六華 snow crystal 4

なごみ

文字の大きさ
19 / 48

新たな旅立ち

しおりを挟む
**有紀**


ゴールデンウイークが終わった五月の中頃、LCCを使い、沖縄へ向かった。


沖縄は小学六年の夏休みに、家族で旅行した。


美ら海水族館に玉泉洞、首里城や平和記念公園などを見てまわった記憶がある。


弟の駿太はまだ小学ニ年生で、国際通りで迷子になったりしていた。


真夏の沖縄は、焼け焦げそうなほどの日差しだったけれど、私は南国のほんわかしたムードがとても気にいった。


将来こんなところでのんびり暮らしてみたいと、子ども心にそう思ったことを覚えている。


そんな思いもあって、次の居住地を沖縄にした。看護師は全国どこでも不足しているから、勤め先はすぐに決められるはず。


あの寒い札幌のアパートで、失恋の痛手から立ち直るのは時間がかかりそうだったし、もう一つの目的もある。


妊娠をしていたのは麗奈さんだけではなかったのだ。







私が妊娠 ⁉︎


にわかには信じられなかった。不妊症なのだろうと、勝手に思い込んでいたのだった。


確かに遼介は積極的に子供を作ろうという気持ちに欠けていた。


だけど、二年も子供ができなかったのだ。だから、妊娠を知ったときには飛び上がりそうなほど驚いた。


それは不思議な感覚だった。


父親のいない子を妊娠してしまったのだから当然、動揺も困惑もした。


それでも、嬉しかった。


やっと自分にも赤ちゃんが生まれるということに。


産んでしまえはこっちのものだ。シングルマザーだろうとなんだろうとかまうものか。私の子供なのだから。


だけど、さすがに実家の両親と遥香を説得する自信はなかった。


地元にいればなにかと噂になるだろうし、中学の教師をしている母は忙し過ぎて、なんのアテにも出来ない。だから、かえって見知らぬ土地の方が都合がいいのだ。


そこそこの貯金もあるし、なんとかなると思う。もうアパートも次の職場もネットで目ぼしいところはチェックしている。


決まるまでは、しばらくホテル住まいになると思うけど。悪阻も特にひどくはなく、普通に働けそうだ。産休になるまで頑張って働く。


両親にはそのうち、出来ちゃった婚をしたけど、別れたとかなんとか言っておけばいい。離婚したばかりなのにあきれられると思うけれど、仕方がない。


心配ばかりかけて、ごめんなさい。







機中であれこれと考えているうちに、窓からうす暗い沖縄の海が見えて来た。  明るい日中であればエメラルドグリーンの海なのだろう。


午後の7時も過ぎて、チラチラ光る夜景がぼんやりと見えていたけれど、夜のわりに外は明るかった。


新千歳から成田で乗り継ぎ、約6時間かけて、那覇空港に到着した。


……予定時刻より到着が遅れ、大変ご迷惑をお掛けしましたこと、お詫びいたします。本日も○○エアラインをご利用いただき、ありがとうございました。


客室乗務員のアナウンスが流れ、ベルト解除のサインが出たと同時に、客室内は帰り支度を急ぐ人たちがバタバタと動きだす。


ベルトをはずし、下腹部に手をあてて、そっと話しかける。


「着いたよ、赤ちゃん。沖縄だよ。ここでふたりの生活が始まるんだよ」





ゴロゴロとスーツケースを引きずり、到着ロビーを出口に向かって進んだ。


” めんそーれ ” と大きく書かれた文字が見えた。


案内表示に従って、モノレール乗り場へと急ぐ。こちらでは、モノレールではなく、ゆいレールと言うらしい。


まだ五月の半ばだというのに、一歩外へ出ると、ムッとする空気に包まれた。


もうすっかり夏なんだ。


カーディガンを脱いで腰に巻きつけ、ゆいレールに乗る。


たったの二両しかない車内は、少し混んでいたけれど、運よく座れた。


沖縄特有の三線《さんしん》の音楽がながれている。


あたたかな空気と三線の音に包まれて、とうとう南の島へやって来たのだと実感する。


頑張らないと。


赤ちゃんがいるんだから。


妊娠していなかったら、今も失恋から立ち直れていなかったかも知れない。


あの忌まわしい記憶さえも、ありがたく思えるのだから。


みんな、赤ちゃん、あなたのおかげだよ。



















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...