勇者「もうがんばりたくない」~ノベル連載版:過去に戻った勇者はもう悲劇を繰り返させないようです~ 

ちくわブレード

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第一章

24.【水帝のリカルダ】●●●

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「……世界に流れる、血液ですか。先生の言いたい事は何となく分かりますが、やっぱり私にはそれがどの様な感覚なのか分かりませんわ」

「ん、っとそうだね。
 ──……血は温かいよね? 人が生きるには血が必要だ、この血は沢山の命を糧にして作られて巡っている。
 この世界に生きる生物はその多くが循環と回帰に繋がってるんだよ。
 死は生き物にとって冷たい眠りでもある、この世界にはまだ『外』が作られていないけれど……いずれ僕らを温かくしてくれている陽の光全てにも意味が生まれると思う。
 人だけじゃない。
 僕ら人類種の始祖種とも言われるエルフたちも人間ほど血肉を好んで食べたりしないものの、世界を覆う自然に近い微量で純粋な魔力を吸収しながら生きている。
 そして──みんな、その血は温かいんだ。
 僕にとって『魔力』というのは目に見える自然のひとつで、この手にも触れられる……熱を持った血潮なんだ。それに……」


 そこまで語って、暫し雨の降る外へ視線を向けながら何かを言おうとしたフェリシアの周りでパチンと電流めいた音が弾けた。
 複数設置されていた小さな箱型の魔道具、ルーシャの録音機がその容量を使い果たしてしまったらしい。
 フェリシアの視線が周囲を巡り、それから安堵したような残念なような顔を浮かべて。ルーシャの方へ彼は微笑みかける。

「……少しは楽しんで貰えたかな?」

 ルーシャ・バルシュミーデはほんの少しだけ頬を膨らませて、どこか不機嫌そうに答えた。

「絶対いま先生、言いそびれた事があったでしょう」

「無いよ?」

「いやありました。多分ですが言わなくても良い程度ではあるんでしょうが私にとっては面白そうな話をしている気がしました、さぁ白状して下さい」

「白状ってルーシャさん……」


 ────困り顔で黒い髪を揺らしていたフェリシアが、窓でも部屋の扉でもないあらぬ方向に顔を上げて目を見開いた。

(……どこを見て……?)

 彼に次いでルーシャが同じ方向へ視線を向けるが、そちらにあるのは壁だ。
 屋敷の中は当然ながら静かな様子だし、ルーシャも部屋の外を伺う魔術の心得があったことから何も無いのは明白だった。
 だがフェリシアの様子が一変している。
 ──胸の内で抱いた疑問を口にしようとしたルーシャの前で、フェリシアの姿が消失する。
 止める間もない。
 部屋の中を突風が吹いたと思った直後に燭台の火が閃光の様に瞬いてから消え、同時に床に赤い燕尾服のみが落ちた。

 今度は少女が目を見開いてあちこちを見回すが、勉強用の部屋などそう広くもない。
 ましてやフェリシアが隠れる時間など無かったはずなのに、完全に彼はその場からいなくなってしまっていた。

「な、なんなんですの……っ!?」

 置き去りにされたルーシャ・バルシュミーデが悲鳴混じりの声を上げて立ち上がり、燕尾服をわざわざ拾い上げてから机の上に叩きつけるのだった。






 ──雨の降り注ぐ城下町を見下ろす様に、上空へフェリシアは転移する。

 魔力の波紋が渦巻いて彼の出現と同時に宙に雨粒のドームが弾け飛ぶ最中、その中心で街を一望したフェリシアが小さく悪態をつく。
 彼がバルシュミーデ伯爵邸を飛び出して来たのは他でもない、街中で助けを求める声が上がったからだった。

(声は確かに聴こえて来た。でも……何処だ?)

 降りしきる雨のせいではない。
 しかし彼には今や誰かが上げた助けを求める声がもう聞こえて来なくなっている。
 それ自体が悪いという事はないのだが、フェリシアが緊急と判断した際に感知した『声』はもっと生死に関わる物だったはずだった。
 ではそれが何故、今は何の音沙汰も無いというのか?

(……死の気配は無い。
 殺されたわけじゃない、恐怖の念も伝わって来ないという事は意識を断たれた──……まさか僕の接近に気付いて?)

 救いを求めた者の命を脅かされているならば、屋敷を飛び出してから感知系の魔術と魔力による反響で索敵を試みていたフェリシアに気付けぬ道理はない。
 そうなれば襲撃者ないし魔の手は相手に助けを呼ばせるほどの殺意か悪意を以て脅かすのに次いで、わざわざ生け捕りにしたという事だ。
 意識を断つのにかけた手間は僅か一瞬、フェリシアが駆け付ける寸前のコンマ一秒に満たない時間だけだ。
 そんな事をする意味や理由は、そこまで徹底しておきながら殺害の後に逃走するという思考に至らなかったのは──つまり相手は初めからそのつもりだったという事。

 フェリシアの知る限り、エスト王国城下町を殆ど索敵の範囲下に収められる能力を持っているのは自分だけである。


「…………まんまと、誘い出されたわけか……?」


 大量の水飛沫と共に街中、メインストリートから離れた路地裏の端へフェリシアが降り立った。
 バシャリと足元で響く水音は一瞬で鳴り止み、また雨の降る音が周囲を支配する。
 緋色の衣装が『内側』から僅かに張り詰める。
 濡れた黒い髪の毛先が音も無く伸び、淡い白銀を纏ってから赤く染まって行く。

 ──やがて、赤髪が背中に達するまでに長さを伸ばした後。フェリシアの鋭い眼が前を向く。
 は気付かない。
 低い声。目線が高く上がった自身の背丈。
 揺れ動く緋色の魔力が勇者の手の中へと集うその姿を、本当に彼を知るかつての世界での人物達が居たならすぐに思い出しただろう。
 そこに在ったのは紛れもなく6年後の勇者フェリシアだと。





「──── ご名答」


 雨の降りしきる音や香りはそのまま、風向きさえも何も『変わらない』中で透き通った声が響いた。
 路地裏の壁や地面、水溜まりに映る水の波紋の揺らぎから這い出るかのように姿を現したのは無数の『騎士』達だ。
 フェリシアの容姿が逞しい青年の姿へと骨格から変じて戦闘態勢に入ったのと入れ替わりに、彼の眼前で蠢き並ぶ異形の騎士達は純粋な大気を巡り伝わる『音』ではない声を使って話しかけて来る。

 その声音はとても静かだ。

「フローレンス姉妹を退けたのは何かの間違いかと思っていましたが、その魔力の圧は……どうやら勇者とは貴方の事で確かな様子。
 とはいえ、体勢を整え次第に彼等が一丸となって貴方を試すと言っていましたが……疑問が尽きない実力なのも確か。
 ……勇者。
 ──実に忌々しい、その力に何の間違いがあるものか。
 貴方に恨みはありませんが勇者を名乗り、それほどの力を……受け取っているのならば、話は別です。
 ここで……その命を摘み取らせて戴きます」



 不定形だった異形の騎士達を足元の雨水が這い上がり、そのカオを作り上げる。
 鎧から兜に至り、その爪先から剣先に及ぶまでが水。
 フェリシアの手にも水が浮き上がり、魔力で岩石で構築した大剣の時と同様の技術で固定した水の魔剣が一振り完成する。
 透き通るような声の主を勇者フェリシアは知っていた。

 ──その力と呪詛は変幻自在の象徴。
 生命の源でもある『水』を司るが為に世界各国で称されるようになった其の名は四天王が一人、水帝すいていのリカルダ。
 雷帝フローレンスと同様にその身を覆う呪詛は『雫の呪詛』と呼ばれる強力な呪いであり、世界に満ちて巡る性質ゆえか生命に寄り添う概念に因るものからか、あらゆる生命の癒しを促進させるのと同時に腐らせる事も出来る能力を持っていた。

 何より、水帝のリカルダがかつての勇者フェリシアや歴代勇者を苦しめたのは異能によるものではない。
 その力が強力な物として認識される所以の最たる物は、自らの司る水が豊富な空間内において無尽蔵の『水の騎士団』を召喚する事が可能だという事。

(……王国内で、戦える相手ではない)

 水帝の召喚した騎士団が蠢き、魔力で形成されたつるぎを手に歩み寄って来る最中。
 フェリシアも同様に雨の降り注ぐ路地裏を歩き、前へ出る。

(市街地……まだ日中を過ぎて数刻程度しか経っていない。この時間なら市民は……巻き添えになる。
 私が水帝だけを狙っても取り巻きが周囲に配慮などする筈もない──この場を離れるが先決か)

 暫しの間。
 雨の勢いが微かに増したのをフェリシアが感じた。

 ──駆け出す勇者。
 先手に見せかけて水の魔剣を路地裏の左右壁面を切り崩しながら距離を詰めた直後、フェリシアの胸元や肩口、身体を無数の剣が貫いて鮮血を散らした。
 だがフェリシアの背後から突如殺到して来た瓦礫が彼ごと水帝の騎士達を押し流し、次いで奔った魔力の奔流が雨粒を弾いて辺り一帯を震動させる。
 転移魔法トランスファーによって自らを貫き、触れた騎士達を巻き込んで場所を変える為だった。

 ドシャリと転移によって切り取られて失せた空白に水飛沫が後から落ちて、宙を舞った鮮血を雨が叩き落す。




「────……どうか御赦しを、我が主。
 あの男は間違いなく勇者。ここで討たねば……必ず貴女の命を脅かす敵になるのです。
 今宵は紛れもなく我が領域……邪魔者も、無い……────」

 認識阻害の呪詛によって顔を隠した女騎士、水帝のリカルダが長い銀髪を雨に曝したまま地面へ沈んで行く。



 再び始まった四天王との戦いを知る者は、誰もいない。


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