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楽歩

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33.何よりの贈り物 END

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 sideスヴェイン


 療養中の部屋は静寂に包まれている。いつも通り見舞いに来たレティが部屋を後にすると、その静けさは一層際立つように感じられた。


 捕虜の件でレティには心配をかけてしまった。目を開けた時、青ざめたレティの顔が忘れられない。


 あれから毎日、レティが邸に来てくれる。

 が、最近、レティの滞在時間が徐々に短くなっていることに気付いていた。確かに、俺の回復が進んでいるのだから、それも当然のことだ。だが、それでもどこか胸に引っかかる。





 そんなある日、見舞いに来た隊員の言葉が胸をざわつかせた。

「隊長。この前ロラン子爵令嬢、一人で夜会にいらっしゃいましたよ。何やら踊っている人たちを羨ましそうに見いっていたような気がします」

「なに?」



 思わず声が漏れる。


 俺が療養している間に一人で夜会へ? 聞いていない……。
 俺に気を遣ったのだろうか。それとも断れない事情があったのか?



 さらに別の隊員が、別の報告をしてきた。

「俺は執事と一緒に買い物をしているところを見かけましたよ。ロラン子爵令嬢の執事、若いですよね」



 バレンか……。


 仲の良い執事とはいえ、俺がこうして動けない間に二人きりで買い物だなんて。くっ、このような状態でなければ、俺が付き合えたのに。



「俺も見かけましたよ。お忍びっぽい雰囲気で歩いていましたね」

「お忍び……」



 その言葉が頭に引っかかる。まさか、浮気? 

 レティに限ってそんなことは……。だが、最近の彼女の行動にはどこか引っかかる点があるのも事実だ。


 隊員たちの何気ない会話や、共通の知人から耳にした噂話が、次第に俺の胸に不安を植え付ける。





「先日、夜会でロラン子爵令嬢が令息と楽しそうにお話されていたそうですよ」
「最近、よくあの商会の若き跡取りと一緒にいるのを見かけます。何か取り引きでもしているのかしら? それとも……」

 王宮のメイドたちの噂話にすら、彼女の行動が取り沙汰されている。何か隠しているのではないか……。



 見舞いに来るレティの表情にも微妙な変化を感じていた。視線をそらしたり、言葉を選んだりする様子が、さらに疑念を掻き立てる。

 レティ……。


 胸の中で渦巻く不安と疑念を抱えながら、何も聞けずにいた。




 *****


 数日悩んだが、意を決して、見舞いに来たレティに切り出す。


 レティを疑ったままではいけない。





「レティ、何か隠し事はないか?」

 不意に口をついた言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。


「え? なぜです?」

 その声はわずかに戸惑いを含んでいる。


 なぜ? とは?



 俺は一瞬言葉に詰まり、彼女の表情を探るように見つめた。だが、その瞳の奥には何の曇りも見えない。ただ、少し困惑しているような色だけがあった。



「いや、なければいいんだ。ただ、少し気になっただけだ」



 苦しい言い訳を口にしながら、俺は目を逸らした。

 自分が何かを疑っていることを伝えるわけにはいかない。それが間違いであっても、そうでなくても、俺には、どうすることもできないからだ。


「そうですか?」


 彼女は静かに微笑み、そっと立ち上がった。その動作はいつも通りに優雅で、何も変わらないように見えたのに、どこか冷たいものを感じた。



 その日から、レティが見舞いに来なくなった。



 最初はただの偶然だと思った。きっと何か急用があったのだろう、と自分に言い聞かせた。だが、翌日も、その次の日も彼女の姿を見ることはなかった。



 焦りと不安が胸を締めつける。俺が放った言葉が原因なのだろうか? 彼女を傷つけてしまったのだろうか?


「スヴェイン様、最近レティシア様がいらっしゃらないようですが……何かあったのですか?」



 執事の何気ない問いかけが、さらに心に刺さる。

 俺は言葉を濁すしかなかった。理由を説明することもできず、ただ胸の中に渦巻く後悔と不安を抱えたまま、レティの姿を待ち続ける日々が始まったのだった。




 *****


 怪我も治り、そろそろトレーニングでも、と準備をしていると、満面の笑みを浮かべたレティが邸にやってきた。


 ああ、レティだ。顔を見た瞬間、安堵する自分がいた。


 しばらく会っていなかったせいか、輝きが増しているように見える。



「スヴェイン様、少し目を閉じていただけますか?」


 彼女の声はどこか弾むようで、俺は言われるがまま目を閉じた。


 しばらくして「どうぞ」と促され、ゆっくりと瞳を開くと、そこには色とりどりの贈り物が並んでいた。



「これは……?」

「今日は、スヴェイン様の誕生日ですわ。これは、私からのプレゼントです」


 目の前には、上質な布で作られた手袋や、俺が以前ぼやいた腰当たりの軽減を考慮した剣帯などが置かれていた。さらに、一冊の豪華な装丁の本もある。それは、俺がまだ青年だった頃、憧れた英雄の物語だ。もう廃版のはずなのに。


「スヴェイン様が喜んでくださるよう、一つ一つ選びましたわ。最近は、今日まで我慢できず、うっかり言ってしまいそうでしたので、訪問を我慢しておりましたの。驚いていただけました?」

 その言葉とともに、レティは少しだけ、はにかんだ笑みを浮かべた。



「ああ、驚いた。もしかしてバレンと選んだのか?」




「ええ。彼の助けを借りて、いろいろと調整をしていましたの。スヴェイン様の好みを知るには、近くで見ている人の意見が必要でしたから」


 俺の疑念や不安は、一気に消え去った。それどころか、胸にこみ上げる感謝と安堵で、言葉が詰まりそうになる。


「こんなにたくさん準備したのか?」


「婚約者としてお祝いするのは今年で最後ですもの。気合いを入れましたわ! この手袋は、系列の商会に相談していましたの。スヴェイン様のために、少しでも身に付けやすいものを用意したかったのです。夜会に出て流行りを調査しましたが、このデザインが一番お似合いですわ」



 その一言ですべてが繋がった。

 隊員たちが話していた彼女の買い物や夜会への参加も、すべてこの日のためだったのだ。




「ありがとう、レティ。本当に、ありがとう。俺は……幸せ者だ」



 素直な気持ちが言葉としてこぼれる。

 するとレティはそっと微笑み、俺の手に触れた。その触れ方は控えめで、けれど確かな温もりがあった。



「スヴェイン様が、少しでも笑顔でいてくださるのが、私の幸せですの。内緒にしていてごめんなさい。来年は妻としてお祝いいたしますわ」


 部屋の窓から差し込む柔らかな光が、レティの笑顔を照らし出す。その輝きはどんな宝石よりも美しく、俺はただ、その瞬間を胸に焼き付けた。


 その瞬間、俺は確信した。

 彼女の存在こそが、俺の人生において何よりの贈り物だということを。




 END

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