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先生との再会
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「なによ! 疫病神はないでしょ。せっかく会いに来てあげたのに」
当然といえば当然の反応だけど、私との再会を喜んでくれなかったことが哀しい。
「何しに来たんだよ! おまえと関わるとろくな事にならない。よく俺に会いに来れたものだな!」
恨みがましい目をして先生は私を睨んだ。一億もの賠償金を支払うハメになったのだから仕方ないか。
「賠償金のことだけど、大丈夫よ。茉理、ちゃんと取り下げるようにお願いしたから」
「えっ、本当か? 嘘じゃないだろうな?」
先生は信じがたいといった顔で私を見つめた。
「本当だよ~ だから茉理、会いに来れたんじゃない」
「じゃあ、支払った一億円を返してくれるって言うのか?」
不機嫌な態度からして、私の言ったことは信じてないようだ。
「そうだよ。その手続きを茉理が頼まれたの。銀行口座を教えてくれたら明日にでも振り込んであげる」
「なんでおまえみたいな高校生が一億もの大金を任されるんだよ」
そんな質問をされるとは思ってなくて、言葉につまる。だって茉理が貰った慰謝料から支払うなんて言ったら、先生は複雑な気持ちになるでしょう。
「一億円って言っても口座に振り込むだけじゃない。小学生にでもできるよ」
確かにこんな大金を弁護士も通さずに返金するなんておかしな話だ。ちょっと考えが甘かった。
どうしよう……
「弁護士からの報告書類くらいはあるんだろう。それを見せろよ」
「…もう、イチイチうるさいなぁ。返すって言ってるんだから黙って貰っておけばいいでしょう!」
どう答えればいいのか分からなくて、思わず感情的になる。
「そんなわけにはいかないよ。おまえは信用できない。又とんでもないトラブルに巻き込まれたくないからな」
「そうですか。そんなに信用できないなら結構です! じゃあ、預かった一億円は茉理がもらっておくね~」
くるりと踵を返し、マンションを出て行こうとしたけれど。
「待てよっ! なんでおまえに横取りされなきゃいけないんだよ!」
先生に手首をガッチリとつかまれた。
「報告書類はあとで送るって弁護士さんが言ってた。お金を急いでないなら振り込みはあとでするわ」
私は世間知らずな高校生だった。どう考えても先生の言ってることの方がまともだ。ここは大人しく引き下がったほうが良さそう。報告書はレオンにお願いすればなんとかしてくれるはず。
「わかったよ。嘘じゃないならそれでいい。ここで何時間待ってんだ? 晩飯はもうすんだのか? 」
急に優しくなった先生を前にして気持ちが高ぶる。
「ううん、晩ご飯はまだよ。ここには六時からいたから」
「六時から⁉︎ ラインで連絡すれば良かっただろう!」
呆れたように驚いて先生は目を丸くした。
「だって、先生はもの凄く怒ってると思ったから……」
「まぁ、確かにな。ブロックしたかも知れないな。ハハハッ」
やっといつもの明るい先生の笑顔が見られて嬉しい。
マンションからあまり遠くない、路地裏のお寿司屋さんに入った。
すでに夜の九時を過ぎていて、カウンターに六人ほど客がいた。常連客なのか板前の店主に軽口を叩いていた。
市松模様のユニホームを着た女店員に、小上がりに通された。
靴を脱いで座敷に上がり、座布団に座る。正座はなかなか慣れなくて、すぐに足が痛くなる。でも日本に住む以上は慣れないとね。
お腹は空いているはずなのに空腹は感じなかった。
「なにがいい? 遠慮するな。好きなものを食べろ」
先生がそう言ってメニューを開いた。
「なんでもいい。あまりおなかは空いてないの」
「今は食べ盛りの年頃だろう? ダイエットでもしているのか? 少し痩せたな」
案内してくれた女性が注文を取りに来た。テーブルに緑茶とおしぼりを置くと、頼んだものを復唱して去っていった。
「それで? 奴との結婚はしなくてもよくなったのか?」
運ばれて来た緑茶を一口飲んで先生が言った。
「そう、ゲオルクから嫌われる方法は意外と簡単だったの。彼は財産目当ての女が嫌いだってレオンが教えてくれたから」
「そうか、上手く切り抜けられて良かったな。もうドイツへ連れていかれて、結婚させられたのかと思ってたよ」
面白そうに語る先生がなんとなく憎らしかった。私がゲオルクと結婚しても先生は平気だったの?
「時給八百円のバイトはまだ続けているのか? 」
「バイトは辞めちゃったよ。だってゲオルクの介護をしなくちゃいけなかったから。先生に殴られたケガなんて、大したことないのに二週間も入院してたのよ」
「まぁ、奴にしてみれば、寝ているだけで賠償金を巻き上げられるわけだからな。こっちはとんだ災難に見舞われたよ」
「……ごめんなさい」
それから先生は、賠償金の返済のために開業することになった話をはじめた。やる気満々の先生は、お寿司を食べながら楽しげに熱っぽく語った。
なによ、メチャクチャ楽しそうじゃん。
この人って、災難にあっても全然へこたれないんだ。
心配していた私のほうが、ずっと辛い思いをさせられたじゃない。
「だけど、考えてみれば勿体ないことをしたな。大富豪と結婚できるチャンスなんて中々ないからな。また時給八百円のバイトを始めるのか?」
莫大な慰謝料を手にしたことは伏せておいた。家事代行サービスのバイトをしたいと思っていたから。
「ううん、あの飲食店にはもう行けないの。勝手に辞めちゃったんだもん。バイト先がなくて困ってるんだ。ねぇ、家事代行サービスのバイトさせてくれるって前に言ったよね?」
「家の中がメチャクチャだから、代行サービスは欲しいけどな。だけど未成年者はやめとく。もうトラブルはごめんだからな」
やっぱり、そう言われるような気がした。
「先生のいない時間帯に掃除しておくからさ。部屋に一緒にいなければいいんでしょう?」
「掃除だけじゃなくて、俺は食生活のサポートもして欲しいんだよ。外食とコンビニ弁当ばかりじゃ病気になるだろう」
じゃあ、茉理と結婚すればいいじゃない。それなら犯罪にもならないし、家事代行サービスだってタダで受けられるんだから。
いくら率直な私でも、流石にそこまで言う勇気は持てなかった。
色気のない私は恋愛の対象にされていないのだ。
「ちゃんと夕ご飯も作ってあげるよ。茉理、ママと暮らすようになってから、めっちゃレパートリーが増えたんだから」
お料理くらいすぐに覚えられるもん。
「雇ってやりたいのは山々だけどな。開業医になるってことは大変な責任を伴うんだ。何かあったら俺一人の問題ではなくなる。おまえの口添えで賠償金が取り下げられたなら、礼として三百万くらいやるよ。そのかわりバイトは諦めてくれ」
「お金なんかいらない! じゃあ、茉理とはもう会えなくなっても平気なの!」
ついムキになって感情的になる。
先生がポカンとした顔をして、口に入れかけたマグロの箸を止めた。
「……おまえどうした? 友達がいないのか?」
こんなにまで言ってるのに、先生は少しも気づいてくれなくて目に涙がにじんだ。
「茉理は友達なんかいらない!」
泣き顔を見られたくなくて、目をそらして立ち上がる。
「どうしたんだよ? まだ全然食べてないじゃないか」
「気分が良くないから帰る。さよなら!」
「ちょっと待てよ! なんなんだよ!」
食べかけのお寿司を残したまま、先生も立ち上がった。
ブーツを履いて足早に外へ出ると、会計を済ませた先生が慌てて追いかけて来た。
「茉理! 待てと言ってるだろう。なにを怒ってるんだよ!」
先生に追いつかれ、腕をつかまれた。
「……おまえ、なんで泣いてるんだ?」
ボロボロに泣いてる顔を見られて、破れかぶれな気持ちになる。
「……先生が好き。茉理と、、茉理と結婚して」
自分で言った言葉が信じられなくて、涙が止まらなくなる。
人通りのない路地で強く抱きしめられた。
だけど、多分これは同情なのだろう。
そんな風に感じて、抱きしめられていても深い哀しみが押し寄せた。
当然といえば当然の反応だけど、私との再会を喜んでくれなかったことが哀しい。
「何しに来たんだよ! おまえと関わるとろくな事にならない。よく俺に会いに来れたものだな!」
恨みがましい目をして先生は私を睨んだ。一億もの賠償金を支払うハメになったのだから仕方ないか。
「賠償金のことだけど、大丈夫よ。茉理、ちゃんと取り下げるようにお願いしたから」
「えっ、本当か? 嘘じゃないだろうな?」
先生は信じがたいといった顔で私を見つめた。
「本当だよ~ だから茉理、会いに来れたんじゃない」
「じゃあ、支払った一億円を返してくれるって言うのか?」
不機嫌な態度からして、私の言ったことは信じてないようだ。
「そうだよ。その手続きを茉理が頼まれたの。銀行口座を教えてくれたら明日にでも振り込んであげる」
「なんでおまえみたいな高校生が一億もの大金を任されるんだよ」
そんな質問をされるとは思ってなくて、言葉につまる。だって茉理が貰った慰謝料から支払うなんて言ったら、先生は複雑な気持ちになるでしょう。
「一億円って言っても口座に振り込むだけじゃない。小学生にでもできるよ」
確かにこんな大金を弁護士も通さずに返金するなんておかしな話だ。ちょっと考えが甘かった。
どうしよう……
「弁護士からの報告書類くらいはあるんだろう。それを見せろよ」
「…もう、イチイチうるさいなぁ。返すって言ってるんだから黙って貰っておけばいいでしょう!」
どう答えればいいのか分からなくて、思わず感情的になる。
「そんなわけにはいかないよ。おまえは信用できない。又とんでもないトラブルに巻き込まれたくないからな」
「そうですか。そんなに信用できないなら結構です! じゃあ、預かった一億円は茉理がもらっておくね~」
くるりと踵を返し、マンションを出て行こうとしたけれど。
「待てよっ! なんでおまえに横取りされなきゃいけないんだよ!」
先生に手首をガッチリとつかまれた。
「報告書類はあとで送るって弁護士さんが言ってた。お金を急いでないなら振り込みはあとでするわ」
私は世間知らずな高校生だった。どう考えても先生の言ってることの方がまともだ。ここは大人しく引き下がったほうが良さそう。報告書はレオンにお願いすればなんとかしてくれるはず。
「わかったよ。嘘じゃないならそれでいい。ここで何時間待ってんだ? 晩飯はもうすんだのか? 」
急に優しくなった先生を前にして気持ちが高ぶる。
「ううん、晩ご飯はまだよ。ここには六時からいたから」
「六時から⁉︎ ラインで連絡すれば良かっただろう!」
呆れたように驚いて先生は目を丸くした。
「だって、先生はもの凄く怒ってると思ったから……」
「まぁ、確かにな。ブロックしたかも知れないな。ハハハッ」
やっといつもの明るい先生の笑顔が見られて嬉しい。
マンションからあまり遠くない、路地裏のお寿司屋さんに入った。
すでに夜の九時を過ぎていて、カウンターに六人ほど客がいた。常連客なのか板前の店主に軽口を叩いていた。
市松模様のユニホームを着た女店員に、小上がりに通された。
靴を脱いで座敷に上がり、座布団に座る。正座はなかなか慣れなくて、すぐに足が痛くなる。でも日本に住む以上は慣れないとね。
お腹は空いているはずなのに空腹は感じなかった。
「なにがいい? 遠慮するな。好きなものを食べろ」
先生がそう言ってメニューを開いた。
「なんでもいい。あまりおなかは空いてないの」
「今は食べ盛りの年頃だろう? ダイエットでもしているのか? 少し痩せたな」
案内してくれた女性が注文を取りに来た。テーブルに緑茶とおしぼりを置くと、頼んだものを復唱して去っていった。
「それで? 奴との結婚はしなくてもよくなったのか?」
運ばれて来た緑茶を一口飲んで先生が言った。
「そう、ゲオルクから嫌われる方法は意外と簡単だったの。彼は財産目当ての女が嫌いだってレオンが教えてくれたから」
「そうか、上手く切り抜けられて良かったな。もうドイツへ連れていかれて、結婚させられたのかと思ってたよ」
面白そうに語る先生がなんとなく憎らしかった。私がゲオルクと結婚しても先生は平気だったの?
「時給八百円のバイトはまだ続けているのか? 」
「バイトは辞めちゃったよ。だってゲオルクの介護をしなくちゃいけなかったから。先生に殴られたケガなんて、大したことないのに二週間も入院してたのよ」
「まぁ、奴にしてみれば、寝ているだけで賠償金を巻き上げられるわけだからな。こっちはとんだ災難に見舞われたよ」
「……ごめんなさい」
それから先生は、賠償金の返済のために開業することになった話をはじめた。やる気満々の先生は、お寿司を食べながら楽しげに熱っぽく語った。
なによ、メチャクチャ楽しそうじゃん。
この人って、災難にあっても全然へこたれないんだ。
心配していた私のほうが、ずっと辛い思いをさせられたじゃない。
「だけど、考えてみれば勿体ないことをしたな。大富豪と結婚できるチャンスなんて中々ないからな。また時給八百円のバイトを始めるのか?」
莫大な慰謝料を手にしたことは伏せておいた。家事代行サービスのバイトをしたいと思っていたから。
「ううん、あの飲食店にはもう行けないの。勝手に辞めちゃったんだもん。バイト先がなくて困ってるんだ。ねぇ、家事代行サービスのバイトさせてくれるって前に言ったよね?」
「家の中がメチャクチャだから、代行サービスは欲しいけどな。だけど未成年者はやめとく。もうトラブルはごめんだからな」
やっぱり、そう言われるような気がした。
「先生のいない時間帯に掃除しておくからさ。部屋に一緒にいなければいいんでしょう?」
「掃除だけじゃなくて、俺は食生活のサポートもして欲しいんだよ。外食とコンビニ弁当ばかりじゃ病気になるだろう」
じゃあ、茉理と結婚すればいいじゃない。それなら犯罪にもならないし、家事代行サービスだってタダで受けられるんだから。
いくら率直な私でも、流石にそこまで言う勇気は持てなかった。
色気のない私は恋愛の対象にされていないのだ。
「ちゃんと夕ご飯も作ってあげるよ。茉理、ママと暮らすようになってから、めっちゃレパートリーが増えたんだから」
お料理くらいすぐに覚えられるもん。
「雇ってやりたいのは山々だけどな。開業医になるってことは大変な責任を伴うんだ。何かあったら俺一人の問題ではなくなる。おまえの口添えで賠償金が取り下げられたなら、礼として三百万くらいやるよ。そのかわりバイトは諦めてくれ」
「お金なんかいらない! じゃあ、茉理とはもう会えなくなっても平気なの!」
ついムキになって感情的になる。
先生がポカンとした顔をして、口に入れかけたマグロの箸を止めた。
「……おまえどうした? 友達がいないのか?」
こんなにまで言ってるのに、先生は少しも気づいてくれなくて目に涙がにじんだ。
「茉理は友達なんかいらない!」
泣き顔を見られたくなくて、目をそらして立ち上がる。
「どうしたんだよ? まだ全然食べてないじゃないか」
「気分が良くないから帰る。さよなら!」
「ちょっと待てよ! なんなんだよ!」
食べかけのお寿司を残したまま、先生も立ち上がった。
ブーツを履いて足早に外へ出ると、会計を済ませた先生が慌てて追いかけて来た。
「茉理! 待てと言ってるだろう。なにを怒ってるんだよ!」
先生に追いつかれ、腕をつかまれた。
「……おまえ、なんで泣いてるんだ?」
ボロボロに泣いてる顔を見られて、破れかぶれな気持ちになる。
「……先生が好き。茉理と、、茉理と結婚して」
自分で言った言葉が信じられなくて、涙が止まらなくなる。
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