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葵晴あおは、おかえり。アイツになんか言われなかったか?」

 家に帰ると、暖人はるとが心配そうな顔を向けた。
 こんな風に暖人が出迎えてくれるのも、もうあと僅か。

「ただいま、暖人……。来栖くるす先輩、いつもどおりだったよ。虚しいくらい、いつもどおりだったよ、それに──」

 僕はスーツのジャケットをソファに放って、ネクタイを引き抜きながら、そっと口を開く。

「暖人に勝ったから、もう俺の役目は終わったって。身体は痛くなくなったけど……心が痛いや……」

 ゆっくり、暖人が近寄ってきた。
 その手を、僕の身体に近づけて。

「葵晴、触っていいか?」

「やだ」

 だってまた泣くから。

 今更、もうやり直す勇気もないのに、でも、こんなに好きな暖人に優しくされたら泣くから。

 きっと、僕がトラウマを克服して暖人にやり直そうって言えば、全て丸く収まって、僕はまた幸せになれるんだろうと思う。

 でも──。

 僕はやっぱり怖いから。
 また裏切られたらと思うと、やっぱり怖いから。

 暖人を、信じられないわけじゃないけれど、これ以上、一ミリでも傷つく可能性があるんだったら怖いから。

 同じ性癖の相手を好きになっていれば、よかったのかもしれない。
 けれど、同じ性癖だったとしても浮気されない可能性はゼロじゃない。

 だったら、一人で生きていくしかないんだ。
 何度も何度も、そう決意しようとしているのに、やっぱり辛いや。

「じゃあ、手だけ握っていいか?」

 言いながら、暖人が僕の手を握った。
 まだ、いいって言ってないんだけど、勝手に触るなよ。

 たちまち瞳に涙が滲んで、雫が顎を伝ってシャツの襟に落涙らくるいした。

 僕の想いは、今はもう暖人だけに向かっているのに、僕さえ納得したら、きっと暖人は温かく受け入れてくれると思うのに。

 でも、やっぱり怖いや。
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