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 斗真とうまさんが僕の手首を掴んだままスマートフォンを取り出してタクシーを呼んで、何とかその腕を振り払おうとするけれど、強く握りしめられていて敵わない。

「やだっ! 斗真さん! 離してください!」

 斗真さんがクスクス笑って、「だから帰さないって。すぐタクシー来るからね? 俺が慰めてあげるから」と耳元で囁いた。

 耳朶じだを掠めるその吐息が気持ち悪くて、ぎゅっと目を閉じたら、同時に涙もこぼれて、でも──。

「キミ、やめなさい」

 不意にマスターの声が聞こえたかと思ったら、いつの間にかバーカウンターの前まで出てきていたマスターが、力強い腕で斗真さんの手を手首から放してくれて。

 斗真さんが「邪魔すんなよ!」と声を荒げると、マスターが「これ以上騒ぐなら警察を呼びますよ?」と静かに抑制よくせいした。

 舌打ちをした斗真さんがカウンターに千円札を一枚放って「ふざけんなよ、ノンケ相手に縋ってんじゃねーよ」と言い捨てながら店を出て行った。

「マスター……ありがとうっ、ござい、ます……」

 嗚咽混じりに喋るとマスターが背を擦ってくれて、その手の温かさにますます涙がこぼれる。

「大丈夫だから帰りなさい。失礼だけど、会話は聞いていました。キミは本当に好きな人がいるんだろう? あんな男の言葉を真に受けてはいけないよ? 裏切られてもまだ愛しているなら、キミが望む本当の気持ちに従えばいい。きっと、上手くいく。もしもまた裏切られるようなことがあったら、その時は僕のところへ来なさい。大切な常連客のキミを傷つけた彼を許さないから。キミは独りじゃない。今度は、その彼と一緒においで?」

 涙を拭って一礼して、マスターに改めてお礼を言ってから、すぐにタクシーに乗って家へ着いた。

 暖人はると──。

 今、何してる?
 僕は、まだ暖人を忘れられずにいるよ。暖人も僕を覚えててくれてるかな。

 あの日、別れたあの日、言ってくれた言葉はまだ有効かな。

 スマートフォンを取り出して、着信履歴を開いてみる。
 暖人は僕の連絡先を消したけれど、僕の連絡先にはまだ“暖人”と登録されたままの表示が残っている。

 そっと、タップしてみる。

 暖人は、登録されていない番号からの電話に出てくれるだろうか──。

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