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 終業後、暖人はるとに「寄るところがあるから」と先に帰らせた。
 そのまま、タクシーに乗って真っ直ぐ『キュリオス』に向かうと、来栖くるす先輩がもう来ていた。

 こじんまりとしたカウンター席しかない薄暗い照明の店内には、まだ早い時間のせいか、僕たち以外誰も居なかった。

 来栖先輩が僕に気づいて片手を上げてくれて、隣に座るよう促した。

 マスターが「いらっしゃい」と優しく微笑んでくれる。
 僕は「こんばんは」と挨拶をして、既に顔見知っているマスターに笑みを返した。寡黙だけれど、たまに会話に的確な意見を挟んでくれる素敵な人だ。

 必然的に、僕と来栖先輩の会話も聞かれているから、僕が“彼女”と別れて落ち込んでいたことも知っていて、でも今日、僕が話す内容は、またマスターを驚かせてしまうだろう。

椎名しいな、何飲む?」

「ジンフィズで」

 来栖先輩がマスターにそれを告げて、自分も同じものを頼んでいた。
 すぐにカウンターにグラスが置かれ、来栖先輩が「お疲れ」とグラスを合わせてきた。

 一口含むと炭酸とレモンのさっぱりした味わいで、口の中がシュワッと弾けるそれに、少しだけ心が落ち着く。

「……で、椎名。日高ひだかくんの言っていることはどこまで本当なの?」

 少し間を置いて、来栖先輩がそう問うた。
 僕はグラスをぎゅっと握りしめて、もう誤魔化せないんだから赤裸々に話すしかないと、怖々こわごわ口唇こうしんを震わせた。

「僕は……暖人に裏切られて、来栖先輩にたくさんたくさん励ましてもらって……それで、いつの間にか来栖先輩のことを好きになってしまっていました。でも、来栖先輩には僕がゲイなこと、絶対に悟られたくなかったし、あんなこと言った暖人にムカついた。でも、今更戻ってきた暖人が……やってることは滅茶苦茶だけど、嬉しい言葉をくれるんです。僕の気持ちはフラフラしてて、どうしたらいいのかわからなくて……」

 来栖先輩がグラスに口付けて、そっと僕を見遣った。
 僕は、その視線を感じたけれど来栖先輩を見ることが出来なくて、ただただ手元のグラスを握りしめてしおたれた。

「俺は、別に椎名がゲイだって聞かされても嫌な気持ちにはならなかったよ? 前も言ったけど、そんなことで軽蔑したりはしない。ただ……日高くんの元へ置いておくのは違うかなって思ってる。正直、俺は日高くんが好きじゃない」

 そりゃそうだよね、と苦笑した。
 来栖先輩にあんな態度ばかり取って、尚且つ、僕がどんなに暖人の裏切りに苦しんでいたのかを知っている優しい来栖先輩なら、暖人へは嫌悪感しか抱かないだろう。

 でも、僕はまた気持ちが傾いている自分がいて──。

 暖人にまだ未練があって忘れ切れていないのか、来栖先輩だけを見ているのか、わからなくなっている自分がいて。

「暖人が……来栖先輩にはあんなんだけど……ずっと、こんな僕の傍に居てくれるとか言い出すんです……今更。でも、僕はもう誰かに裏切られるのが怖いんです。来栖先輩にだって、こんな気持ちバレちゃって、嫌われるのが怖いんです。それだったら、僕はずっと一人で生きていくしかないのかなって……孤独なんです」

 来栖先輩が、僕を見つめていた瞳を逸らした。
 少しだけグラスを揺らしてコロンと氷を転がせながら、その音に乗せるように、そっと口を開いた。

「俺は嫌わないよ? ただ、俺はゲイじゃないから椎名の気持ちには応えられない。ごめん」

 マスターの気遣わし気な瞳に僕は苦笑いを返して。
 小さく俯いた。

 ああ、やっぱり僕は独りだ──。
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