間隙のヒポクライシス

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3章:幼年期で終り

第8話

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「俺だ。どうした? 想定外の事態か? 常滑のスキルはどうだった」
「ああ、ありがとう。豊橋と堀田さんのおかげで、とこちゃんのスキルを具体的に把握できたよ」
「そうか。それは何よりだ」
「それよりも、豊橋の意見が欲しい。あと…60秒以内で話をしたい。とこちゃんと僕らのゴンドラが1周するまでに」
「いいだろう。話せ。常滑が言っていた『気になる事』と関係がありそうだ」
「手短に言う。僕と桜が乗っているゴンドラの、1つ後ろのゴンドラに、僕らと同じくらいの年齢の少女が1人で乗っている。とこちゃんのスキルで確認したところ、多分、その少女もスキル発現者だ」
「ほう。客観的事実として、1基の観覧車のうち、最低2台のゴンドラにスキル発現者が同時に乗っているという事か。偶然にしても面白い」
「そうなんだ。ここでの焦点は、これが偶然なのか、そうではないのか」
「何が言いたい」
「意見が欲しい。もし、現時点において、僕たちに危害を加える可能性があるスキル者がいるとすると、誰だと思う?」
「誰…という事は、具体的な個人名称で答えよ、とお前は言っている。俺たちが固有名詞で知っているスキル者は、常滑と国府を除けば、伊奈、左京山、本星崎の3人しかいない。この中で、俺たちが顔を知らないのは、左京山、本星崎の2名だ」
「その通りだと思う。そして、もし左京山のスキルが僕たちの仮説通り『第三者が知り得ない情報を、場所を選ばずに知り得るスキル』だとしたら、僕たちの前に姿を現す事はない筈だ。とすると…」
「なるほど…。そいつは本星崎の可能性がある。他人のスキル内容を鑑定できるスキル者だったな…。伊奈の話が正しいとすると、自衛隊側に与(くみ)している。それが本人の意志かは知らんがな」
「直接本人に、カマをかけてみる価値はある。問題は、彼女が僕たちに近づいた理由が、何らかの助けを僕たちに求めるためなのか、あるいは僕たちに危害を加えるためなのか、ということだ。現時点で、味方なのか敵なのかが解らない。つまり、接触のしかたを誤ると、どこかに控えている自衛隊に僕ら全員殺されるリスクがある」
「理屈としては国府の時と同じと見てよかろう。まず、本星崎のスキルでスキル発現者を確認する。発現者がいれば、あらゆる犠牲を意に介さず、自衛隊によりスキル者の殺害を第一目的とする。もっとも、どうやって俺たちが今日、ここに常滑を連れてやってくる事を知ったか、だがな。ここにはやはり、左京山が関わっている仮説を支持するしかあるまい」
「であれば、僕たちの取りうる選択肢はひとつだけだ。ゴンドラを降りたら、本星崎に話しかける。これ以外にはない」
「そうか。本星崎の役割が、スキルを鑑定して自衛隊に知らせるだけであれば、本星崎を逃した時点で、少なくとも常滑の命は終わる事になる」
「そういう事だ。本星崎が電話で話している相手が防衛省関係者で、スキル者が乗っているゴンドラ、つまり常滑のゴンドラを指示している可能性を否定できない」
「だが、解せん。なぜリスクを負ってまで、お前たちの隣のゴンドラに乗り込む必要があるのか」
「それはわからないけれど…。僕たちに存在を勘づかれない自信があったのか、あるいはスキル鑑定ができる距離感が思いのほか短いのか…そんなところだと思う」
「承知した。俺たちはまだ半周残っている。悪いが、お前たちと本星崎の接触に際し、すぐに協力ができん。もっとも、逃げる事もできんがな」
「わかってる。僕たちだけで対処する」

「あ、鳴海にいちゃんから電話だがね。もしもし。もうゴンドラが下につくところだでよ」
「うん、わかってるよ。とこちゃんに、ひとつだけ伝えておきたいんだ」
「なんだがや?」
「ゴンドラから降りたら、4人とも、できるだけ身を隠して欲しいんだ。あと、とこちゃんには、あの女の人の心を読み続けてもらうと同時に、観覧車のまわりで変なことを考えている人たちがいないかを確認し続けてほしいんだ」
「変なこと…かね」
「例えば、僕たちの命を狙おうとしている人たちとか…」
「そ、そんなえーれー危険な状況かね。わかりゃーしたでよ。できるだけ広い範囲の、できるだけ多くの人の声に気をつけるでよ」
「ありがとう。あ、でも、無理しすぎないようにね…。とこちゃんのスキルは、とこちゃん自身にとっても危険かもしれないから…」
「わかっとるでよ。もう下につくで、電話切るでな」

「とこちゃんたちが降りたみたいだな…。僕たちも続いて降りよう」
「あたし、隣の女の子を見張っていた方がいいかな?」
「それは大丈夫だよ。彼女が僕らに続いてゴンドラを降りた後に、僕らに目もくれずに観覧車を離れるようだったら、僕が声をかけるよ。恐らく、彼女が僕らに積極的に接触してくる事はないと思うから」

「あ~、疲れた…できるだけ自然なフリ、自然なフリ」
「さて、彼女はどう動くか…」
「あ、鳴海くん、今、あたし、目が合っちゃった! あ、でも、そそくさと階段を降りていくみたいだよ」
「よし、追いかけよう」
「あ、早足になった」
「しまった、気づかれたか」
「どうする? 声をかける?」
「おい! そこの女の子! キミ、キミだよ。ちょっとストップ、ストップ!」
「…ダメ、止まってくれない」
「下手に捕まえると、痴漢と叫ばれそうだ…。おい! 本星崎!」
「あ、一瞬、ビクッとなった」
「やっぱりそうなのか…? やばい、走り出した」
「あたし、捕まえてくる!」
「え?」
「コラ待て~! とりゃあ!」
「ぶ…文藝部の運動神経とは…」
「あん! 鳴海くん、逃しちゃった!」
「逃しちゃった、じゃないよ…仕方がない。僕が捕まえるか。本星崎が防衛省側の人間だとしたら、本星崎を巻き添えにしてまでスキルのない僕たちを殺す事はしない筈だ」
「きゃっ! な…なん、なんなんですか? あな、あ、あなたは」
「なんだキミは…ってか。もしキミが本星崎だとして、他人のスキルを鑑定する能力を持っているのだとしたら、とぼけても無駄だという事はわかっているだろ? 僕たちには常滑がいる」
「…ど、どう、どうして、わた、私が、本星崎だと? こ、ここ、心を読まれる事を前提に、こ、こう、行動をしていたのに」
「ん? キミは、僕たちが伊奈と面識がある事を知らないのか? あるいは、左京山から知らされていないのか?」
「しま、しまった…。し、失敗した…。いな、伊奈さんと接触があったばかりか…さ、さきょ、左京山さんの存在まで、し、知っていたなんて…」
(なるほど…やはり、本星崎がスキルを発動できる範囲は、広くないようだな。でなければ、国府の崩壊の時、あの公園で、伊奈の存在に気付いていた筈だ。となると、ますます伊奈が味方なのか敵なのか、わからなくなってきたぞ…)
「まず確認したい。本星崎、キミは今、単独行動か? それとも、前回みたいに自衛隊がどこかに潜んでいるのか?」
「………」
「…そうか。まあいい、後でとこちゃんに確認すればいいからな。質問を変えよう。今、本星崎が抱えている任務はなんだ? 何が目的で、僕たちと接触した? まあ、大体の想像はできているけれど」
「そ、そう、想像ができるなら、あて、あ、当ててみればいいじゃない」
「む…。わかったよ。ええっと…。国府が崩壊した時、自衛隊は僕たち全員を殺害しようとしていた。いや、正確には、1人を除いた、全員か…。あの時は全員を殺そうと思ったにも関わらず、その後、僕たちを2週間以上放置した。となると、方針を変えたと見るのが正解だろう。あの、バス停から遠い田舎の公園ならまだしも、無関係な善意の第三者が大勢いる場所で複数の殺人を行うのはリスクが高すぎる。であれば、スキルの有無や、スキルの内容をひとりずつ確認して、スキル発現者だけを拉致する方法が最も効率的で安全だ。だから、僕たちの仮説はこうだ。今日の本星崎の任務は、僕たちの中に、他にスキルを持っている人間がいるかを調査する事。この場所に僕たちが来る事は事前に左京山から聞いていたんだろう。遊園地みたいな人が多いところは、本星崎にとっては目立たずにスキル調査ができる反面、この場での殺人、拉致はリスクが高い」
「ふ、ふん…。そ、そう、想像に任せてみたら、い、いい、いいんじゃないの?」
「本星崎の命に関わらないのであれば、教えて欲しいんだ。スキルが発現する条件とはなんだ? 調査対象者は僕たちだけなのか、それとも全国的に沢山いるのか? 少なくとも、僕たちの誰かにスキルが発現する事が前提でないと、僕たちを調査する理由がない筈だ。本星崎の調査の結果、僕たちの中に他に既にスキルが発動しているメンバはいたのか? あと、崩壊フェイズをパスする方法は? なぜ、スキル者を防衛省は問答無用で殺そうとしているんだ?」
「あ、あな、あなた、ば、バカなの? わ、わた、私がそれを言う義理が、どこ、ど、どこにあるのよ?」
「…まあいい。あとでとこちゃんに…」
「む、むだ、無駄よ。こ、この、この状況で、そ、そん、そんな事を頭の中で思い浮かべるほど、わ、私は愚かじゃない」
「…誘導尋問をしてもいいけど、豊橋の力が必要だな…。ん? あ、豊橋から着信だ。あれ? メッセージが来てる…左京山からだと…!? あ、もしもし。豊橋か?」
「おい、鳴海! すぐにそこから離れるんだ!」
「どうしたんだ?」
「連中がお前らの元に向かっている。目立つ格好はしていないが、明らかに不自然だ。少なくとも本星崎の確保は目的のひとつだろう」
「わかった。本星崎を解放してこの場を離れる」
「な、なる、なるほど…。ど、どうして、じ、事前情報と、に、人数に1人のズレがあるか、わ、わかった…」
「人数のズレだと?」
「ふ…ふふ…。あな、あ、あなたたち、スキ、スキル発現者は、とこ、常滑ちゃんだけじゃない。す、すごいスキルを持ってる人が、あな、あなたたちの中に、ほか、他にも、いる、いるじゃないの」
「凄いスキル…だって? それは誰だ? 殺害の対象にするのか?」
「あ、あん、安心して…。そのスキルは、わ、わた、私たちが無視しても、ま、全く問題がないスキルだから。ふふ…た、たぶ、多分、その人を殺そうとしても、い、いみ、意味がない」
「…本星崎、キミは何を言っているんだ?」
「鳴海にいちゃん! 桜ねえちゃん! 変な事考えとる人たちがおったでよ! こっちにようけ向かって来よーでるで、はよ逃げや~!」
「とこちゃんも気付いたか。豊橋の連絡に間違いはなさそうだな。欲しい情報をまだ何も訊けていないのは残念だけど…ここは退散しよう」
「あ、ああ、あと、ちゅ、忠告しておく。そ、その子には、あま、あまりスキルを使わせないほうが、い、いい、いいわよ。ほ、崩壊フェイズに入らなくても、たい、大変な事になるから。も、もう、もう、なってるか…」
「なんだって?」
「ほ、ほ、ほら。は、はや、早く行ったほうがいいわよ」
「くそっ! よし、皆、自衛隊の連中に勘づかれないように、この場を離れよう」
「鳴海にいちゃん、どこに行くかね?」
「とりあえず植物園の方に行こう」
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