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3章

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 奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀色のフォークとナイフの形が切りだしてあって、
「いや、わざわざご苦労です。
 たいへん結構にできました。
 さあさあおなかにおはいりください。」
と書いてありました。おまけにかぎ穴からはギョロギョロ二つの青いめだまがこっちをのぞいています。
「うわあ。」がたがたがたがた。
「うわあ。」がたがたがたがた。
 ふたりは泣き出しました。
 すると戸の中では、こそこそこんなことを言っています。
「だめだよ。もう気がついたよ。塩をもみこまないようだよ。」
「あたりまえさ。親分の書き方が下手なんだ。あそこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けたことを書いたもんだ。」
「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨も分けてくれやしないんだ。」
「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいって来なかったら、それはぼくらの責任だぜ。」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早くいらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたがたと、菜っ葉をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。はやくいらっしゃい」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラダはお嫌いですか。それならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」
 二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃのかみくずのようになり、お互いににその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。
 中ではふっふっとわらってまた叫んでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いては折角のクリームが流れるじゃありませんか。へい、ただいま。もうじきもってまいります。さあ、早くいらっしゃい。」
「早くいらっしゃい。親方がもうナプキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っておられます。」
 二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。
 そのときうしろからいきなり、
「わん、わん、ぐわあ。」という声がして、あのしろくまのような犬が二ひき、扉をつきやぶってへやの中に飛び込んできました。かぎあなの眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく部屋の中をくるくる回っていましたが、また一声
「わん。」と高くほえて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸ひ込まれるように飛んで行きました。
 その扉の向うのまっくらやみのなかで、
「にゃあお、くわあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさ鳴りました。
 へやはけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。
 見ると、上着や靴や財布やネクタイピンは、あっちの枝にぶらさがったり、こつちの根もとにちらばったりしています。風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
 犬がふうとうなって戻ってきました。
 そしてうしろからは、
「旦那ぁ、旦那ぁ、」と叫ぶものがあります。
 二人はにわかに元気がついて
「おーい、おーい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。
 みのぼうしをかぶった専門の猟師が、草をざわざわ分けてやってきました。
 そこで二人はやっと安心しました。
 そして猟師のもってきた団子をたべ、途中で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。
 しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとうりになおりませんでした。
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