六華 snow crystal 8

なごみ

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レオンとの別れ

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やり残した仕事を済ませ、今日はレオンがドイツへ帰国する日。


いつのまにか秋も深まり、木々もすっかり葉を落としていた。


空港までお見送りすると言ったけど、どこで別れても変わらないからと、札幌駅でお別れすることになった。


午後ニ時だったのでJR駅はさほどの混雑もなく、改札口から少し離れた場所にレオンの姿を発見した。


大きなスーツケースを片手にレオンも私を探していたのか、立ち止まってキョロキョロとあたりを見まわしていた。


「レオン!!」


手をあげて、レオンに走り寄る。


「茉理、見送リニ来テクレタノデスネ」


「当たり前じゃない。レオンにはとってもお世話になったもの。本当に感謝しているよ」


なぜがもう二度とレオンには会えなくなるような気がして、胸が痛くなった。







「ゲオルク氏カラノ慰謝料、見事ダッタ。コンナニ茉理ノ思惑ドオリニ話ガ進ムトハ思ッテモミマセンデシタ。素晴ラシイ手腕ダヨ」


「レオンがいいアドバイスをくれたからだよ。本当にありがとう」


ゲオルクにうまく嫌われたのも、SNSで世論を味方につけられたのも、みんなレオンからのアドバイスのおかげだ。


ゲオルクとの結婚を強要されて追いまわされ、あの頃はレオンのことをずいぶん恨んだけれど、それはワイナリーを守るための一時しのぎ的な演技だった。


「君ハ勇気ト行動力ガアルカラ、僕ヨリ経営ニモ向イテイルカモ知レナイ。高校ニ行カナイナラ、一緒ニワイナリーヲ立テ直シマセンカ?」


ジッと見つめるレオンの目にうろたえた。



もしかして、一緒についてきて欲しいってこと?


あの謎のプロポーズ以来、レオンはそのことについて何も言わなかった。


私もなんとなく、その話題を避けていたけれど……。







「ま、、茉理はレオンみたいに頭脳明晰じゃないもん。経営なんてムリムリ! っていうか、そういうの興味ないしね。…商売には向いてないの」


しどろもどろになりながら言い訳をし、うつむく。


「……アノ医師ノ所ヘ行クノデスネ?」


寂しげにつぶやいたレオンの顔を見返すことができなかった。


「う、うん、お金を返しに行かなくちゃ。私のせいで一億円も賠償金を支払うハメになっちゃったんだもの」


「ワカッテマシタ。茉理がアノ医師ノ所ヘ行クコトハ。モシ又ドイツへ戻リタクナッタラ連絡ヲクダサイ」


「レオン……」


思わず涙があふれ、レオンの胸に飛び込んだ。レオンからも強くハグされる。


ずっと心の支えになってくれたお兄さん。


まるで父親みたいな愛で私を包んでくれた。


レオンを異性として考えたことはなかったけれど、もしかして一生を共にして幸せなのは、こんな人なのかも知れない。


「茉理ノ幸セヲ願ッテマス。オ元気デ」


レオンはそう言うと、手を振って改札を抜けていった。


心にポッカリと穴があいたような気分に苛まれた。この先、レオンほど私を想ってくれる人なんて現れるだろうか。



レオン、今まで本当にありがとう。








賠償金三億円のことは、当然ママの耳にも入っていた。意図的に婚約解消を成功させた私に、ママはひどく憤慨した。


大富豪のマンシュタイン家と、ワイナリー工場の富豪シュルツ氏では格がまったく違うのだから、ママががっかりするのも無理もない。


「バカな真似をして。億万長者になるチャンスを棒にふるなんて。あなた、将来絶対に後悔するから!」


ソファに突っ伏し、涙ながらに悔しがるママを心底哀れに思う。


ママがゲオルクに見染められてたらよかったのにね。いくらママが魅力的でも、小児性愛者が相手じゃどうにもならないし。


ママは私が未成年であることをいいことに、三億円の振込先を自分の口座にしたかったようだ。だけど、自己破産しているママが、慰謝料の受取人になるわけにはいかなかった。


自己中心的なママに腹は立つけれど、今の境遇はあまりに可哀想な気もして、一億円はあげてもいいと思った。贅沢に慣れてしまったママに、大金を任せることには不安があったけれど。


そのかわり茉理にはもう、なんの干渉もしないで。







11月も過ぎて、やっと口座に慰謝料が振り込まれた。


大金持ちになれた嬉しさより、これで先生に逢いに行けるという喜びの方が大きかった。


……茉理のこと、許してくれるかな。


コンクリートの駐車場に、横たわった先生を置き去りにしたことを思い出す。


あの時は、ああするしか方法がなかったのよ。


少し不安を感じながらも、地下鉄琴似駅で下車し、マンションまでの懐かしい風景を眺めながら歩いた。


夕方の六時を過ぎていたので、すっかり夜の風景だけれど、駅近のこの辺はビルやお店が連なっていて賑やかだ。


来月のクリスマスに向けて、電飾で飾り付けしたお店も多く、色とりどりのイルミネーションに心も浮き立つ。 


今年はどんなクリスマスになるんだろう。


それより、私はこれからどうやって生きればいいのかな。


ふと、そんなことが思い浮かぶ。


ずっとゲオルクから逃げることに必死で、将来のことなど考えている余裕もなかったのだ。


いざ自由を手にしてみると、未知の不安が押し寄せ、あせりにも似た気分に襲われる。


無理やり婚約させられる前は、銅版画のエッチングに夢中だった。


スイスの寄宿学校には選りすぐりの素晴らしい講師が沢山いた。どの先生の授業も本当に楽しくて、眠くなるような授業をする先生などほとんどいない。


私には美術の才能があって、子供の頃から絵を描くのが好きだった。


そのうち銅版画に魅せられ、スイスの有名な展覧会で最優秀賞を受賞した。すっかりのめり込んだ私は、寝る間も惜しんで作品作りに没頭した。


才能を見込んだ先生も、とても力になってくれたけれど……


そんな私に降ってわいたようなゲオルクとの婚約。


版画どころではなくなり、その頃、親に反発していた浩輝くんと一緒に日本へ逃げた。


何度かレオンに連れ戻されそうになりながらも、日本の高校へ編入することができた。


日本の高校の授業はひどく退屈だった。詰め込み的教育は拷問にしか感じられず、私はどんどん落ちこぼれていった。


そして、空気を読もうともしない率直な私は、クラスメイトともトラブルを起こして孤立した。


高校をサボり、行き場のない私が頼りにできたのは、一緒に寄宿舎から逃げて来た浩輝くんだけだった。


親に反抗していた浩輝くんは、高校にも行かず、バンド仲間との演奏にのめり込んでいた。


身内も友人もない札幌で、そんなバンド仲間たちと一緒に過ごす以外に、私の孤独を癒す場所など他になかったのだ。


そんな一年も前のことを思い出しながら歩いていたら、駅から徒歩五分のマンションに着いていた。


銅版画、また始めてみようかな。


ウキウキした気分でマンションに入り、エントランスの椅子に腰掛けた。


先生が当直でないといいけど。


時計を見ると、六時を過ぎたばかりだから、かなり待たされるだろうな。









マンションの扉が開くたびにドキッとしたけれど、やっぱり先生はなかなか現れなかった。


スマホで浩輝くんのライブを観ていた。


私にボーカルなんて本当につとまるのかな?


だけど、ちょっと夢があって楽しそうかも。


八時も過ぎた頃、マンションの扉が開く音がしたので顔を上げると、先生が入ってくるのが見えた。


「先生!!  」


素早く駆け寄り、あまりの嬉しさで先生の腕をつかんで振りまわす。


「わーい!! やっと会えたね~~!!」



「お、おまえ、日本にいたのか? なにをしに来た、この疫病神!!」





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