ。実質今日が最終日、ということにもなりかねないのだ。

 セドーニ商会のトルクには一応我らの滞在日程を伝えてあるが、来た時に乗った高速船を用意できるかどうはわからないと言っていた。
 そして明日も悪天候なら、今日と同じく狩りは中止となる。

 学院の三学期開始の日はどうやっても動かすことができないので、明日帰途に着く飛行船に乗るのは確定している。
 ただ、何時に帰るかが左右されるのだ。

 明日の朝早く乗るか、明日の夕方に乗るかだ。
 半日あればいくらかは稼げるはずなので、重要な要素であ。

「――えっと、初日から昨日のまで合わせて、一億と六千万弱といったところですね」

 一億と六千万弱。

「理想の半分ね」

「目標は三億クラムでしたからね。……それにしても金銭感覚が狂いそうな会話ですね」

 うん? うん……まあ元から金銭感覚がほぼない私には、それもよくわからない理屈だが。

「都合三日で一億五千万越えなんですから、私は充分だと思いますけどね」

 と、リノキスは書類をたたんで封筒に納める。

「……して、今日のご予定は、昨日の約束を果たすということで?」

 うん、こうなってしまった以上、別口の稼ぎ・・・・・を狙ってもいいだろう。

「私は反対ですよ。皇子だかなんだか知りませんけど、あの男は軽薄です。もっともお嬢様に近づいてほしくないタイプの軽薄な男です。ほんと軽薄きわまりない」

 いや昨日からそれ言ってるけどさ。

「年齢を考えなさいよ。私は七歳で、向こうは十八歳よ?」

 ここまで歳が離れているのに、何の心配があると言うんんだ。

「わかってないですね。お嬢様はそういうとこありますよ」

 なんか軽蔑した目で言い切られたんだが。あ? なんだ? どういうとこがあるって?

「いいですか? お嬢様は大人だ子供だの境界線を越えて、この世の全てのあらゆる存在より可愛いという動かしがたい事実があるんです。可愛ければなんでもいいという人間は私を筆頭に掃いて捨てるほどいるんです。そういう『子供だから大丈夫』なんて不安定かつ弱い根拠で安心していると痛い目に遭いますよ? これからは『こいつ子供でも平気な奴かもしれない』という、相手は異常者かもしれないというかもしれない精神を持っていてほしいのです。わかりますか?」

 ……うん。なるほど。

 聞く価値ないやつだったな。

「じゃあ行きましょうか」

「私の話し聞いてました!? あの男は軽薄だからダメですよ! 軽くて薄い男ですよ!」

 筆頭で掃いて捨てるべき異常者かもしれない奴がなんか言っているが、聞く価値がないので聞かないでおこう。本当に全幅の信用がおけない侍女である。




「――本物だ……本物だ! すげえ! ニア・リストンだ!」

 昨夜。
 約束していたアルトワール王国第二王子ヒエロ・アルトワールと合流した折のこと。

 出会うなり、主役であるヒエロ・アルトワールを押しのけて、彼は興奮して開口一番そんなことを言った。

 それが、ヴァンドルージュ皇国第四皇子クリスト・ヴォルト・ヴァンドルージュだった。

 お互い非公式の場だから堅苦しいのはなしにしようと提案、私はこれを快諾した。
 後からバレるとややこしいことになるかもしれないから、と考え名乗ったが、彼は「今夜の俺は皇子じゃなくてただのファンだと思ってほしい」と言い、ヒエロに「邪魔だどけ」と何度か尻を蹴られながらも、私の出ていた番組や企画についてしゃべりだした。

 その姿は、本当にただのファンのようだった。
 いや、ただのファンではないな。

 あれは……そう、時々意気込んで話しかけてくる放送局の人とよく似ていた。
 あの企画を観た、あの企画の意図は、あの企画の主旨は、と。
 そんな疑問が湧くと同時に、本人が頭の中に描いている企画や番組について出演者としてどう思うかを聞きたがる、少し空回りしている熱心な放送局員のようだった。

 だからこそ、私も少しばかり気に留めた。
 ヒエロがなぜクリストを連れてきたのか、私に逢わせたのかも、ちょっとわかった気がした。

 きっと彼が突破口だと考えているのだろう。
 このヴァンドルージュ皇国に魔法映像マジックビジョンの文化を取り入れ、育てていくであろう人物として、クリストに白羽の矢を立てているのだ。

 特に、本人に強いやる気と熱意があるところがいい。
 うまく行くかどうかはわかるはずもないが、やる気と熱意がない者は成功なんてしない。
 だからこそ、魔法映像マジックビジョンのない国にも拘わらず、彼はすでにスタートラインに立っているのだと思う。

 そんなクリストと、昨夜は食事をしながらいろんな話をした。

 一応あの夜の主役であるヒエロが時々「君はもう帰れよ」とか「帰ってくたばれ」とかぶつぶつ言っていたが、連れてきたのはヒエロ自身である。
 彼も、連れてきたらこうなることくらいわかっていただろうから、私もクリストとの会話を優先した。まあ質問されたことに応える程度だったが。

「本当に行くんですか? やめません?」

「これも広報と普及活動よ」

 どうせ今日は、できることがないのだ。
 一応お忍びで来ているので、堂々とヴァンドルージュ観光をするのも憚られる。雪も降っているしあまり出歩くものではないだろう。

 ならば、昨日のクリストからのお誘いを受けてもいいと思う。

 ――「明日ちょっと身内で集まる予定があるんだけど、よかったら顔を出さない? 俺はもっと君と話をしたい。もっと話を聞きたいんだ。ぜひ時間を作ってほしい」と。

 なんでも友人の誕生日で、暇で時間のある同年代の権力者が集まるそうだ。ヒエロも呼ばれていて、まあ飲んだり食ったりちょっとしたゲームをしたりして地味に過ごすらしい。
 非公式な集まりなので、誰かが呼ぶなら誰が行ってもいいんだそうだ。

「時間があれば行く」とあの時は答えたが。
 こうして時間はできてしまったので、行ってもいいのではないかと思う。

 少し顔を出して、様子を見て、邪魔そうならさっさと切り上げればいい。
 ヒエロが行くなら、きっと魔法映像マジックビジョンの売り込みも兼ねているはず。私が顔を出すことで多少なりとも援護ができれば、結果を左右する決定打になるかもしれない。

 ――これもまた、普及活動にしてコネ作りである。

 いずれヴァンドルージュが魔法映像マジックビジョンを導入した時、私がこちらに呼ばれることもあるだろう。
 その時のための下地作りにもなる……と考えると、悪い話ではないのだ。

「いいからヒエロ王子に連絡を取って。リノキスが行かないなら私が直接行くわよ」

「……わかりましたよ、もう……」



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

処理中です...