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126.ヴァンドルージュの出稼ぎ 三日目の報酬
しおりを挟むホテルのロビーにはテーブルがある。
主に待ち合わせに利用する場所で、部屋を借りている客を待ったり、また外部から来る者を待ったりと、そんな使い方が主だ。
とあるテーブルに並んで座る男二人も、その類の利用者だった。
「本当に会うのか? やはり帰った方がいいんじゃないか?」
「なんで帰るんだよ。苦労して寮を抜け出して来たのに。あのニア・リストンに会うなんてチャンス、俺にはそうないんだぜ」
何がチャンスだ。
正直に言って、控えめに言っても、「帰ってくたばれ」という言葉が妥当。立場上言えないが、言える立場なら容赦なく言い放っていたことだろう。
かの少女は、もはやアルトワール王国の玉石。
替えの利かない存在である。
まだ齢十にも届かない現段階でそうなのだ。
これから成長し、もっと光り輝き、もっともっとアルトワール王国中の人々を――あるいは世界中を魅了する、唯一無二にして孤高の至宝となりうるだろう。
もっとも魔法映像に長く拘わっているヒルデトーラも、最近売り出して急激に知名度を上げているレリアレッドも同じだ。
彼女たちは今でもまばゆいが、これからもっと強い光を放つのだ。
――なのになんだって光を食い散らしかねない悪い虫を近づける必要があるのか。
アルトワール王国第二王子ヒエロ・アルトワール。二十歳。
少し外向きに跳ねている金髪が特徴的な、見目麗しき王子様である。
学院の中学部までは第一王子を蹴落として王位を狙っていた野心家だったが、高学部卒業と同時に与えられた放送局局長代理という役職に就き、野心を忘れた。
それはもう見事なまでに、魔法映像の魅力と可能性に魅せられたのだ。
今やこの仕事を辞めなければいけないと言うなら、王位どころか王族の身分さえ捨てても構わないとさえ思っている。
こうなってしまうと煩わしいだけになってしまった、ヒエロを王位につかせようとグイグイ推していたとある高位貴人の娘との婚約も、すっぱり解消した。
そのおかげで、支配者階級の世界では、かなり際どい立場になってしまっているのだが……
――そんなことはどうでもいいとばかりに仕事に打ち込む彼は、それはそれで幸せそうだった。
少なくとも、野心に歪む顔よりは健全になり、隠し事のない堂々とした生活を送れるようになった。
隠し事がなくなった以上かつての政敵もめっきり減り、第一王子との関係も良好である。非常に生きやすくなったし、また何より生きがいが見つかったことが嬉しそうだ。
そんなヒエロの横には、艶やかな黒髪と左目の下に二つ並ぶ小さなほくろが印象的な、軽薄な男がいた。
名を、クリスト・ヴォルト・ヴァンドルージュ。十八歳。
ヴァンドルージュ皇国の第四皇子である。
十代でありながらすでに遊び人の雰囲気をまとう皇子らしさの欠片もないこの軽薄な男は、ヒエロが持ってきた魔法映像に強い関心を持っている。
そのおかげで友誼が生まれ、歳も近いことから、あっという間にかなり気安い友人関係となった。
ヴァンドルージュに魔法映像の文化を浸透させるには、絶対に必要な人脈である。
だからこそ無下にできないところもある。
だが、何より。
「なあ、ニアって本当に足速いのか? あれはそういう風に撮って見せてるだけなんじゃないか? イカサマじゃないのか?」
こいつは軽薄で口も軽いし軽薄で妙齢の女性相手ならば二言目には口説きに掛かるような本当に軽薄な男だが、魔法映像の熱心なファンでもある。
そうじゃなければ絶対に逢わせたくないし、逢わせるわけがない。
「本気でやっているとは聞いたが、どうかな。私もこれから初めて会うからわからない」
立場上そう簡単に国を離れられないクリストが、初めて魔法映像で活躍する演者と出会う機会なのである。
会わせたくはないし、やはりくたばれとも思うが……会いたい気持ちは痛いほどわかるので、渋々承諾した形である。
ヒエロが売り込みに持ってくる映像は毎回全て観るし、そこに出演する者にも強い関心を向けている。
クリストにとってのニア・リストンも、その一人だ。
さすがの遊び人も、六歳だか七歳の女の子とどうこうなんて考えられないだろう。
――だが、それは「今」の話だ。
十年経てば可能性はある。
この出会いが、いずれアルトワールが、いや世界が、ニア・リストンという至宝を失う可能性に発展するのではないか。
この男がニア・リストンという輝きを汚すような真似をするのではないか。
そう考えただけで、もう、もうなんか、なんか――!
「おい、殺気が漏れてるぞ。そういうのよくないと思いますけどねぇ」
ニヤニヤしながら指摘するクリストに殺気も増しそうなものだが、ヒエロは深呼吸をして心を落ち着ける。
深く考えると隣の友人を殺す結論を出しそうなので、もう考えないことにする。
もうすぐ件のニア・リストンがやってくる。
今更揉めたってもう遅いのだ。
――今晩、食事を一緒にどうですか?
それが今朝届いていたヒエロからの伝言だった。
「そろそろ時間かしら」
「そうですね。出ますか?」
少しだけ早めに魔獣狩りを切り上げてホテルに戻ってきたニア・リストンとリノキスは、夜の約束に向けて部屋で準備をしていた。
帰るなり風呂に入って、汗や海水を洗い流し、髪を乾かし整える。
毎日魔法薬で色を変えていたが、今回は解除薬で元の色に戻した。
そして諸々の準備が終わり、ゆっくり紅茶を飲み、陽が沈むのを待った。
朝からちらついていた雪が、結構本降りになってきた。
この分だと明日の狩りは無理かもしれない。
そんなことを考えつつ「手が止まってますよ」と何度かせっつかれつつ嫌で嫌でたまらない宿題をこなし、約束の時間が来た。
「――行きましょう」
今晩は冒険家リーノと付き人のリリーではなく、ニア・リストンと侍女リノキスである。
ニアはドレスを着て、リノキスは侍女服を着る。
まだ数日の役割の逆転なのに、なんだか少し懐かしいいつもの格好で、部屋を出た。
時間通りに来ていれば、ヒエロはロビーで待っているはずだ。
本日の戦果。
火海蛇、特大三匹、大三匹。
特大は三匹で二千四百万クラム、大は三匹で千五百万クラム。
突槍鮫、特大二匹。
一千万クラム。
鋸蛇、特大一匹。
三百万クラム。
合計五千二百万クラム。
一日目と二日目一億三百六十五万クラムと合わせて、一億五千五百六十五万クラム。
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